IS/JS−III
1945年 初春 ドイツ
連合国軍はベルリンに迫りつつあった。
“春の目覚め”作戦にも失敗し、もはや完全に疲弊しきったドイツ第三帝国の終焉は近い。まだ太平洋では日本も虚しい抗戦を続けてはいたが、いずれにせよ枢軸国軍の命運は尽きていた。ここにようやく世界の平和の兆しが見え始め、連合国軍の将兵たちは、より一層邁進するのだ。
だが、正義や世界平和などとは若干異なる理由によって独自路線を邁進する大国があった。
ソビエト赤軍である。
そもそもソビエトでは「第二次世界大戦」をしているという意識は希薄で、満州国や中国を巡って日本との小競り合いもあるにはあったが、もっぱらドイツとのみ戦い続けていた。
独ソ戦の当初はドイツに圧倒され続けていたが、スターリングラードの戦い以降に形勢は完全に逆転し、今やソビエトは破竹の勢いでドイツ領を蹂躙している。このまま他国に先駆けてベルリンを陥とせば、戦後の世界情勢におけるソビエトの地位も存在感も格段に向上するはずだ……そういう思惑があった。
もちろんそれはソビエトに限った話ではない。アメリカやイギリスも同様、口にせずとも思惑は同じであるはずだが、ことさらソビエトは世界の覇者たらん願いを露骨に表しているのだった。
地響きと土煙を上げながら巨大な戦車の一群がベルリンを目指す。まるで古代に存在したという怪物じみた巨大亀が、群れなして現代に蘇ったと思わせるような威容であった。
巨大なのは車体だけではない。その全長や全幅に比して著しく低く扁平した砲塔から伸びる長大な122mm砲は、自走戦車として問題なく運用できる範疇にギリギリ収まっているかどうか、というほどに巨大だった。
それはIS-III……彼らの指導者の名を戴いた超重戦車である。IS-IIIは数週間前に戦車隊に編入されたばかりで、まだ実戦を経験していないが、その装甲や砲がもたらす戦闘能力はドイツが誇るティーガーさえ一蹴するものと期待されていた。
その期待に応えるべく、6台のIS−IIIが“虎狩り”のため全速力で前線へと向かっているのだ。
と、IS−IIIの車列の頭上を1機の航空機がドイツ側から飛来し、通過していった。
もうすでにドイツは全域で制空権を失っているも同然で、ましてや単機の軍用機が前線を越えてソビエト側に侵入したところで何ができようか……車列の先頭でハッチから上半身を出して進路を指示しながら、戦車長は鼻で笑う。
「仮にあのルーデルだったとしても我々の戦車を撃破することはできまい」
その解放されていたハッチに37mm砲弾が飛び込み、IS−IIIは簡単に爆発炎上した。
IS−III隊は一斉にハッチを閉じ、停車する。
さっきのアレは単なる事故だ……大砲鳥の砲撃をもってしてもIS−IIIの分厚い装甲を抜ける道理がない。多少は不愉快な思いをするだろうが、しばらく耐えていればすぐに弾切れするだろう。それまで、せいぜい好きにやらせておけばいい。
しばらくシュツーカの虚しい攻撃は続いた。慣性を用い、また装甲の薄い砲塔上面や車体後部を狙ったところで所詮は37mm砲である……IS−IIIの堅牢な装甲の前には歯が立たず、ただただ車体を揺らすばかりだった。車外に露出している補助の燃料タンクは運良く全車とも空になっており、火災の心配もない。
しばらくの後、砲弾が尽きたのか燃料が尽きたのか単に諦めたのか、シュツーカは静かに去っていった。
思わぬ奇襲で1台の損失を出したものの、IS−III隊は東部戦線で最も厄介な敵をやり過ごすことに成功し、クルーたちが一息入れようと車外に出る。
そこで恐るべき事実に気付いた。
残る5台のIS−IIIすべて、左右の履帯が見事に切断されているのだ。
転輪の損傷も甚だしく、これでは履帯修理以前の問題である。
結局、件のIS−IIIは全車投棄され、前線に達することはなかった。戦争が終わり、IS−IIIは世界各国に向けて披露され、その恐るべき容貌に他国は危機感を募らせることになり、結果的にはソビエトの自尊心を満たす役には立ったのだが……。
「今日、見慣れない戦車を撃破した。明日も頑張ろう」
例によって用語・用法・公証などに間違いや誤用があるかとは思いますが、お許しください。
実際のIS(JS)−IIIは、たぶん、作中ほど頑丈ではない(いくらなんでも車体後部上方などは余裕で抜ける)と思いますが、フィクションということでお許し頂ければ幸いです。
ルーデルさん2話目です。
ネタ元は某巨大掲示板の当該スレで語られていた未確認情報に依るもので、
ルーデルが「なんだか知らない大きな戦車」を撃破したとの手記か逸話かがあるとのことでした(かなり昔に見たものです)。
それは確かIS−IImのことだと推測されていた気がするのですが、いっそのことと思い、実戦に参加することなく終戦を迎えたIS−IIIに登場して頂きました。
短い上に、著者が激しくスランプに陥っているため乱文乱筆となってしまったことをお詫びいたします。