試製防空機 不尽
1945年 初夏
1機の大型機が日本の蒼空に漂っている。
今まで誰も見たことのないような巨大な機体、タービン過給機付き大型エンジン6基(串形配列エンジンなので実質は12基)と二重反転プロペラでもって高度1万2000mを優雅に悠々と飛ぶさまは圧倒的である。それは一見するとアメリカのB29を大型化させたような容貌ではあったが、爆撃機ではない。
いや、元々は長距離戦略爆撃機として開発されたのであったが、量産化が難しいことと、仮に量産機を用意できたにしても、たかだか数機を運用したところで戦局に寄与するとは思えないという判断から、路線変更されたのであった。
いずれにしても結局のところは試作の1機を造っただけに留まり、以後の製造計画は全廃された。
その機は海軍に属し、試製防空機・不尽と名付けられている。由来は富士山の別名“不尽山”に拠るものらしい。
当初は爆撃機であったため爆装も可能ではあったが、不尽の任務は関東上空を巡航しながら飛来するB29などを邀撃することにあった。そのため、機の至る箇所に半自動化された30mm機銃と47mm砲を大量に搭載しているのだ。まるで“空飛ぶ防空艦”といった威容であった。
「これでもってB公の編隊の中に突入、やたらめったら撃ちまくって離脱……メチャクチャだ」
「“不尽”じゃなくて“理不尽”だよ」
その巨体にしては余りに小さい操縦席で、ふたりの操縦士がボヤいている。
先にも述べたようにこの機は爆撃機ではないため、爆撃手や観測手は不要であった。ただ、半自動化・照準の連動化がされているとは言え、機銃手は28名も搭乗している。その中には機銃類を修理するための整備兵4名も含まれる。
彼らの多くは飛行機乗りではなくて元々は艦船や陸上で機銃を務めていた者であった。中には大和で機銃手をしていた者もいた。また、元となった爆撃機は陸海共同で計画していたという手前や、47mm砲の搭載もあり、陸軍に籍を置く者も10名ばかり搭乗しているのだ。
陸海混成の都合30名の搭乗員を乗せた空飛ぶ防空艦である。
「陸サンと共同するのは不安だったが、呉越同舟、窮すれば通ず、何とかなるもんだ」
「まったくもって仲が悪いのは“上の連中”だけだよ……最初から陸海がしっかり協力しあっていれば、もう少し日本もマシな戦ができてたんじゃないかと思うが……今さら言っても始まらないがね」
当初は20トン以上もの爆弾を搭載し2万km以上の航続距離を予定されて設計されていただけあり、爆弾の替わりに大量の機銃・弾薬・人員を搭載してもなお余裕があった。
そのため、不尽は全面に防弾処理が施され、さらに追加して大型の燃料タンクも内蔵している。敵影の感じられない状態でも、じっくりと空中で待機し続けることが可能なのだ……もっとも、関東周辺は毎日どこかしらで大小の空襲を受けているため、接敵は容易だろう。
新型電探の性能も素晴らしく良好だ。
「硫黄島方面から北関東に向けて小規模の編隊が北上中……」
「それは放っておこう」
「もう一隊、こちらは大編隊だ」
「そっちにしよう、B公でもP51でも何だって来い、だ」
針路が定まり、副操縦士が伝声管に向かって怒鳴る。
「本機はただ今より帝都上空に侵入を企図せし敵機大編隊の邀撃に向かう! 各人、臨戦配置に着かれたし!」
不尽は緩やかに機首を南東へ巡らす。
都合12発のエンジンを搭載する不尽であったが、巨人機の常として動作は緩慢だった。B29よりも一回り大きい上に、エンジン1基あたりの出力からすると大きく劣ってもいる。しかし高度1万メートルでの巡航速度は600km/hを超え、その点ではB29に優っており、また、高々度ではいかにP51と言えども運動性能を大きく落とすため、敵編隊に接触し一撃離脱を仕掛けるという、一見すると無謀とも思える戦法も有効と考えられた。
至近距離からの艦載用30mm機銃はP51を一撃で叩き落とすに足る威力であり、タ弾(成形炸薬弾の方である)を採用した47mm砲は容易にB29の外構を貫徹、内部を著しく損傷せしめるはずである。
ただ、仮に不尽が多大な戦果を挙げ実戦で有効な兵器だと認められたとしても、もはや日本には不尽のような大量の資材や燃料を要する巨人機の量産は不可能であった。この不尽もまた、終戦間際に産み出された数多の徒花のひとつなのだ。
気流の関係もあり、不尽は思っていた以上に早く敵編隊に接触する。夏の日差しを浴びてB29の編隊は遠目にもキラキラと判りやすかった。
「敵編隊を目視で確認!」
「アメさん、ただの単機で近寄ってくる俺たちに戸惑っているんじゃなかろうかね」
「電探を読む限り、向こうの護衛機、恐らくP51が6機ばかり接近中……10時の方角より敵機接近! 敵機接近! 各人戦闘配置に着き、接敵次第撃墜せよ!」
日本にB29にも優る巨人機が存在するとは夢にも思っていないP51のパイロットたちは、巨大な不尽の容姿に幻惑され、距離感を誤ったらしい……異常接近してしまい、慌てたように急激に機を反転させて擦り抜けようと試みた。
しかし、その時には不尽の機体の各所からハリネズミのように突き出た合計60門もの30mm機銃が火を噴いている。P51は不尽に腹を見せながら自ら弾幕の中へ飛び込んだようなものだ。6機のP51は、見えない壁にでも衝突したかのように、次々と粉砕され爆散していった。時間にして僅か数秒の出来事だった。
「……て、敵機殲滅! こりゃあ凄い!」
「ふふん、これじゃ誰の撃墜記録か判らんなぁ……ははは!」
思わず快哉を挙げる操縦士たち。後部からも機銃手たちの歓声や万歳三唱の声が聞こえた。
「よし……本機はただ今よりB29編隊に突入する! 各人戦闘態勢を維持し、奮闘されたし!」
伝声管にそう怒鳴ると、機銃手たちの勇ましい返答が返ってきた。
B29編隊は20機にも及ぶ大編隊だった。
P51が瞬殺されてもなお、その強靱なジュラルミン外構と防御火力を過信しているのか、まったく針路を変更する様子はない。高々度性能と速度で優る不尽は太陽を背にしながら悠々とB29編隊の頭上に乗り上げることに成功した。
不尽の最大の火力点は腹面にある。そこには旋回式の3連30mm機銃座が4基、同じく旋回式の47mm砲が4門、それぞれが下方全面を攻撃できるようになっているのだ。
B29編隊は20mm機銃や12.7mm機銃で防御射撃を開始するが、ことさら重厚に造られた不尽の腹面の防弾装甲を抜くには威力が足りなさすぎる。不尽はB29編隊の最後部側から、まるで1機ずつを補食するかのように次々と捉えては撃ち墜としていく。あのB29を一方的な位置から、圧倒的な火力で“叩き落とす”など、誰も想像し得ないことだった。
やがてB29は編隊の半数以上を失い、戦意を喪失して離脱を開始する。それもなお不尽は許すことなく、容易に追いすがり、丁寧に叩いていく。
結局、不尽はP51を6機、B29を17機、併せて23機撃墜という、1回の空戦で1機の軍用機が為し得ることのできる戦果の常識を覆す結果を残した。
一方の不尽側は人的被害は皆無、エンジン1基に軽微な被弾損傷のみだった。
「充分すぎる戦果だ……これで先に逝った仲間たちの魂魄も少しは鎮まっただろうか」
「それ以上に、何万人という日本人の命を護ることができたことが嬉しい」
操縦士たちは感慨深げに呟き、帰投針路に就く。
と、ふと見れば1機の不思議な形状をした日本機が、不尽に対して翼を振りながら神奈川の方へ向けて飛翔していくのが見えた……猛烈な衝撃音を発しながら今まで見たこともないほど美しい見事な2本の飛行機雲を曳いている。
「相対速度で向こうは200km/hは速い! ……噂に聞いたジェット戦闘機か? ……もう見えない」
「……我が国の“隠し球”は不尽だけではない……そういうことのようだな。ははは!」
例によって用語・用法・公証などに間違いや誤用があるかとは思いますが、お許しください。
不尽に関しましては構成や名称など、一応は自力で考えたオリジナルのつもりではありますが、すでに他の方が書かれた、あるいは一般の仮想戦記やゲームなどに登場しているかもしれません。
もしそうであったら見識の狭い奴と笑ってくださいませ。
見ての通り不尽のベースとなった機体は計画だけで終わってしまった幻の巨人機・富嶽です。
富嶽自体が架空兵器も同然ですが、その更に改良版の不尽は、まったくの奇天烈機になってしまいました。
いちおう富嶽には爆撃機仕様の他に、大量の機銃を搭載した護衛機仕様が予定されていたという資料もあり、不尽の直接のモデルとなったのは、その護衛機仕様の富嶽ということになります。
なので厳密にはオリジナル架空兵器とは言えないかもしれません。
最後にチラッと出てきた双発ジェット機は、私の珍奇短編「試製乙戦 彩電」の彩電です。
この彩電は厚木に向かっているのですが、実は不尽と彩電は同日同時刻に関東上空に存在していたわけですねw
もうすでにネタが尽きてきていますw
少し次の更新まで時間が空くやもしれません、申し訳ありません。
そろそろ艦船ネタを書きたいとは思っているのですが…。