III号突撃砲G型
1944年 初冬 オランダのどこかの田舎の森
現在に知られている“バルジの戦い”が始まる少し前あたりの時期、モントゴメリー発案による“遠すぎた橋”作戦を挫き、失敗に終わらせたドイツ軍であったが、依然として劣勢であることに変わりはなかった。
とある小さな掩蔽壕の傍の潅木の茂みの中にIII号突撃砲G型、いわゆるIII突が1台、申し訳なさそうに鎮座している。自慢の75mm砲には木の枝葉が括り付けられ、車体全体にも草や枯葉が乗せられていた。
「なにせ、ここいらじゃ……コイツ以外に敵の戦車とやりあえる砲を持ったのがいないんでね」
「とは言え、履帯は修繕不能に千切れたままだし、エンジンも怪しい」
こんな状態でこんな壕を維持して何になるのか判らないが、彼らの総統閣下は12月まで頑張るようにと言っているらしい。壕には20名ばかりのドイツ兵がいたが、お世辞にも戦意は高いとは言えず、もはやIII突だけが頼りだった。
「だいたい、もしアメさん達が大挙して押し寄せてきてもみろ、こんな壕は濁流の前の土塊だ、一発で押し流される」
III突の正式なクルーは戦車長と射手しかいない……あとの2名は先の戦いで死んでしまった。その際に車体側面を激しく損傷し、履帯は千切れ車軸も曲がり車台には亀裂が入っている。失った搭乗員の補充の機会はなく、仕方ないので壕の兵士を2人ばかり連れてきて臨時の装填手として雇うことにしていた。
そのIII突は実質的に走行や旋回が不能であり、すなわち突撃砲という車種ゆえに砲塔というものが最初から無いため、ほとんど左右に砲を振れない状態……いわば非常に狭苦しい固定砲台と化しているのである。
「しかも榴弾が1発もない……徹甲弾が30発ばかりあるだけだ」
「敵戦車が来たら嫌だが、かといって歩兵だけで来られても困る。虚仮脅しにしか使えない」
そして、戦車と大勢の歩兵が来た。
大勢の随伴歩兵を伴って“普通の”シャーマンが8輌ばかり、丘の向こうから迫ってきているらしい。
「歩兵は200人はいるようだ。あと自走対空機関砲に装甲車両が5台……終わった」
「戦争にならないな……しかも……」
戦車長は空を見上げて耳をそばだてる。
「モタモタしてると戦闘爆撃機も飛んできそうだ」
III突と掩蔽壕の兵士は総員持ち場に着き、息を殺して存在を悟られないよう潜伏する。
少し離れたところにある味方のトーチカや壕での戦闘が始まったらしく、さかんに砲撃や銃撃の音が聞こえてきた。
射手は丘の稜線に砲の照準を採り、初弾発射の用意を整えた。塹壕にはパンツァファストもパンツァシュレッケも無く、III突だけが対戦車戦の頼みの綱だ。
30分ばかりが経過し、少しずつ戦闘音が近づいてくるのが判った。
「そろそろ来そうだな」
III突の屋根に立った戦車長は双眼鏡を覗き、即座に車内へ舞い戻った。
「もうそこだ! 12時、距離600」
「初弾は間違いなく撃てる……あとは知らん」
照準器を覗き込む射手……丘の稜線の向こうに車載無線機のアンテナ線が見え、排煙が見え、そして姿を現したのは……。
「クソったれ! ……あれは誰が見たってイギリス野郎のファイアフライじゃないか! 何が“普通の”シャーマンだ! 易々と偽装に引っかかりやがって! 索敵に出た馬鹿は誰だ!」
射手は悪態を付いたが、その声には破れかぶれな響きがあった。
戦車長もヤケクソが高じたのか、もはや悟ったような口調である。
「かまわん、射線に入ったら撃て……先手を取れば余裕で勝てる」
「了解! ……よし……そのまま来い……発射!」
目視圏内での長砲身75mm砲の威力は極めて高く、また、旧来型のシャーマンをそのまま流用して製造されたファイアフライは実に脆い。III突から発射された75mm徹甲弾は唸りをあげてファイアフライの砲塔前面下部を直撃し、理想とも言える滑り方をしてターレットの隙間に突き刺さり、鋼鉄を引き裂きながら車内へ躍り込んだ。
ホタルは、その名の通りにピカッと光って短い一生を終える。
砲塔が吹き飛び、黒煙を上げながらファイアフライはゆるゆると停車した。
「装填!」
射手が怒鳴ると臨時雇いの兵士2名が慣れない手つきで次弾の装填作業を開始した……仕方がないとは言え余りに不器用な作業っぷりに思わず戦車長も手を貸してしまう。
その間も射手は照準器越しに索敵を続ける……唐突な味方戦車の爆発炎上に周囲にいた随伴歩兵は一斉に伏していたが、代わってその背後から2台目のファイアフライが姿を現す。
「撃ってくるぞ!」
砲口が一瞬輝く。空気を引き裂く音と共にIII突の後方に立っていた立派な杉の木が真っ二つに裂けた。すでに次弾装填は完了している。
「撃て! 撃て!」
2射目が発射され、今度はファイアフライの前面装甲に直撃し眩しい火花を散らした。
「しくじったか?」
だが、充分な打撃を与えていたらしく、ファイアフライの中から慌てふためいたようにクルーが2名ばかり飛び出してきたところで、ハッチから黒煙を吹いて炎上した。
「やったやった!」
喜んだのも束の間、正面を迂回するように丘の左右の稜線から新手のファイアフライが姿を現した。先だって述べたように、このIII突は旋回することができないので、もうお手上げである。
「完全に終わったな」
「脱出しよう」
頭上をファイアフライの放った砲弾が通過していく音が聞こえた。
と、左右の稜線上にいたファイアフライ2両が、ほぼ同時に爆発大破する。
続けて随伴歩兵を追い散らかすように榴弾が丘の周辺で炸裂を始めた。
「……なんだ?」
戦車長がハッチから顔を出し見れば、掩蔽壕を護るように回り込みながら砲撃を行う数台のパンターの勇姿があった。
「友軍だ! パンターだ!」
敵の一団を追い散らかした後、車体番号401のパンターのハッチが開き、戦車長が顔を出す。
「こちらは第2装甲連隊第4中隊です」
まだ20半ばの若いSS曹長はそう言って、ニヤリと不敵に笑った。
「あなた方は運がイイ」
例によって用語・用法・公証などに間違いや誤用があるかとは思いますが、お許しください。
それ以前に、かなり「やっちまった」感の強いクオリティの低さで、情けないやら申し訳ないやらです。
毎度のことながらサブタイに題される兵器より、他の兵器や人物が活躍してしまう珍作でもあります。
件のSS曹長は、「バクルマン・コーナー」で有名な戦車エース、エルンスト・バルクマンを想定しました。
もちろん架空戦記なので、この時期に実際にオランダにいたという確証はありません。
ただ、12月からはバルジの戦いに参加してますので、西方にいたのは間違いないと思います。
バルクマン氏は今もなお健在だそうです。