P-59C エアラコメット
1945年 6月 硫黄島
帝都の喉頸である硫黄島がアメリカ軍によって陥落したのは3月の末であった。硫黄島を手に入れたアメリカ軍は、さっそく大量の機材と人員を投入して航空基地を設置する。これを以てアメリカ軍は陸軍戦闘機の主力でありB-29の最も優れた護衛機として知られるP-51の展開も容易となった。つまり実質的に制空権を得たも同然である。
もはや日本に硫黄島を攻撃あるいは奪還する戦力も物資も気力も残っておらず、ただただアメリカ軍の跳梁を不本意ながら許すしかなかったのである。
「よう、ニック! こんな日本の離れ小島に良く来たな!」
「トム! まだ生きてるとは思わなかったぜ!」
硫黄島の滑走路の脇で、ふたりのアメリカ人パイロットが軽口を叩きながら互いの胸を小突き、笑い合う。それからガッシリと握手を交わし、旧交を確かめ合った。
「来いよ、基地を案内するぜ。歩きながら話そう」
「ああ。でも案内してもらっても、オレは長くはココにはいないだろうからな」
思わせぶりな口調のニックに、一瞬だけ戸惑いの表情を浮かべたトムであったが、すぐに真意を悟る。
「ああ! そうだな! こんな小島に長くいる必要もないよな!」
「オレたちの勝ちだ。もうすぐに戦争は終わる」
そしてニックは滑走路から格納庫にタキシングされていく一風変わった戦闘機を顧みる。
「日本人に個人的な恨みは無いが、そのためにオレは来たんだ」
アメリカ初のジェット戦闘機ベルP-59“エアラコメット”。双発ジェットの陸軍機である。技術大国アメリカであったが、ジェット機の開発には遅れがちで、イギリスの技術供与により1941年頃から本格的な開発を開始し、明くる年に早速と試作機が完成していた。
しかし双発ジェットでありながら推力は低く、機動性も最高速も従来のレシプロ機に劣ったため、試作量産化はされたものの、戦場での運用には二の足を踏むような状態であった。操縦性や信頼性という点でも従来機と比較しての対費用効果は明白であり、また、対日戦線での圧倒的な戦力差から実戦投入は長らく見送られていたのである……つまり“お蔵入り”していた駄作機という扱いであった。
「だが、今は違う。ナチスのジェット技術を流用した新型エンジンで生まれ変わったのさ」
「そうは言ってもな……日本機の相手はP-51で充分に手が足りてるぜ。確かにまだ日本には手強い一流の戦闘機乗りもいるにはいるが……」
欧州戦線以来、長らくP-51に乗り続けているトムは不満そうに鼻を鳴らす。
「もう連中は乗る飛行機も、その飛行機を飛ばす燃料にも事欠く……」
「近頃、何だか得体の知れない戦闘機がP-51やB-29を一方的に墜としてくれているそうじゃないか」
ニックはトムの言葉を遮って険しい顔を見せた。
「日本にも優秀な双発のジェット戦闘機がいると聞いたぜ?」
「ああ、それか……オレもハナシには聞いてるんだが見たことはない。えらく速いくせに気持ち悪いくらいクネクネ曲がるらしい。確かに手強いし、被害も出ている。だが遭遇した連中のハナシを聞く限り、どうやら試作の1機しか存在しないらしい」
そしてトムは皮肉っぽく笑う。
「いくら強敵でも1機じゃモノの数に入らんよ。ゲームは9回の裏ツーアウトでランナーはナシ、コッチは10点差で勝ってるんだ。今さら一発屋が代打で出てきたところで勝ち試合は揺るがないさ」
「言うじゃないか! だが単に勝てるだけの試合じゃない、味方投手の完全試合が掛かってるとなるとハナシも違ってくるだろ? それに……ソイツに友軍が墜とされてる事実に変わりはない。もうじき戦争は終わる。今さら死にたいヤツなんか誰一人いるものか」
特別実験機でもあるP-59Cに搭載されたジェットエンジンは、2基で推力2200kgを超える破格の性能であった。さらに機体形状をリファインした結果、最高速度は850km/hを記録している。機首には30mm機関砲を4基搭載し、カタログスペックではドイツのMe262を凌ぐ。
本来であれば純粋な実験機としてのみ運用する予定であったが、すでにアメリカ軍部では戦後の世界情勢を想定した兵器運用を考え始めていたのである。
つまり「敵の敵は味方」という理屈で一時的に轡を並べはしたものの、自由の国は共産主義国とは相容れるツモリなど毛頭無い。むしろ戦後には最大の敵となるであろうと予想を付けていた。それゆえ、はるばる海を越えて日本にトドメを入れに来ているのだ。そう、ソビエトと国境線を接する日本をソビエトの目の前で完膚無きまでに叩きのめし、アメリカの武威を、兵力を、用兵術を、最新技術を見せ付けるために。
「B-29編隊は定刻通りトーキョー上空を通過することになりそうだ。オレはP-51の編隊に紛れ飛んでヤツが出てくるのを祈るとしよう」
ニックは飛行帽を被りながら不敵な笑みを浮かべる。
「ジェット戦闘機同士の空戦か……数年前までは考えもしなかった、まるでコミックの中の未来戦争だな。あとは自動的に敵機を追尾するロケット弾でも搭載するか?」
この日、高度1万メートルで人類史上最高速度のドッグファイトが展開された。
惜しむらくは、その詳細な戦闘を目撃した者が誰ひとり存在しないということだ。
当事者たちを除いて。
例によって用語・用法・公証などに間違いや誤用があるかとは思いますが、お許しください。
史実ではほとんど実験機の域を出なかったP-59をムリヤリ使ってみました。P-59Cという制式コードは架空のモノなので、たぶん存在していないと思います。
様々なマイナス要因により他国のジェット戦闘機よりも遙かに評価が低く低性能とされているP-59ですが、そのフォルムはすでに「WW2以後」のそれで、デザインも革新的なものでした。
作中の米軍パイロットのバタ臭い会話は、あえてアメリカ映画的な、わざとらしい言い回しにしてみました。結構好きなんですよw
また作中で言及されている「日本の双発ジェット戦闘機」とは、別のエピソードで書いた「彩電」のことです。両雄の戦闘に関しましては別エピソードとして書くつもりです。いつのことになるか判りませんが……w