Ju87G シュツーカ
1944年 初夏 ポーランド
パグラチオン作戦は順調に遂行され、ソ連赤軍は疲弊したドイツを容赦なく責め苛んだ。
7月、ミンスクを開放した赤軍はポーランドに雪崩れ込む。もはや赤軍の侵攻を遮る者は無く、まさに無人の野を往くが如し……誰もがそう考えていた。
車列を為して緩々と前進する赤軍の戦車大隊。例によって戦車上には大勢の随伴歩兵が便乗している。もはや周辺地域の制圧は完了し次の戦場へと向かうわけだが、その表情も数年前とはうって変わって一様に明るいものだった。
「やっぱりポーランド女は最高だったぜ」
「お前も巧いことやったなあ……今度は俺も連れて行ってくれよな」
「なあに、ベルリンを落とせば選り取りみどりさ」
「だがまあ……お前さんの相手をしてくれるのは、せいぜいバァさんくらいだろうがな!」
冷やかしの笑い声が戦車上に連鎖していく。
その時、微かに空気を揺らす振動音が聞こえてきた。
それはまるで獰猛なスズメバチの羽音のような、不吉で恐ろしい響きがあった。
「なんだ?」
赤軍兵士の何人かが空を見上げる……薄曇りの雲の隙間に何かが閃くのが見えた。次の瞬間、その微かな羽音は……聴いた者を狂気に誘うという伝説の魔女の絶叫さながらの甲高いサイレン音に掻き消される。
「シュツーカだ!!」
誰かが叫んだと同時に、車列の先頭にいたT−34/85が轟音と共に砲塔を宙に飛ばしていた……20名ばかりの随伴歩兵を巻き込んでT−34は爆発炎上し、黒煙を吐いている。
歩兵たちは車上からワッと飛び降り、我先にと路外の木陰へと逃げ込み始めた。先頭車両を撃破された戦車隊は立ち往生し、車列を乱してオロオロしている。
そこへ再び魔女の悲鳴が降りかかった。魔法の叫び声に晒され、まるで本当に狂死したかのように、また1台、戦車が炎を上げた。
たった1機のシュツーカが赤軍兵士たちと戦車隊の頭上を、まるで威圧するように低く低く飛翔していく。機体側面には黒十字と共に進行方向に向かう矢印が識別マークとして描かれていた。
まだドイツが圧倒的有利に戦局を運んでいた時期から第一線で活躍し、電撃戦の立役者とさえいわれたドイツを代表する急降下爆撃機、略して“シュツーカ”。
そして、今まさに赤軍を急襲したのは、両翼下に37mmガンポッドを懸吊した対地“砲撃機”とでも呼ぶべきJu87Gである。
だが、先述したようにシュツーカは兵器としての“盛り”をとうに過ぎた古い設計の機種であり、すでに時代遅れの攻撃機なのだ……いかにマイナーチェンジを繰り返したところで、それほど大きな脅威とはなり得ない……はずだった。
ただひとりの男さえいなければ。
地表すれすれを飛び抜けていったシュツーカは低空でターンし、再び赤軍の車列へ真っ直ぐに進入してくる。1発撃てば1輌が確実に破壊される……まるで魔法の砲弾だ。
ようやく対空機関砲を積んだトラックが射撃を開始したが、次の瞬間には大破していた。
木陰に身を隠していた赤軍兵士たちだったが、その威容に完全に押し潰され、ついには逃走する者まで出始める。ただの1機の攻撃機が、ただの1人のパイロットが、限定的ながら戦争を支配しているのだ。
完全に赤軍の支配下になっているはずの空域を我が物顔で跳梁する単機のシュツーカ。赤軍が戦意を喪失してもなお、行きつ戻りつ、終わらない悪夢のように反復攻撃を繰り返す。
喜びも、悲しみも、昂ぶりも、畏れも無く……ただそうすることによって何事かを成そうとする信念だけが、シュツーカを飛ばす。
結局、赤軍の戦車大隊は8輌のT34/85と3輌のトラックを失った。
シュツーカは“弾切れ”という最も抗しがたい唯一の理由によって、それでも覇者の風格を見せつけるように悠々と自国へ向けて帰還していくのであった。
そして、それは明日も繰り返される。
例によって用語・用法・設定に間違いや勘違いがあるかと思いますが、ご容赦ください。
特に37mm砲の弾薬の装填数なのですが、私の勉強不足で判りませんでした。
ご存じの方がいらっしゃいましたら、ご教授いただければ嬉しいです。
シュツーカです。東部戦線です。大砲鳥です。
黒十字に矢印のマーキングはルーデルさんですね。
と言うか、シュツーカと聞けばルーデル、というコール&レスポンスが成立していると思います。
ルーデルさんのエピは今後も書くと思います…今回は”序章”って感じですか。
私が他に連載している愚作「KallistoDreamProject」の主人公カリストはルーデルを尊敬する人物の筆頭に挙げています。
まぁ、完全に私の趣味ですねw
※追記
シュツーカのガンポッドの装弾数やサイレンの仕様など、幾つか事実に即していない点(というか私の無知蒙昧さ)があることを、有り難くも読者様より御指摘いただきましたが、修正を加えるとまったくハナシが成り立たなくなりそうですので、間違えている点は承知で現状のままと致します。
ご容赦下さい。