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試製乙戦 彩電

以前、短編としてアップしていた作品を、こちらに編入しました。

少しばかり手直ししておりますが、短編の時と同じ内容です。

短編に感想や評価を下さった方は、それらが消えてしまった旨、申し訳ありません。

1945年 春


 関東某所にある試験飛行場に1機の見慣れない形状の飛行機が降り立った。不思議な形状をしている。従来の日本機からは考えられない形状であった。

 それは後の世に知られる「震電シンデン」と非常に類似した構成であった。

 先尾翼エンテ型、長い機首、大きく後退した主翼……ほぼ姉妹機と呼べるだろう。事実、その機体の基本設計は震電のそれを流用している。

 だが震電と決定的に違う部分は操縦席直後のエンジンとプロペラが無く、そこには大きな垂直尾翼が立っていること、そして、その垂直尾翼と操縦席を挟むように、機体に半埋没して取り付けられている2基の小型ジェットエンジンであった。

 すなわち「先尾翼双発ジェット推進式」とでも呼ぶべき方式なのだ。


 その機は二十試乙戦「彩電サイデン」と名付けられた。


 滑走路をタキシングしている彩電を眺めながら若い技術士官が年配の士官に言う。

「現在の国情を考えると果たして新型の戦闘機を開発するような余裕があるんでしょうか。仮に余裕があったとしても、それを量産して満足いく戦果を挙げれるんでしょうか? ……そもそも、あのジェットは現在の日本では量産化するなんて不可能ですよ」

「そんなこたぁ俺には関係ないよ。やれって言うんだからやってるだけだ」

 年配の士官はタバコを噛みながら手元の資料を見比べる。

「ドイツさんの残してくれたジェットは調子がすこぶる良好だな。あんなモンを開発できるのに負けちまうんだから戦争ってのは判らねえもんだ。ま、燃費が悪いのが玉にキズだがな」

 少し離れたところで試験飛行の様子を眺めていた軍令部付き士官が、ふたりの傍らに寄ってきて満足げに言う。

「清澤さん、彩電は実用に足るようですな」

「まあな……ただ、ちょっと済まないんだが、別な操縦士を用意してくれんかね?」

「何か不都合でも? 奴は内地で長らく教官をやっているし、戦技評価も現在の海軍では上位にある……軍令部が用意した操縦士にケチを付けるつもりですかな?」

 やや語気を強めて反問する軍令部士官。

 だが清澤は意に介さずにバッサリ言い切る。

「あの人は確かにウデはいい。だからヒヨッコの教官をやっているのが相応しかろう。俺が欲しいのは常に前線に張り付いていた、いつ何で死んでも後悔しない心臓に毛が生えたような奴なんだよ」


「まったく……憲兵や特高でも呼ばれたらどうするんですか。私じゃ清澤さんの代わりに彩電を試験できませんよ」

「土田よぉ、俺だって馬鹿じゃない。ああでも言わんと望みの操縦士は手に入らんよ。それに本当に今までの操縦士はウデはいい……試験飛行は死と隣り合わせだ、優秀な人材をむざむざ危険に晒すのもどうかと思ってな」

 コップ酒を手にタバコを噛む。

「まあ、だからって言って、次に来る奴が死んでも構わないってわけじゃない。死なれちゃ困る。彩電を立派に飛ばして、戦果を挙げてもらわんとならんからな」

「はあ……それにしても無茶しすぎですよ」

「彩電は“模範的な飛行機の飛ばし方”しかできん者には乗れん。それは単に“彩電に乗っているだけ”だからな。あの彩電の潜在能力を全て引き出し乗りこなすことができるのは、命知らずの馬鹿だけだ。そういう馬鹿が欲しい……開戦以来、地面に足を着けているよりも空に上がっている時間のほうが長いと豪語するような奴だ」

 程よく酒に酔いギラギラとした眼差しで語る清澤。

「艦上機乗りですか」

「そうだな。真珠湾、珊瑚海、ミッドウェイ、レイテ……そんなのを潜り抜けてきた猛者……とまで言ったら、さすがに贅沢が過ぎるか……ガッハハハ!」



 最高速度780km/h、最大高度は1万メートル、無理をすれば1万2000メートルまで揚がれるだろう。航続距離1000km程度しかないのが数少ない欠点と言える。

 機首には30mm機関砲3基、あるいは37mm砲を2基搭載することができる。離陸用の補助ロケットを胴体下部に取り付けているため爆弾の懸吊はできない。

 やや不完全ながらも操縦室は与圧処理されており、また、急激な加減速や旋回で操縦士に掛かる重圧を軽減する専用開発の座席、各種防弾板(もちろん実質的には飾りのようなものだが)を備えるなど、従来機に比べれば操縦士思いの機体とも言えた。

 彩電の火力・速度・高高度性能には目を見張るものがあったが、それ以上に素晴らしかったのは空中格闘戦性能である。

 一見すると鉄砲玉のように突っ込んでいって一撃離脱……という戦法が相応しいようにも思えるが、彩電の双発ジェットは流量や偏向を細やかに変動させることによって、高速域でも思うがままに姿勢を制御することができた。これは先尾翼エンテ型という形状も大いに寄与するところである。

 操縦者をして「直角に曲がることができる」と言わしめた機動性能は、零戦や紫電改との模擬空中戦でも遺憾なく発揮された。

「ですが、もはや1人のエース、1機の高性能機が戦局を変えられる時代ではない……そう思います」

「まあな……仮にハルゼイ、ニミッツ、キング、スプルーアンス……いやアメリカ大統領ルーズベルトの首を取ったって戦局は何一つ変わらんだろうな」

 彩電の整備をしながら疎らに会話する清澤と土田。

 ちなみに1週間後にルーズベルトは脳卒中で故人となるのだが、それは別の話である。



 数日後、清澤が所望した「心臓に毛が生えた」という触れ込みで新しい操縦士が着任した。

「阿部少尉だ……よろしく頼む」

 まだ30歳にはなっていないであろう阿部少尉は、よく日に焼けた顔、不敵な面構え……少なくとも見た目は凄腕の風格があった。

「今まではどちらに?」

「南方ですよ、他にどこで戦争していると?」

 少し不愉快そうに阿部は土田を睨む。

「乗機は何だったのでしょうか?」

「……零戦、水偵、二式水戦、紫雲……ほとんど水上機でしたな。ただ……」

 そこまでは自信満々に話していたが、阿部は少し視線を落とす。

「ただ……この半年はフィリピンで鉄砲を撃っていた」

「ほう……陸戦隊に編入されとったんだな」

 今まで黙って話を聞いていた清澤が身を乗り出す。

「たまたま搭乗できる機がなかっただけですよ。乗れと言われれば何でも乗ってみせる」

「じゃあ話は早い。ちょろっと説明してやるから、さっそく乗ってみんさい」


「こりゃ……随分と窮屈だな」

「我慢してください。操縦席の左右後方にジェットがあるので、防熱と防音のために遮蔽材が厚くなっているんです。ちなみに燃料タンクは座席後方ですが、防弾は例によって例の如くですから、まあ、被弾したら一瞬で木っ端微塵になるでしょうね」

「そりゃ好都合だ……どうせ死ぬなら早くて楽なほうがいい」

「計器類やレバー類は従来機とほぼ同様です。これが補助ロケットの作動弁、これがジェットの偏向作動を入り切りするレバーです」

「偏向作動?」

「さっき話したじゃないですか。まあ従来の空戦フラップのようなものですよ。実際に空中で作動させてみれば判ります。あとは……着陸速度が非常に高いので気を付けて下さい。では!」

 口頭だけで説明を済ますと土田は風防を閉じ、脚立を降りていってしまった。

「……まったく技術屋サンってのはいつも冷たいねぇ」

 阿部は言われたようにジェットの出力をゆっくりと上げていく。思いのほか双発ジェットの出力変化は滑らかで、意外と音も気にならなかった。

 そのまま滑走路に歩みを進めると一旦停止し、天幕の下の清澤と土田を見る……土田は「イケ」の手旗信号を指示した。

「えーと……確か一定まで加速して機首が揚がり始めてから補助ロケットを使うんだっけな……よし出るぞ!」

 グイッと出力レバーを押し込むと、ジェットエンジンは今までとは比べ物にならないほどの轟音を上げ始める。それと同時に躊躇うことなく彩電は前方への加速を開始した。

「お……お……コイツは……!」

 艦上機などとは比べ物にならないほどの加速に舌を巻きながらも油断なく速度計に目をやり、風が翼を抱く一瞬を見定める。

「よし……今だ」

 操縦席の隅に取り付けられている補助ロケットの制御弁を開く。

 全身を打ち付けるような激しい衝撃と共に見る見るうちに前方の地面が眼下に沈んでいく。体内の血液が背中から外へ逃げようとしているのが判った……それは飛行機乗りにとっての一種の快感ですらあった。

 双発のジェットが吐く薄い黒煙と補助ロケットの白煙とを棚引かせながら、彩電は一直線に4月の蒼空へと昇っていく。



 高度8000メートルまで達した阿部は何度か操縦桿を動かして彩電のクセを探る。先尾翼エンテ機の常として、その動作は危険なまでに敏感だった。熟成に熟成を重ね洗練された零戦や、フロートを装着しているがゆえに安定した飛行が可能な水上機とは真逆の操縦感覚だ。

 圧倒的な加速力、繊細すぎる操作感覚、出力制御の難しいジェットエンジン……うっすらと恐怖すら覚える。

「だが、これならP51ムスタングにもF6Fヘルキャットにも負ける気がしない……これこそが真に“我に追いつく敵機グラマン無し”だな!」

 一通り彩電の加減速性能を味わった阿部は、次に例の“ジェット偏向”を作動させる。

 まずは急上昇……そう思い操縦桿を目一杯引いた瞬間に、既に彩電は宙返りを始めていた。その速度からは信じがたいほどに小さい旋回半径だ。

 ふと視線を横へ向けると主翼が大きく撓っているのが目視でも判った。

「く……こりゃ危険だ……!」

 見る見るうちに下半身に血が沈んでいく……阿部は目を瞬かせながら、それでもギリギリの線に踏み止まったまま宙返りを続行する。彩電は軽々と空中に円弧を描き、すんなりと元の飛行針路に戻った。

 立て続けに急降下、背面降下、背面旋回……考え付く限りの曲芸飛行を試してみたが、すべてにおいて彩電は事も無げに応じてみせた。まったく底が見えない、むしろ操縦している阿部の肉体の限界の方が先に訪れるほどだ。

「まったく信じられん……こんな飛行機が今の日本、いや、この世に存在したとは……!」


 試験飛行を終えて無事に戻ってきた阿部は彩電を降りるなり土田に言う。

「……正直、驚いた」

「でしょう! おそらく彩電は現時点では世界最高性能の戦闘機ですよ!」

「ま、あとは実戦なんだがな……」

 清澤はタバコを噛みながら渋い表情で呟く。

「九州サン(九州飛行機、震電の開発元)の方はどうなってるんだ?」

「先月の爆撃の後片付け云々で開発どころじゃないみたいですね……工場の引越しも計画してるとか」

「そうか……つまり震電よりは遥かにウチは先行してるってわけだ」



 それから2週間ばかり、阿部と彩電は試験飛行を重ねた。

 阿部は、まさに清澤が望んでいたような“彩電を乗りこなす”飛び方のできる操縦士であった。阿部と彩電によって、それまでの海軍機の記録はことごとく塗り替えられる……阿部が言うには850km/hは出たとか、高度1万5000まで上がったとか、故郷の岡山が見えたとか……真偽のほどは定かではないが、しかし、彩電の性能からすると満更ホラとも思えなかった。

「いやあ……最初は食えない人かと思いましたけど、阿部少尉は大した操縦士ですね! まぁ少し大言壮語する悪癖がありますけど、それでも立派な人ですよ! あんな凄腕の操縦士、見たことないです」

「土田よぉ……明日はいよいよ武装試験だぞ。30mm3丁と弾は積めるだけ積んどけ」


 その夜、初めて3人は一緒に呑んだ。

「おい土田、呑め呑め」

「阿部さん、勘弁してくださいよ、私は下戸なんですよ」

「いいから呑め、貴様は俺よりも3歳も年下のくせに帝大出の技師だかなんだか知らんが、内地勤務で同じ階級だ。かたや俺は瀬戸内の貧乏漁師の四男坊で口減らしのために海軍に放り込まれて10余年、どう考えても納得できん」

「それは私のせいじゃないですよ」

 阿部は戯れに土田の襟首を掴んでムリヤリに呑ませようとする。

「恩賜の酒じゃ、呑まんと大逆罪だぞ!」

「いや、もう、本当に勘弁してくださいよ」

 その様子を黙って眺めていた清澤だったが、小さくため息をつく。

「……呑気なもんだ。今もこうしている間に戦地じゃ……」

 そこまで言いかかって清澤は珍しく苦笑いして頭を振った。

「いや、すまん……そんなつもりで言ったんじゃない。あんまり平和な風景でな、つい戦時中だってことを忘れそうになっちまってな……すまん、くだらん親父のボヤキで水を差しちまったな……」


「清澤さんは3人いた息子さんを全員、亡くしたんです」

「……今回の戦で、か」

 いつの間にか清澤は酔い潰れて眠り込んでしまっていた。

「長男さんは蒼龍で整備士をしていたとか。次男さんは陸サンにとられてインパールで。三男さんは……その……矢矧に」

「矢矧っていったら……つい先月のことだろう……!?」

 思わず語気を強める阿部。土田は思わず困ったような笑顔を浮かべる。

「飄々としていて掴み所のない付き合いにくい人ですけど、まあ、そういう感じなんです」

「……そうか……」



「今日は武装試験だ……と言っても、まあ単に完全武装で飛んでもらうだけだがな。あと新型とかいう無電も搭載した。俺はそういう細けぇのはよく判らんのだが、ついでにそいつの試験も行う。じゃあ阿部、よろしく頼むぞ」

「無電ねえ……今まで役に立ったためしがない」

 飛行帽を被りながら顔を顰める阿部を、土田が嗜める。

「まあまあ、試してみたんですが地上間での試験じゃ結構よく聴こえるんですよ。例によって量産できるような造りじゃないんですがね」


 すでに阿部は補助ロケットを使うことなく彩電を離陸させる術を身に付けていた。これには清澤も内心で舌を巻いたほどである。

「やっぱり阿部さんは凄腕だ……なんであんな優秀な人が、乗機が無いからといって陸戦隊に籍を置いていたり、こんな……とは言いたくありませんが、こんな試験飛行のために内地で冷や飯を喰わされているのか……正直、私には理解できませんよ……こんなことだから我が国は……」

「喧しい奴だな、そうボヤくな」

 すでに光り輝く小さな点になっている彩電を見上げながら清澤は呟く。

「……俺もな、ちょっと気になったんで阿部のことを調べさせてもらった。なに、奴はやっぱり歴戦の勇者だったよ……たいした奴だ。赤城で零戦に乗っていた……もちろん真珠湾にもミッドウェイにも参加していたよ。今の今まで戦って、生き延びてきた」

「はあ、やはり!」

 感心しきりの土田だったが、清澤の口調は重い。

「奴はルソンにもいた……行ったんじゃない、元からいたんだよ……マバラカット基地にな。捷一号作戦の時も……」

「!? というと……あの特攻された軍神・関大尉(死後中佐)のいた……?」

 思わず拳を握り締める土田。清澤は黙って頷く。

「ここから先は軍の機密でな……詳しいことは判らん。しかし、奴の技量から考えれば、あるいは上から特攻を命じられたかもしれんし、自らで志願したかもしれん。だが、現に今も奴は生きている。半年もフィリピンで陸上勤務させられていたのは、何か言うに言えない事情があるのかもしれんな……」


「……ふむ……完全武装でも操作には何の支障も無いな。さすがだ」

 阿部は彩電を左右に振ったり上下動させてみるが、まったく安定している。

「お次は無電か……」

『あーあー……阿部さん、聴こえますか聴こえますか、ドーゾー』

 ガリガリと雑音交じりで土田の声が聴こえてきた。どうにか聞き取れると言う程度だったが、従来の無電に比べれば格段のデキだ。

「おう、何とか聴こえるぞ。これなら実用に足るだろう、ドーゾ」

『実は帝都上空に敵編隊が侵入してるんですが、そのまま帝都を通り越してこっちに向かってきているようです。もしかしたら我々の飛行場を狙っているのかもしてません……先には九州サンの試験基地も破壊されましたし、充分に考えられます、ドーゾー』

「で、俺はどうすればいい?」

『取り合えず空域を離脱してください。ちょうど厚木に連絡が付きましたので、そのまま厚木に避難着陸できると思います、ドーゾー』

「……逃げろっていうのか」

『そ、そういうわけではありません。ですが向こうはB29が4機に護衛のP51が6機以上はいるんです。厚木の雷電が邀撃に揚がったようですが、戦果不明で……あ、ちょ、なにを……おう、阿部、俺だ清澤だ』

「あんたなら話しは早い」

 阿部は思わずニヤリとする。

『お前さんなら話しは早い。せっかく実弾積んでるんだ、試し撃ちにはうってつけじゃねえか?』

「言われなくてもそうするつもりでしたよ」

『よし、さすが俺が見込んだ奴だけのことはある。何にせよ終わったら厚木に降りろ。俺らは今から退避するから、無電通話もこれで終わりだ。燃料の残りには気を配れ。絶対に機にキズを付けるんじゃねえぞ。それじゃいっちょうハデにかましてこい漁師の四男坊!』

「了解!」

 阿部はジェットの出力を目一杯まで上げた。



 太陽を背に彩電は1万4000メートルの高空から、荒鷲のように一直線にB29の隊列を強襲した。まさか自分たちの“後方頭上”から襲い掛かってくる日本機が存在するとは考えてもいないB29は完全に不意を付かれる。

「まずは1機だ!」

 30mm機関砲のレバーを引くと同時に隊列の先頭のB29のジュラルミン剥き出しの銀色の外装から白煙が上がり、彩電がすり抜ける頃には火を噴いていた。

 目の前で崩壊していく隊長機ボンバーリーダーを見て初めて米軍は自らが奇襲されたのだと気付いたようであったが……すでに再び上位に位置している彩電の所在を掴みかねて、下方に向けて盛んに防御射撃をしている。

「阿呆が、俺は今、世界で一番高いところを飛んでいるのだ!」

 2機目のB29が……あれだけ多くの者が手こずり太刀打ちさえできなかった“超空の要塞スーパーフォートレス”が、ただの一撃で粉砕される。

 その頃になってようやく護衛のP51がワラワラと集まってきた。

「まあ待てよ、デカいのを叩いてからだ」

 阿部は後方に取り付こうとするP51を適当にあしらいながら更にB29を追撃する。

 高高度性能・速度性能で上位にある彩電にとって、B29は静止した巨大な的に過ぎない。阿部は残弾を数え、無駄弾を撃たないようにしながら残る2機のB29を屠った……うち1機は1発だけで仕留めたほどだった。

「よし、B公は始末したぜ。あと1機でエースだ」

 チラリと全周に目を走らせる。もう護衛する意義を失ったP51は退避に移っていた……が、この高度でジェットの追跡から逃れる術は無い。

「覚悟を決めて向かって来い! 逃げ回る戦闘機を蹴散らかすのは趣味じゃないんだよ!」

 米軍パイロットにも意地があるのだろう。阿部の希望に応えてP51隊は体勢を整え、2機つがいで彩電を牽制しはじめた。それはまるで……かつての太平洋上での格闘戦さながらの光景。

「陸軍機のクセになかなか気の利く奴らだ! 懐かしいことしてくれるじゃないか!」

 阿部はわざと彩電の後方にP51を張り付かせ、巧みに射線を外しながら誘引する。

「だが……そのテは彩電には効かんよ!」

 ジェット偏向作動のレバーを入れ、操縦桿を引く。彩電は一瞬にして視界から消失する。米軍パイロットが慌てて周囲を見回す頃には、既に別の1機が彩電の30mmに射抜かれているのだった。


 結局、P51を3機ばかり撃墜したところで残りは離脱していった。追撃しようにも燃料が半分を切っているし、残弾も怪しい。

「たいした戦闘機だ……が、彩電が50機あっても戦局は変わらんのだろうなあ……」

 阿部は予定通り厚木に針路を向けた。



 試験飛行中であり、また、正式な邀撃指令が下っていなかったため阿部と彩電の戦果は報告されることはなかった。

 以後も彩電の試験は継続されたと思われるが、制式採用されたことを示す資料や証言はなく、その戦果も戦後には伝わっていない。




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