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重雷装軽巡洋艦 雄物

1944年 10月25日未明 スリガオ海峡


 真っ暗な海峡を北上する第二艦隊第一遊撃部隊第三部隊、いわゆる“西村艦隊”は、戦艦山城と扶桑を要に、重巡洋艦最上、駆逐艦数隻を伴って、半ば暴挙も承知で今まさにレイテに突入せんと全速で艦を飛ばしていた。

 その艦隊の中に一風変わった巡洋艦の姿が見られる。

 艦橋は小さく低く、砲は数基の高角砲のみで主砲と呼べそうな砲は無い。凹凸の少ない甲板上にはマストと煙突だけが妙に高々と屹立しているように見え、そのため随分と不格好な艦影である。下手をすれば工作艦や輸送艦にも見えた。少なくとも遠目にはまともな軍艦には見えない。


 だが、それは立派な軽巡、球磨型軽巡洋艦6番艦“雄物おもの”であった。その名は秋田を流れる雄物川に由来している。

 球磨型の雄物はお世辞にも設計が新しいとは言えなかったが船足だけは速かった。そのため開戦以来、ほとんどの武装を撤去して輸送艦として使用されていたのである。しかし戦局が進んだ近年では巡洋艦の損耗が激しく、結局は再改装され、再び戦闘艦に戻ったというわけだ。

 すでに至近距離での艦隊戦など起こりえなくなりつつある。しかし今回のような突入作戦に於いては、敵艦に包囲されての艦隊戦が充分に起こりえる。そう判断した海軍軍令部は、雄物に再艤装するに当たって(凄まじい突貫作業を強いて)、すでに撃沈されてしまった同型艦・大井がそうであったように、重雷装艦として蘇らせたのである。

 左右の舷側には4連装魚雷発射管を大井にも増して6基ずつ搭載した。つまり左右併せて最大48射線という恐らく史上最強の雷撃力を持った艦、それが雄物であった。


「どうにも厭な予感がする」

 甲板上の詰め所で魚雷装填手のひとりが物憂げに呟く。そこに居並ぶ50余名の水兵も皆一様に不安げな面持ちであった。発射塔を12基も持つ雄物は、甲板員全員が魚雷装填手であり機銃手である。専任は高角砲員だけなのだ。

「この船は強い。だが、それは相手の甲板員の顔が見えるくらいまで近付ければの話だ」

「聞くところによるとアメさんは電探電波を飛ばして、その情報を元に遠距離から砲撃してくるというじゃないか。近付く前にオダブツだろう」

「西村司令は何が何でもレイテに突入する腹積もりのようだ。しかしよりにもよって足の遅い山城扶桑ではなあ」

 そんな兵たちの不安げな愚痴を聞いていた水兵長が、大声で、しかし穏やかな口調で言う。

「まあ、そう悄気るな! 雄物の足は速いし、全高も低い。あるいはアメさんの砲弾も頭上を擦り抜けていくかもしれん」

 そして笑顔で続ける。

「この艦の名は“雄物”だ。“オスのモノ”だぞ? これほどまでに我々に相応しいい艦名もないだろう。夜陰に乗じてアメさんの艦隊に夜這いをかけて、我らの自慢の酸素魚雷イチモツを喰らわせてやろうじゃあないか!」

 兵たちの間から一斉に笑い声が上がる。


 米魚雷艇の追尾と接触を受けながら、西村艦隊は暗い海峡を北上し続けた。もはや米軍に動向を完全に捕捉されているであろうこと、そしてレイテ湾内で待ち伏せを張られていることは疑う余地もないが、それでも艦隊は突貫を止めることはない。

 これは一見すると玉砕覚悟の暴挙じみた作戦行動ではあったが、決して妄動ではなかった。西村司令は後続するであろう志摩艦隊や栗田艦隊の艦隊行動を順調に進めるべく、敢えて真っ向から突入し米軍の混乱と錯綜を煽らんとしていたのである。


 未明3時頃、最上を先頭に押し立ててレイテ湾に突入した西村艦隊は、案の定、待ち伏せていた米駆逐艦隊に接触、各艦とも探照灯を点灯し奮戦するも扶桑が数本の魚雷を浴びて艦隊から離脱、まったく音信不通となる。駆逐艦山雲轟沈、満潮・朝雲も被雷し艦隊から離脱する。

 それでも最上を先頭に山城と駆逐艦時雨、そして雄物の4隻は脇目もふらずに北上を続けた。音信不通になっていた扶桑が後方の洋上で唐突に大爆発を起こし、真っ二つになって沈んでいくのが見えた。


 雲霞の如く押し寄せる米駆逐艦と魚雷を巧みに回避していた各艦だったが、元より動作の緩慢な山城がついに直撃弾を浴び、大きく速力を落とす。

『ワレ魚雷攻撃ヲ受ク、各艦ハワレヲ顧ミズ前進シ、敵ヲ攻撃スベシ』

 その電文が西村司令最期の通達となった。立ち往生した山城は、火災を起こしながらも延々と主砲射撃を続けている。ここに至って誰一人として退艦しようとする者はいないのだ。そして精密なレーダー射撃と執拗な雷撃を浴び、ついに山城は海軍一とも言えるその巨大な艦橋を瓦解させながら大爆発を起こし、沈んでいった。


 その頃、雄物は西村司令の最期の通達を固持して単独でレイテ湾内に突入していた。残存する友軍は最上と時雨のみであったが、最上は被弾し後退、時雨も戦線を離脱したようであった。一望見渡す限りの敵だらけである。

 目前には見事に1列に並んだ米艦艇が待ち構えている。そこへ、そこまで辿り着ければ敵艦隊の懐の中で、その両舷48射線という脅威の雷撃力を示すことができる。


 もはやレーダー射撃も公算射撃も必要としない超近距離で、雄物は昼間と見まがうほど眩しい探照灯を一身に浴びながら、ただひたすらに吶喊するのだった。









例によって用語・用法・公証などに間違いや誤用があるかとは思いますが、お許しください。


まったくの架空巡洋艦が史実に殴り込みです。

大井は数ヶ月前に撃沈されていたため、後に回天母艦となった北上を再改装して登場させても良かったのかもしれませんが、生きてスリガオから還すのも難しく、また史実の面から言っても相応ではないと思い、完全架空である球磨型6番艦を設定しました。

ご存じの通り、実際の大井や北上は20射線(片舷発射塔5基)です。


雄物は本文中にもあるように秋田県を流れる雄物川に由来します。

実は私は北海道生まれで、現在も北海道に住んでいますが、中学を秋田の大曲市(現・大仙市)で過ごした時期があります。

そんな縁もあったため(あと他の仮想戦記などで使用されている1級河川名を鑑み)、この魚雷片舷24射線という夢のような(無謀な)艦に雄物の名称を使わせて頂きました。

また、本文にも登場し、生きてスリガオを脱したのに那智と衝突して航行不能に陥り処分された最上ですが、実は山形の長井市に住んでいたこともあったため、個人的に「最上と行動を共にする艦に雄物と名付けるのはイケる」という考えもありましたw


例によって何ともシリ切れトンボ気味な終わり方、物足りない内容となっておりますことを、お詫びいたします。

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