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特殊攻撃機 晴嵐

これまで幾つかの短編を上梓しましたが、余りにも短い上に、それでひとつの作品だと胸を張れるほどの高品質の作品でもなく、ゆえに連載というスタイルを借りてオムニバス方式を採ることにしました。

ちょっとした暇つぶしにでも読んでいただければ嬉しいです。




1945年 8月16日 ウルシー環礁近海


 穏やかな波間に浮かぶ巨大潜水艦が2隻……伊400潜と伊401潜。

 甲板や艦橋には大勢の兵員が虚脱したように座り込んでいた。

 戦争は終わっていた。大日本帝国は連合国軍に降伏したのだった。



 世界でも類を見ない「潜水空母」伊400型潜水艦と、その搭載機である晴嵐。

 晴嵐は一線級の艦上攻撃機として通用する打撃力、限定的ながら水上機として離着水できる機能、翼を折り畳むことによって潜水艦(伊400型に限られるが)に搭載可能という特殊性……まったくもって「独創的」としか言いようのない海軍の秘匿兵器、いわば隠し玉だった。

 敗戦も目前に迫った8月、海軍は最期に一矢報いるべく、米軍の秘密基地があるウルシー環礁への晴嵐での奇襲攻撃を伊400潜と伊401潜に命じた。

 作戦決行予定日は8月17日であった。



 艦橋から顔を出した士官が怒鳴る。

「貴様ら! 終戦は陛下の御聖断である! 我々は陛下の仰られたように武装解除せねばならない! 貴様らの気持ちは判らんでもないが、真に国の行く末を憂うのであれば、まずやらねばならぬことをやってからだ!」

 外界から隔絶された潜水艦という空間の中で終戦を迎えた伊400潜であったが、今までの鬱憤を晴らさんとするような叛乱や上官へのリンチ騒ぎに至らなかったのは、まさに狭い空間の中で厳しい訓練に明け暮れ恐怖も喜びも生き死にも分かち合ったからこそのことだった。

 心身ともに疲弊しきった兵員たちが「最後のご奉公」のため、咽きつ呻きつしながらそれぞれの持ち場へと戻り、武器や兵装の投棄を始めた。


 最も手間の掛かる作業は伊400潜に搭載している3機の特殊攻撃機・晴嵐の後始末であった。

 晴嵐は無人でカタパルトより射出し海中に投棄するという手筈で作業が進められることとなったのだが、その作業そのものは安易なものである。ものの数分で晴嵐とカタパルトは組み立てられ射出準備が整った……後は艦長の号令を待つばかりとなった。その熟練を実戦で終ぞ発揮することが叶わなかった作業員たちは、やり場のない悲しみに車座になって男泣きしている。

 むしろ難儀だったのは晴嵐そのものよりも、ひとりの操縦士であった。


「離して下さい! 自分はウルシーに爆弾を投下後、そのまま特攻します!」

 最も歳若い操縦士が血の涙も流れんと激昂するのを他の操縦士に押さえつけられてもがいている。

「昂ぶるな! 妄動は慎めとの陛下のお言葉を忘れたか!」

「そうだ! いま特攻などしてみろ、それこそ日本の未来は完全に潰えるのだぞ!」

「もう戦は終わったんだ! 特攻散華したところで咎めこそあれ特進も恩給も、靖国に祀られることもないのだぞ!」

「貴様も誇り高き帝国海軍軍人ならば、今こそ耐えてみせろ!」

 若い操縦士を踏み止まらせるべく説得にあたる他の操縦士たち……だが、彼らもまた、激しい怒りと失望、そして葛藤と戦っているのだ。


 その騒ぎを聞きつけ現れたのは伊400潜の艦長、日下中佐であった。

「何があった、晴嵐の投棄準備はまだ済んでいないのか?」

「は、はあ……それが……」

 操縦士たちを遠巻きに見守っていた兵員が事の次第を艦長に説明する。

 当の操縦士たちは艦長の到来に気付かないまま、押し問答を続けていた。そのやりとりの詳細な内容を吟味するまでもなく状況を把握した艦長は、深々と溜息をつく。

「……そうか。気持ちは判るが……な」

 そして艦長は一頻り考えたあと、佇まいを直して大声で怒鳴った。

「貴様ら! 何をしておるか!」

 艦長の怒声に、いまだ海軍としての規律や誇りを失っていない操縦士たちは、即座に体を硬直させてその場に直立する。

「はい! この者が出撃すると言って聞かないのであります!」

 操縦士のひとりが件の若い操縦士を示す。

 艦長は若い操縦士の眼前までゆっくりと歩みを進めると、その鼻面に顔を近付け怒声をあげた。

「貴様は陛下のお言葉を聞いていないのか!」

「畏れ多くも聞いております!」

「ではなぜ妄動を慎めと言う陛下のお言葉を守ろうとしない!」

「そ、それは……このままでは散っていった戦友に泉下で顔向けできないからであります!」

「このバカ者がっ! この国家の重大事に際して、貴様のごとき何の功も無い一兵卒のメンツのために日本と陛下と日本人全員を道連れにすると言うかっ!!」

「で、ですが……!」

 なおも食い下がる若い操縦士に、艦長の堪忍袋の緒が切れた。

「まだ言うか! 貴様、この期に及んでもなお海軍精神の何たるかを理解していないようだ! そんなに死にたいのならば俺が死なせてやろう!」

 そして艦長はいつの間にか手にしていた樫棒、いわゆる“海軍精神注入棒”を振りかざした。

「本来ならば佐官であり艦長でもある俺が殴るなど有り得んことだが今日で軍人も廃業だ、貴様への餞に尻の骨が砕けハラワタが飛び出し、のた打ち回って死ぬまで殴ってやるから有難く思え!!」

 その余りの迫力に若い操縦士は流石に鼻白んだようであった……が、もうどうしようもない。

「脚を開いて立て! 腕を前へ挙げろ! 尻を突き出せ! 歯を食いしばれ!!」


 こうして大日本帝国海軍最期の“海軍精神注入バッター”が行われた。

 1発、2発……3発目にして既に尻の感覚は麻痺する。

 4発、5発……脳天を突き上げるような重い振動だけが響く。

 6発、7発、8発、9発……艦長の膂力が少し落ちたように感じられたのは気のせいで、若い操縦士は激しい痛みと衝撃のため気を失いかけていたのだった。

「……これで仕舞いだ。お前はもう二度とこんな辛い思いをすることはないだろう……この世で戦争ほど辛く苦しく惨めなものはない。もう戦争は終わった。これからお前はお前の人生を生きろ……そしてもし余力があったのなら、どうかその時にこそ日本を立て直すべく力を奮ってほしい」

 そして10発目のバッターが操縦士の尻に軽く触れた。

 若い操縦士は崩れるように前のめりに倒れこみ、甲板に伏して嗚咽した。


 カタパルトに乗せられた晴嵐のエンジンが始動する。

「射出ヨーイ良し」「射出!」

 圧搾空気の噴出音と共に、操縦士のいない晴嵐はウルシーの青い海に飛び込み、そこで永遠の眠りに就くのだった。






例によって用語・用法・公証などに間違いや誤用があるかとは思いますが、お許しください。

海軍での罰直やケツバットによるシゴキは有名で、昨今では兵士の人格を無視した非人間的な仕業だと言われることが多いようです。

確かにそうなのですが、一方で元海軍兵士だった方々の中には、ケツバットこそが海軍精神の発露、あれこそが海軍の根幹だったと考えてらっしゃる方もいるそうです。

それは個人の価値観での話しなので、良い悪いは問題ではないと思います。

他者に強要しない限りは、ですが…。


原則的に単発物だけになる予定ですが、もしかしたら数話完結の小連載になることもあるかもしれません。

主に日本海軍のハナシがメインになると思いますが、ヨーロッパ戦線でのエピも書いていきたいですね。

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