みんなのサンタクロース
さようならハローウィン、こんにちはクリスマス!
ジングルベル、ジングルベル、世界中をぐるりと見渡しても心弾まない人なんてどこにもいない、この季節、この季節!
「大人も、子どもも、嬉しくってたまらない、誰もが踊り出したくなって仕方ない、地球がミラーボールになっちゃうすてきな日って、他に知らないの!」
「ピピロ、ちょいと落ち着きゃどうだ。クリスマスまで一ヶ月あるというのに、サンタがそれじゃあ世界中の子供らにしめしがつきゃせんね」
わたしったら気分が弾むものだから、体も自然に弾みだしてきて、ついスキップしちゃっていると思ったらどうやら踊っていたみたい。とがめられてしまうとついつい体はもっと踊ろうなんて躍起になっちゃうの。わたしの意思なんて知るもんかって体ったら勝手に動くんだから、こうなると紐で縛りでもしないと止まらない、わんつー、わんつー。
「サンタクロースなんですもの、世界中の子ども達のお手本になるように、クリスマスを楽しみにして悪いわけがないじゃないですか。わたしったら体のしんからサンタなんだもん」
「今時そんな殊勝な子どもなんざ一握りもいるもんかね、絶滅危惧種にメッセージを送るとは無為じゃないか」
「まあウェットネスおじ様、わたしはまだおじ様ほど現実をみられない年頃なんですから。限りない夢を見て幸せに浸ることもまた、年齢の特権ですよ、特権です!」
「一流のサンタってのはな、前日まではどっしりと構えて、今の俺のようにタバコをくゆらすくらいがちょうどいいってもんよ。若かろうとサンタであることには変わりねえだろ」
言いながらウェットネスおじ様は巨体をどっしりと地面に預け、ゆるやかにタバコをふかしては、吐く息でドーナッツなんて作っている。そんな愉快な芸を披露されたところでわたしはだまされない、おじ様は百キロを超える体を動かすのがおっくうなだけだって知っているから。特注のサンタコスチュームは、早くもがたがきている。
わたしは跳ね回ったせいで帽子の端から飛び出している髪の毛を押さえようとするけれど、くせの強い赤毛は体といっしょで言うことを聞いてくれそうにもない。髪の先までクリスマスを楽しみにしているなんて、余すところなくわたしったらサンタクロースなんだから。
「だって、わたしはようやっと義務教育を終えて、サンタクロースデビューなんですもん、気合いだって入るばっかりですもん、パンク寸前、抜けという方が無茶じゃないですか」
サンタクロースの義務教育といえば六年間で、地上世界でいう小学校に相当する。その間に算数や国語だってするし、高学年になるにつれてプレゼント技法やサンタクロースの掟、プレゼント対象者の見つけ方に地上における姿の消し方、トナカイの世話や乗りこなし方なんかをみっちりとするのだ。ここ天上世界では、一年を通じて気候は安定しており、青々とした芝生となだらかな丘が絶え間なく続いているから、実際にトナカイに乗ることについては季節も場所も問わない。卒業するころには誰もが自分の相棒ともいえようトナカイを連れているし、わたしにもプレネーっていう年老いた最高の友達がいる。
そんな義務教育を終えたこのとき、ついにサンタクロースとして活動が許されるクリスマス一ヶ月前を迎えたのだ。わたしったらサンタクロース衣装に身を包んだなら世界中のみんなと友達になれたような気がしちゃって、ほめてもらおうとウェットネスおじ様のところに来たのに、おじ様ったらいつも通り、皮肉しか言ってくれやしないんだからやんなっちゃう。
「おじ様ってば、サンタクロースとしては飛びぬけて優秀なのに、どうしてそうもねじ曲がってしまうのか、わたしには分からないんだから。おじ様ほどのサンタクロース、またといないのに、そんなだからみんなに嫌われちゃうんだから」
「サンタに好まれたって、俺にゃプレゼントをもらえねんだから甲斐もないってもんだろ」
「現金なサンタクロースなんて、私も嫌いですからね!」
ほおを膨らませて怒鳴ってやったって、ウェットネスおじ様は歯牙にもかけぬそぶりで、豪快に笑ってみせるだけだ。
「現金だなんていうけどよ、おまえさん。たとえば俺の今年のプレゼント先にゃ、とても不幸なやつがいるんだよ。そいつは独立しようと起業したが、志を同じくしていた友人に裏切られ、会社は借金まみれ、奥さんは子どもを連れて逃げたときてる。このクリスマスの直前には、差し押さえをされるあげくに電気を止められるんだ」
悲惨な対象を与えられることに、わたしは軽口を閉じることとなった。悲劇的な対象を与えられるのは、サンタクロースとして一流である証拠他ならない。実力のあるサンタクロースほど先を見通す力があるし、同時に厳しい対象者へのプレゼント役を仰せつかされるのだから。あまりに悲惨な対象を前に、無力さを感じて失敗するサンタクロースは毎年何百人といる。
その点、ウェットネスおじ様の余裕ぶりときたならば風変わりだし、かりかりしている他の実力派サンタクロースとは一線を画している。それがまた、あまりよく見られていないゆえんだ。わたしはおじ様のことがすごく好きなんだけど、他の人の話を聞くと、おじ様のいい話なんて一度として耳にしたことがない。
「そんな無残な対象相手に、どんな解決方法があると思うよ。お前さんだったらどんな準備をするよ」
「うーん……」
わたし程度の実力では、とうていその人を幸せにする方法なんて思いつきそうにもない。もとより、私ができることなんてしれている。事前準備として近所のおじさんを動かしてお菓子を買わせ、当日に子供らに分け与えるようにするくらいが関の山なのだ。お父さんお母さんを動かして子どものためにゲームを買わせるなんてことは、ごく当たり前のように思えても実現化できるサンタクロースとなるとわたしにはまだまだ遠い先の話だ。
おじ様は答え合わせとばかりに、人差し指を突き出して、わたしの鼻先に当てた。
「俺の下準備とくりゃ実にわかりやすいもんでよ、聞いて驚け。宝くじを買わせるのさ」
「おじ様!」
「はは、現金で結構だ、結局それが一番幸せなんだよ、誰しもがな。幸せは必ずしも金では買えない、それを否定しはしないが、お金で買える幸せもまた数え切れないほどあるのも事実なんだよ。恐ろしいことだが、お金があれば、基本、誰もが幸せなんだよな」
おじ様はわざとそんなことを言う人だと分かっているだけに、我慢ができなくなったわたしは、おじ様の足をおもいきり踏んづけると、そのまま逃げるように走り出した。おじ様だって分かっているくせに、私たちみたいな小さなサンタクロースはまだ、だれにプレゼントを渡すかすら判別する能力に乏しいことだって。自分にできることなんてあってないようなもので、そんな中でごく普通の誰か一人を幸せにすることに四苦八苦するんだって。
これからクリスマスまでの間、楽しいことばかりじゃないことは百も承知している。絶対に乗り越えてやると息巻いてもいるけれども、不安だって相応にある。なのに、私たちでは手を出すことも出来ないような巨大な不幸を、そんなにいとも簡単に解決されてしまうと、悩んで苦しむのがばかばかしく思えるし、まねができないだけにくやしくってしようがない。
辺り一帯に広がる草原を駆け抜けると、小高い丘を越えたあたりに大きな屋舎がある。平屋建てながらドームのように巨大なそれの横には、また同じように巨大な柵が見渡す限りに広く整備されており、さながら放牧といった具合だ。
巨大な平屋に飛び込んだなら、鼻をつく肥と藁のにおいに耐えながら、目的の場所へと一直線だ。
「プレネー、ねえ、プレネー!」
「ピピロ嬢や、叫ばなくても聞こえますよ」
「聞こえていようといまいと関係ないの、ね、わたしが叫びたいから叫ぶの! あ! い! うーえーおー!」
「少しは周りの迷惑を顧みた方がいいよ」
プレネーは相変わらずのんびりとした、わたしのトナカイだ。この舎には、全部で百頭あまりのトナカイがいて、それぞれが専属のサンタクロースをあてがわれている。ここはサンタクロースの中でも下級の者を乗せるトナカイが集まるのだから、すし詰めのぎゅうぎゅうだ。においだってひどいし、わたしがサンタクロースとしてもう少し立派になったなら、一つ丘を越えたところにある設備が整った小屋にグレードアップできるのだけれど、それには今年のクリスマスが重要なのだ。世話人もいるいい小屋で、プレネーだってのんびりとしたいに決まっている。
「耳を澄ませばどうかしら、鈴の音が聞こえるでしょう? しゃららん、しゃららん、ディンドン、ディンドン、ほら、クリスマスはもう後ろにいるんだから! だめだめ、走ったって逃げられないし、バックしても追いつかない、だって、クリスマスったらみんなに平等なんだから!」
「言葉だけじゃなくて本当に耳を澄ましてみな、あたりのトナカイ方からの非難に一回くらい耳を傾けても、罰はあたらんだろう」
「さあプレネー、地上に行くわよ! クリスマスがやってくるのに、サンタクロースがなまけてちゃこの世の摂理が崩壊しちゃうんだからね!」
「了解したよ、やっと地上を駆け回れると思うとまんざらでもないね。ピピロ嬢のトナカイをできる利点の一つは、空の旅を満喫できるだろうことだね」
プレネーは三年前までは、ほとんど活動しないサンタクロースの元で働いていたらしく、地上世界を乗り回すことを楽しみにしている身としては非常に辛かったそうだ。そして二年前から見習いであるわたしの元に来たけれど、学校の授業で上手く乗りこなせるようにつきっきりだったものだから、基本的な動作ばっかりで地上を駆けることはほとんどなかった。だからこそ今年は幾年ぶりかの、クリスマスに向けての地上滑走になる。
プレネーがこの日をどれほど待ちわびていたことだろうか、落ち着いた言葉の中に喜びがあふれていることがわかったから、わたしも喜びが伝染しちゃって、いてもたってもいられなくなっちゃう。
「なによその気なんじゃないの! でしょうねでしょうよ、だって、もうクリスマスは目の前なんだから!」
「後ろじゃなかったのかい?」
皮肉なんて聞こえなかったことにして、南京錠を外してプレネーを柵から出すと、その耳に赤い紐と緑色の紐をくくりつける。小屋の脇にある小さなそり付きの小箱に座ると、二本の紐をたぐり寄せ、くいくいっと引っ張った。
「さあ、クリスマスと勝負ったら勝負! わたしがどれだけたくさんの人を幸せにできるか!」
「見習いさんはまだ一人だけでいいんだよ、欲張りなさんな」
「わたしったら欲張りなの、一つのケーキがあったなら、一人じゃなくてみんなで食べて楽しみたいじゃない!」
「……まあいいさ、嫌いじゃない」
するとプレネーはゆっくりとその足を前に出し、階段を上るようにゆっくりと空へ登っていく。このときの感覚は他では味わえない。小さな箱の中でわたしは丸まりながら、ところがまったく不安定でもないままに滑るように空をかけていくのだ。この感覚がくるとようやく、地上へと駆けていくんだ、本当にサンタクロースの活動を開始するんだって実感する。
「さあ、わたしったら欲張りなんだから、よい子のみんなは覚悟なさい! 地の果てまでプレゼントしてやるんだから!」
「世界にはみんなの祈りばっかりはんらんしていて、不幸の多いこと、多いこと! わたしったら本当にめざといったらありゃしないんだから! さ、不幸だと思う子は手を上げてみて!」
「ピピロ嬢、いい加減現実に目を向けてもいい頃合いだろうよ。そう言いながらあっという間にクリスマスの一週間前さ。よくもまあ毎日その気迫が続くもんだと感心しっぱなしだよ」
「ま、クリスマスまで一週間、みんなが幸せなのはよいことじゃないの」
「どうしてそう自分の言ったことがくるりと反転しちゃうかねぇこの子は」
プレネーはぶつぶつと文句をたれているけれども、実際のところ、地上を回ったわたしにとっては、みんながそれなりに楽しく毎日を過ごしていたのだからそんなに嬉しいことはない。地上の警察だってそうだ、困っている人をみつけようとするけれども、決して困っている人がいたら嬉しいわけではなく、自分たちの出番がなければそれが一番なんだから。
みんなそれなりに困るし、泣くし、腹も立てるし、だけど我が家があって、反省して、元気に毎日を過ごしているんだ。そんな風景を見て、不幸をさがそうだなんて気分になれるわけがない。
「人のあらばっかり探すよりも、いいところをみた方がずっとかみんな幸せになれるんだから、それに越したことはないじゃないね」
「否定はしないよ」
このままわたしが幸せにするべき人に出会えるかどうか、それは分からないけれども、わたしは何よりも幸せな人たちをみるのが幸せなんだから、自分のサンタクロースとしての腕前なんて二の次だ。腕前があった方が人を幸せにできるかもしれないけれど、それ以上に元から幸せな人が多い方が、わたしには嬉しいんだから。
次はどんな幸せな人がいるのだろうか、思いながら郊外の上空を飛んでいると、ふと川べりに座り込む子どもの姿があった。
「プレネー、川の上に止めて」
「了解したよ」
どうやら女の子のようで、家出でもしたかのようにいじけて、ひざを立てて川面を眺めている。クリスマスまで一週間と迫ったときにする顔とはとても思えない。
プレネーがその足を止めると、わたしはそり付きの箱から飛び降りて、水面に立った。波紋すら立たない水の上をゆっくりと歩くと、その子の隣にゆっくりと座り込む。
「ねえ、クリスマスまであと一週間だけど、知ってる?」
「え、だれ? え、いつからいたの、だれ?」
「サンタクロースを知らないなんて、言葉を知らないわけじゃなし、不幸じゃないの」
「ううん、だって、サンタクロースって、お父さんやお母さんでしょ、わたし知ってるもん!」
「そう。それじゃあなたはお父さんやお母さんを知らないも同然だわね、やっぱり不幸じゃないの」
驚く女の子にわたしは必要以上にすり寄って顔を近づけた。女の子は負けるものかと、ほおを膨らませながらすごい形相でにらみ返してくる。
「だからわたしは不幸なの、お父さんがいなくなってから、お母さんったらいっつも機嫌悪いし、一人だし……サンタクロースが本当にいるっていうんなら、わたしを幸せにしてみてよ!」
「そうね、そうすることに、いま、わたしは決めたんだから!」
やっとみつけた、わたしはこの子を幸せにするんだ。
決意を固めて立ち上がったなら、かかとを二回地面につけた。すると女の子は夢から覚めたようにしきりに左右を確認し、目をこすった。上手くわたしとの接触を忘れてくれたみたいだ。今や姿の見えなくなったわたしは水面を歩き、再びプレネー率いるそり箱に乗り込んだ。
「ピピロ嬢や、いいのかい? 決まった一人を幸せにすることこそが、初心のサンタクロースのお仕事だろう。あの子に何かを感じたのかい、あの子で間違いないのかい?」
「プレネー、ぐもんったらぐもん。あの子になにを感じたか、不幸だって感じたじゃないの。あの子で間違いないかってきくのなら、幸せにするべきなのはあの子で間違いないわ、だって不幸なんだもん。わたしがだれを幸せにするべきか、決められているなんてこりごりよ。もっと不幸な人がいるなら、その人を幸せにするべきじゃない。わたしなんか初歩のサンタクロースが受けもつのったら、決まってすでに幸せな人なんだから。だったらわたしはサンタクロースをやめてでも、不幸な人へ幸せを届けたい」
「そうだろうね、わしも愚問だと思ったよ。好きにするがいいさ」
「サンタクロース、サンタクロース、いるならわたしに才能をちょうだい! とっておきの、裁縫の才能を!」
「ピピロ嬢や、もうあきらめなさい」
「おおう、わたしったら、本当に考え足らずなんだもん、いやんなっちゃう!」
自慢じゃないけれども、わたしがサンタクロースとしてできることなど、皆無に等しい。どのサンタクロースもできることには制限があるし、見習いとなるとできることは皆無といって差し支えない。わたしの場合、趣味の園芸で作っている花を添えるくらいが他との差別化でもあり、関の山だ。わたしたちの暮らしているこの天上では気候は常に安定しているおかげで、季節を問わずにあらゆる花を咲かせることができるのだ、不思議なことにどの花であっても地上に降りてしまうと一日の寿命になってしまうが、その分クリスマス一日もてば十分だろう。ただ、花だけで解決できることなど皆無だ。
そこであの川べりで泣いていた女の子のためにわたしが考えたことは、人形をあげることだった。わたしの中では必死に考えたことで、あの子のためにかわいらしい人形をわたしが作れば万事解決だ。あの子の気持ちも少しは幸せになれるに違いない。
「なのになにこの人形ったら、かわいくない、かわいくない!」
「たしかにかわいくないね」
「くやしい、いざ言われるとくやしいったら失礼しちゃう!」
少しくらい苦労をいたわってくれてもいいのに、あけすけなくいわれちゃいやんなっちゃう、不細工な人形を投げつけたらプレネーは「めえ」だか「めっ」だかしらない声を漏らした。
わたしったら本当になにもできないんだ。人形一つ作れない、たった一人の女の子に幸せも運べないんだ。
「なにも、あんた自らが頑張らなくてもいいだろう。できることで、できる範囲でいいんだから」
「花を育てるだけが精一杯のわたしができる範囲でやったつもりなのに……なのに……」
「ほら、泣くな泣くな」
唇を必死にかんで我慢するわたしに、プレネーはその柔らかい羽毛の背を当てて気持ちを和らげてくれる。ぐっとつらい気持ちを飲み込み、再び裁縫に着手しようとしたが、プレネーはその顔でわたしと人形の間に割り込んで、阻止した。
「仮にだよ、それを作ったところでどうするのさ。どうやって渡すのさ」
「河原にでも置いとくの、あの子がみつけられる場所に」
「みつけても、拾うとは限らないだろう? まだお前さんには、地上の人間を思い通りに動かせるだけの腕前なんてありゃしないってのに、どうやってあの子へのものだって知らせるつもりだい」
「あと、あと、悩ましいことったら全部あと、じゃなきゃわたしがこうやってできもしない裁縫をやってるわけないじゃない! 考えて動けなくなるよりも、考えずに動くのがわたしのいいところなの!」
「それでできもしない裁縫しているんだから、どっちもどっちだね」
いつもみたいに「きらいじゃない」なんていってくれると期待していたのに、プレネーはまったく話にならないなんて言いた気だ。
皮肉を言われるまでもなく、わたしだって考えずとも気づいていた。わたしはただ、あの子を見てくれている人がいる、見守っている人がいるから頑張れと言いたいだけなのに。この人形をかわいがって、寂しさを紛らわせて前を向いてほしいだけなのに。それがこんなにも難しいことなんだ。
「んもう、んもうんもう! あげたくないのに両手が万歳しちゃう、耐えないとこらえないと!」
「なんでトナカイ小屋に牛がいるのかと思えば、ピピロじゃねえか。おまえさんのことだから相変わらず、甲斐のないことに精を出してんだろう」
振り向いた先にはウェットネスおじ様がいて、愉快そうにタバコをふかしていた。
「失礼極まりない、失礼にもほどがありますよおじ様、わたしったら世界の幸せのために今日も今日とて頑張ってるんですから、ほめてください」
「とりあえずその、丑の刻参りのような人形は俺なら喜びゃせんな」
ずばり言われてしまうと、わたしだって仮にも頑張ったんだからつらくて仕方ない。泣いちゃだめだのに、幸せの秘訣は笑顔だって信じているのに……涙がまぶたにたまり、流れようとする寸前、プレネーはわたしを守るように前に立ち、ウェットネスおじ様に対峙してくれた。
「これからかわいい人形になるのさ、さあ、ウェットネスおじには関係のない話だろう、どっか行ってくれ」
「そりゃ失礼したね、そんな魔法が使えるならたいしたサンタになるだろうね。ただ、俺としちゃ無理はすることないっていいたいだけさ。できないことに希望をかけたって、徒労に終わるに決まってるんだから。ましてや今日からクリスマスまでというもの、地上では雪が降るくらいの冷え込みだってのに、裁縫なんて手がかじかんでままならんだろうてな気遣いさ」
少し落ち着いたなら、わたしはだんだんと腹が立ってきた。このまま言われたい放題にされたくはないと、ほおが痛くなるくらいふくれていることが自覚できるほどだ。
「おじ様、そりゃわたしは不器用ですよ! でも、器量がどうであれ、話し相手となる人形には変わりありませんからね!」
「話し相手か、俺なら自分と同じくらいの大きさはほしいところだな」
「んま、んま! わたしがプレゼントになるしかないじゃないですか! 袋に入ったなら、おじ様が配ってでもくれるんですか?」
「そりゃいいな」
怒れば怒るだけ楽しそうに笑われるんだから、わたしはもうじだんだを踏みながらうなることしかできない。ウェットネスおじ様はようやく満足したとばかりに、小屋の出口に歩き出した。
「ま、俺ならもっと柔軟にものを考えるね。地上じゃ雪がふるってんだから、頭を冷やすにはちょうどいいだろう。雪の上にでも寝転がってきな」
そうまで言われたらどうだろう、わたしったらやけになって、いい考えが出るまでずっとこのままでいるとたんかを切って、心配するプレネーをよそに本当に雪の上に寝転がったのだ。
「さっきの話を聞いていたのかい、今日からクリスマスまで、この雪は続くんだってのに、いつまでそうして寝転んでいる気だろうね」
「こんこん、こんこん、雪か狐か! わたしったら強情なの、そこがいいところだって分かっているんだから、ひらめくまでずっとずっと寝ているんだから! 寝冷えなんて怖くないもん、わたしの寝相の悪さったら、明日になったら隣の大陸までいっちゃうんだから見ててみなさいってなものじゃないの!」
こうなったらてこでも動いてやるものか、寝相で転がっていくことだけは大目に見てもらうとして、わたしの決意ったらちょっとやそっとじゃ……
次の瞬間、恥ずかしいけれど本当に頭が冷えでもしたのだろうか、わたしは自分でも信じられないくらいの名案が思いつき、体を起こしたなら、あっけにとられているプレネーをよそに喜びのあまり思わず跳ねて踊り出した。
「わたしったら、本当に頭いいんだからさ。さあ、クリスマスよ早くいらっしゃい。雪とともにホワイトクリスマスを祝おうじゃないの!」
いらっしゃいませ、本日はクリスマス! 雪の絨毯、青空の壁紙、太陽のシャンデリア、豪華けんらんこの日は世界中が宮殿みたいなの! 大人も子どもも、猫も犬も、草木も太陽も、すべての生命が幸せを感じられる今日の良き日に幸せあれ!
お父さんがいなくなって不幸だったあの子は、朝一番に窓から顔を出し、一晩中降り積もった雪に太陽が反射する様をみて、少し心を明るくしたように見えた。女の子は無意識的に家から外へと歩き出てきたなら、さあ、驚いた。
「あ、あ、あ! すごい、ねえ、すごい!」
だれにでもなくびっくりして声を荒げる女の子をみていると、こちらもまんざらでもなくうれしさに笑みが出てしまうというものだ。手を真っ赤にはらして、あかぎれまで作ったかいは、笑顔をみるだけで十分に報われた。驚きと、希望と、喜びに彩られた、きらきらと輝く笑顔はクリスマスツリーにももってこいの飾りだ。
なにせ、女の子の正面には、背丈が同じくらいの大きな雪だるまが立っていたのだから興奮もしようものだ。
「ハッピークリスマス! 昨日までの不幸よさようなら! いらっしゃい、幸せな笑顔!」
あの日、雪の上で寝転んだわたしは、ごろりと転んだ拍子にふと思いついたのだ。雪が降り積もるらしいホワイトクリスマス、転がる、そうして女の子の等身大の人形。すべてを満たすとっておきのものがあったじゃないか。技術も技能もいらない、だれにでもできて、あの子へのプレゼントだと分かるものが!
「これをみたなら、ウェットネスおじ様とてもうわたしのことをバカだとか、徒労だなんて言えないに違いないったら間違いないんだから。ね、プレネーだってわたしのことを見直したでしょ? ほら、正直に言ってちょうだい」
「やれ、気づいていないのはピピロ嬢だけだよ」
「うん?」
プレネーの言いたいことはよく分からなかったけど、口元の笑みをみたらどうでもいいやと思ってしまった。プレネーだってめでたしと感じてくれているのは間違いないんだから。
もう一度女の子の様子をうかがおうとしたところで、わたしは雪だるまの後ろに、一人の男の影があることに気がついた。
「……お父さん!」
女の子もほぼ同時に気づいたのだろう、叫ぶが早いか真っ先に駆けだして、父親に飛びついた。ふたりは雪に転げると、気にする様子もなく強く抱き合っていた。
「お父さん、お父さん!」
「ごめんな、俺がふがいなかったばかりに、ごめんな……」
二人は涙をたたえながら、同じ言葉だけを繰り返していた。
「ま、わたしったらここまで読めていたとしか思えないわね」
「なにを言い出すんだい、まったく」
「だってねプレネー、雪だるまの頭に花が一本ささっているでしょ? あれはなんだか分かる?」
「今日の花講座はここだったか。それで、聞こうじゃないか」
わたしはさぞ得意げな表情となっていたことでしょう、指を立てて熱弁した。
「あの花は、ダイヤモンドリリー。花言葉は、また会う日をお楽しみに、なんだから」
鼻を鳴らすプレネーは、わたしの気分を良くして胸を突き出させるに十分だった。
そんな間にも、父親と子どもは落ち着きを見せたようで、二人並んで家へと歩き出した。
「お父さん、もういなくならないよね? ずっと一緒にいられるんだよね?」
「そうだよ、もう大丈夫だ。俺も忘れていた宝くじが当たって、事業も何とか持ちこたえられそうだ。こうして再び戻ることが出来るなんて思いもしなかった……きっと、サンタクロースがかなえてくれたに違いないんだよ」
「ね、サンタさんって、本当にいるんだね」
すると二人は申し合わせたように雪だるまに向き直ると、手をそろえて祈るように頭を下げた。そして家へと入っていく。
「……プレネー、あの子ってなかなか要点をついていたと思わない?」
「どうしたんだい、突然」
「だってさ、あの子は出会ったときに言っていたじゃない、サンタクロースはお父さんやお母さんだって。今この瞬間を見ていると、やっぱりお父さんがサンタクロースだったのかもねってわたし思ったの。それが究極の答えなのかもね」
プレネーはなにも言わずに神妙にうなずいてくれた。
「それじゃ、私たちも帰りましょうか。……プレネー?」
「なんだかな。ピピロ嬢がこうして、自身の使命もほっぽって、頑張ったというのに……雪はいつか、いやこの天気なら明日にも溶けてしまうんだろうなと思うと、少々口惜しくも感じたりしてな」
ことさらくやしそうなものだから、わたしは笑いをこらえきれなくなって、声を上げてプレネーに抱きついてしまった。
「プレネー、雪解けのあとには春が来るって決まっているじゃない。あの親子にも、世間にも、そして私たちにももちろん春は来るんだから!」
「クリスマスが終わったんだから、これからが冬のたけなわだろうに」
「なに言ってんの、こよみの上では春じゃない、まばたきするくらいあっという間よ。だから新年って気持ちがいいんでしょ?」
言いながらそり付きの箱に座り込むと、プレネーは何度と頷いて、その足を動かして空に上り始めた。
「一理あるな」
「さ、さようなら笑顔ちゃんたち。また来年に、会いましょう、ハッピークリスマス!」
「きっと地上では、サンタクロースはクリスマスが終わったら三六四日間お休みでバカンスにでも行っていると思っているに違いないんだから! メダカにだって学校があるんだから、サンタクロースにだってあるに決まってるじゃないのにね!」
「ずいぶんと長いおはようだね、ピピロ」
「ネリダちゃんだってそう思うでしょ? わたしったら我慢できない、学校が嫌いだって声を高らかに叫ぶんだから」
一月一日、クリスマスが終わると一週間の冬休みを経て、元旦と呼ばれるこの日に学校は再開する。地上と同じで、六年間の基本教育が終わったなら、次はサンタクロースとしての本質を問われるより専門的な教育が開始される。学校は苦手だ、勉強なんて頭の大きさが変わらない限りは、十入れたら十抜けるに決まっているのに。
「ピピロが嫌いなのは、学校もさることながら、昼からの成果面談でしょう?」
「わたしったら素直なんだからここでうんと言っちゃうんだから。あー、本当にやだやだ、どうせ怒られるに決まってるんだもん」
学校の始まりは、クリスマスの総評から始まる。わたしは目の前の子を助けたくなってしまって、幸せを配りたいと思うばかりに課題なんて忘れちゃったものだから、怒らないでくれという方が無理というものだ。
先生は嫌いじゃないんだけれど、面談のときの先生ったらいつも髪の毛をかくくらいの仕草しか見せてくれずに、じっと見つめてくるんだからやりにくくってこまっちゃう。やってもいない罪をきせられているような気持ちにさせられるんだもん。
「わたしに比べてネリダちゃんなんて、二人の対象が与えられたらしいじゃん。私たちの年代で、対象が二人もいるなんてほとんどいないんじゃない?」
「うん、まぁ……でも、やっぱり二人なんて無理よ。実力のある子らならいいけれども、わたしなんかじゃ、どう頑張ったって普通のクリスマスを迎えられるくらいで、幸せのプレゼントなんかはほど遠いわ」
「学校ったら、幸せなんかよりも別の評価するんだもん、ほんっとにやっ、たらやっ! ね、対象と出会うなんてどんな感じなの? わたしまだそんな経験ないんだけど、この人が対象だってすぐに分かるものなの?」
「本当に直感よ、どんな感じかなんて説明もできないくらい、目印もなにもないんだもん。なのに不思議なんだけどね、この人が対象なんだって、この人をどうにかしようって思えてくるの」
「ふーん。それだけ聞いてると、わたしだって似たようなものなんだけどなぁ」
「ピピロの場合は誰彼と問わなすぎなのよ。もっと集中しないと、気づくものも見逃しちゃうんだから」
「頭の片隅の片隅に入れておくからもうそんなものにしておいて、先生だけでもゆううつなのに、ネリダちゃんにまでなじられたらぐれちゃうんだから」
新年早々、憂鬱なのはサンタクロースの変なところだ。サンタクロースの衣装を脱いだ次には、紺のブレザーにそでを通しているなんて、だれが想像するだろうか。いすに腰掛けて気分が乗らないと足をぶらぶらさせているだなんて、だれが考えるだろうか。
「ピピロ、あんたったら期待どおり、好き勝手にクリスマスを迎えたらしいじゃない」
天井を見上げてため息をついていたというのに、こんな時に突然飛び出した声の主はディアペルノことペルちゃんだ。渋い顔がなおしわにまみれていくのが想像に難くない。
「本当に成長や進歩ってものを知らないんだから。お連れのネリダさんですら、二人を対象とする躍進を見せてようやくわたくしに追いついたというのに」
「まーなにさペルちゃん、わたしは別にあんたを追いかけてなんていないから、好きにどこにでも駆けていってちょうだい。しっ、し!」
「んま、んまぁそれがクラス一の実力者であるわたくしに向かって言うことなの? あんただけよ、わたくしにそんなこと言うのは分かってるの?」
「それがわたしの進む道なのよ、お許しちょうだい!」
ペルちゃんは怒ってそのまま離れていった。ご覧の通りといった具合に犬猿の仲だ。二度とわかり合えないに違いない。
「ペルちゃんったらいっつもうるさいんだもんねーネリダちゃん。わたしはうるさいのって、好きじゃないの」
「え、あ……そうなんだ」
ネリダちゃんは何か言いたそうに顔を困らせていたけれど、チャイムがその先をさえぎった。
学校の始まりについては、おおむね地上と変わりない。先生があいさつをして、校長のあいさつを聞いて、たくさんのプリントを配られて、気がついたら時間が過ぎていてお昼を迎えるのだ。
お昼になると、もうわたしのテンションは上がる場所を探して頭中を歩き回るけれども残念ながらみつけられず、結局は下がった調子のままでクリスマスの成果面談に挑むこととなった。
「成果なんて、笑顔、ただその一言に尽きるのです! 千里の道も一歩から、世界の笑顔は一人から! わたしは今日も笑顔です!」
先生は至って普通に待ち構えていて、資料でもめくりながらメガネをくいとあげた。いきおいよく面談室に入っていったわたしは、まず目でとがめられてしまった。
「本当、一切の反省が感じられないね、ピピロは。何でもいいからまずはかけなさい」
「よろしくおねがいします!」
「はいはい、よろしく。それじゃ、まずははじめてサンタクロースとしてのクリスマスを迎えたわけだけど、成果から聞こうか」
わたしは河原で悩んでいる女の子を喜ばせようと悪戦苦闘し、苦労の結果笑顔にさせることが叶ったと報告するが、先生はいっこうに無表情を貫くばかりだった。
「それで、対象者はだれだったんだい?」
「わたしの対象者は世界中の人たちだから、考えてみれば誰かに限定する必要なんてなかったんですよ!」
びしっと言い切ったわたしは、なおも無表情で淡々(たんたん)といった様子の先生に気圧されてしまい、おそるおそる伺いを立てた。
「その、幸せにしたいと思うこと、それが一番じゃないんですか?」
「世界中の人たちをかい? そんな力があるならそれもいいだろう」
「限られているからこそ、たった一人だからこそ、わたしはつらく困っている人を幸せにしたいんです」
ここでとうとう先生は居住まいを正して、強い目でわたしを見だした。
「つらい人、不幸な人、それがたとえ罪人でもかい?」
「罪人が幸せになれない法はありません」
わたしは絶対に負けたくない一心で言葉を放ったわけだが、先生は大きなため息を吐くばかりだった。
「そのあたり、一度君にはしっかりと話せねばと思っていたから、この機会に言わせてもらおう。たとえその罪人がクリスマスに人を殺して何人もの人たちを恐怖で不幸にしたとしても、というんだね」
「……そこまで考えたことはありませんが、でもやっぱり、不幸な人だとしたなら幸せになる日が三六五日のうちに一日くらいあったっていいと思うんです」
「つまり、今が幸せな人は幸せになる必要はないのかい?」
「えっと、幸せなんならもっと別の、不幸な人たちに幸せになる力を与えてしかるべきじゃないですか」
「クリスマスは万人によるものではなく、不幸な人に限定された幸せな一日なわけか。頑張って幸せを勝ち取った人だろうと、たまたまその時期が幸せだったという人もプレゼントをもらう資格はないわけか」
「なんでそんなこと言うんですか!」
わたしは我慢できず、立ち上がってどなっていた。
「なんで不幸な人を幸せにするのがいけないんですか! だからわたしは学校っておかしいと思うんです、目の前にいる不幸な子を見逃してまでも、対象の一人を幸せにすることが重要だなんて絶対に思えないんです!」
「そうすることで、君の対象となった人はクリスマスに幸せをもらえないんだ、それは分かっているかい? 君がだれかを幸せにする、それは重要だけれど、別の人には別の担当サンタがいるんだから、君はそれにとらわれるべきじゃない」
「でも、担当のサンタクロースがその人をみつけられると限らないし、その人を幸せにできるとも限らないじゃないですか!」
「君が本来担当すべき対象者が幸福だとは限らないし、その人よりも不幸かもしれない。その子はどうなるんだ。正当化しようとしすぎるのは良くない、世界中の人たちを幸せにしたいというのであれば、君のとった行動は真逆の行動だ」
先生も少し語調が荒くなっていた。わたしはこれまでそんなに深く考えたこともなく、間違ったことをしている自覚は今だってなかったけれども、先生の言い分ももっともだと思ったし、本来与えられた対象者のことを考えると胸が痛くもなった。どうすれば良かったのだろう、思わず涙が出てきて、わあわあと泣き出してしまった。
しばらくそのまま泣かせてくれたのは先生の慈悲だろう。おかげでわたしはすっきりと頭を整理できたし、下げることもできた。
「ごめんなさい」
「先生だってなにも悪いことをしたとは思ってないし、思ってもらいたくない、それは分かってほしい」
すると頭をなでて、無愛想な表情をようやく緩ませてくれた。
「ただ、もう少し、そういったことも考えてほしいと思っただけだよ。心がけをはじめ、個人的にピピロには期待しているし、頑張ってほしいから」
わたしが勝手をしたというのに、こうしてほめられてしまっては嬉しくて口元が緩んじゃうし、いけない癖が出てしまいそうになる。
「わたしったら、ほめられると調子に乗るんです。でも、そこがいいところだと思うんでもっとほめてください!」
「いや、こんなものにしとこうか。さ、面談を終わろう」
*****
面談を終えた部屋に続いて入ってきたのは、体つきのでっぷりとした、一人のサンタクロースだった。といっても服装はシャツにチノパンと至ってラフで、ゆっくりとした挙動はどこか不健康そうにすら映る。
「それで、どうだい、あの子は?」
ぶっきらぼうにも感じる、言い捨てたような感じの声に、教師としても少々口元を厳しくしながら応えた。
「なるほど、ウェットネス校長が目をかけている理由は分からないでもないです。ひときわ特異な、初心者にまず割り当てられないだろう対象者を見事選び抜きましたし、しっかりと幸せにもしています。……もっとも、幸せにできたのは、どこまでが彼女の力かはわたしには判断しかねますが」
「だろうね、謙虚で実によい模範解答だ」
ウェットネスは皮肉交じりに言いながら、いすに深く腰をかけた。学校の中でも、校長が彼だと知るものは教員を除いて他にいない。そして教員たちからすれば、校長の存在はきわめて不思議な存在でもあった。学校の外ではかんばしくない噂ばかりが一人歩きしているが、一方で教員たちは誰一人として校長のことを悪く言う者はいなかったし、態度はふてぶてしいながらにも皆が尊敬していることも事実だ。
校長は時たま、こうして将来性のあるサンタクロースを見抜いては、教員たちに特別な指導を要求することがある。彼の見立てはたいてい外れることはないし、教員たちにとっても光栄なことだった。
「あの子の心がけはたいしたものだし、将来が楽しみではあるけれど、ああいった子は往々にしてサンタの力がいかに小さいものなのか、悟ると同時に絶望してしまうんだ。それはそうだ、俺たちの力で世界中全員を幸せになんてできっこないし、結局は個人が頑張って勝ち取る幸せが一番なんだから、俺らがどうのこうのと地上世界に手を出すのはあまりよろしくないね」
「それはまた、サンタクロースの学校長の言葉とは思えませんね。聞かなかったことにさせていただきます」
「いいさ、俺だって、学校のやり方に丸っと賛同はしかねるからね」
言いながらパイプをくゆらせると、ウェットネスはほおを少し緩ませた。
「ただ、もし世界中を幸せに出来るほどの力を持つサンタがいるとしたらどうだろうね、……彼女のような存在であって欲しいと、俺は思うのさ」
二人が窓から外を眺めたなら、面談を終えて意気揚々といった様子で、スキップをしているピピロの姿があった。彼女は大空を見上げながら、さながら来年のクリスマスを楽しみにしている子ども、そのものだった。
誰も聞いていないと思っているのだろう、大声でこんなことを言いながら。
「わたしったらほんと、反省しないところがいいところなんだから!」
二人は思わず目配せし、苦笑し合うこととなったのだった。
<了>