答え
[chapter⑨]
こうして死神のくれた1週間のうち、六日間が過ぎ去った。
気が付けばあっという間だった。
贅沢な想いをしている期間というのは瞬く間に過ぎ去ってゆくものである。
そして、今日は最終日の7日目。
そう、私の
人生、最後の日である。
ーーー
朝早く起きると、前日の仕事の疲れが残っていたのだろう。
まだ布団の中で微かに寝息を漏らすお母さんの横に手紙を残しておいた。
とりあえず伝えたいことは、前夜にもその前の日にも散々お母さんには言葉にして届けられたつもりだったので 最後にたった一言だけお母さんの胸の引き出しの中に入れてあげようと思った。
どんな一言にしようか迷ったけれど、結局こんなありきたりで身近にあった言葉が一番心からお母さんに伝えたい気持ちだったから。
私は、お母さんの寝顔にそっと惜別にチュウをしてから家を出た。
ーー
私、楓の母にあたる宮代 夏美と申します。
朝起きると昨日の深夜まで続いていた胃痛は魔法が解けたかのようにすっかり消えてなくなっておりました。
ふと、横に目線を向けると娘からの手紙が置いてあったので広げて読んでみました。
そこにはシンプルにこう書かれておりました。
「お母さん。毎日私のために働いてくれて、ご飯作ってくれて、夜布団を掛け直してくれて、そして 私を産んでくれて
“ありがとう”」
思わず涙がどっと溢れました。
近頃の娘の様子は可笑しくて、妙に素直で甘えん坊なのです。
私としては全然可愛らしくて問題ないのですが、本人に何かあったのかと心配になってしまいます。
けれど、大丈夫なようです。
だって、あの子笑ってたから。
楓は小さい頃からいつだって嬉しいことがあった時は、何もない時でも笑ってるような子なんです。
訳がわからないでしょう?
けれどね、母親にはどーうしてもわかってしまうんですよ。
子供の癖というのは、嫌でも ね。
あなたも、親になったらわかりますよ。
誰に向けられた詩なのかもわからないが、宮代夏美は今の幸せな心情を胸の内にしまって置くには勿体ないほどに感じられたのか 鼻歌を歌いながら 頭の中で筆を走らせるのであった。
ーーー
最後の時間を共有したのは、お母さんだけではない。昨日の夜、お父さんにも電話をかけてざっと2時間ほど話し込んだ。
私の名前の由来が、楓という紅葉の一種が咲き乱れる日に生まれたからということ。
お父さんがお母さんと結婚して私を生んだ過程でどんなことに幸せを感じたのかということ。
娘だけではなく息子も欲しかったんじゃない?と聞くと、
そう思ってたんだけどね。けど、楓が生まれた瞬間そんなことはどうでもよくなったよ。
と返されて私も思わず照れてしまう。
今思えば、お父さんは本当に娘大好きファザーで 溺愛してくれたんだなぁとつくづく思う。
その感謝を言葉にして伝えて、お父さんの涙を誘って電話は切られた。
あ、そうそう。
おばあちゃんとおじいちゃんの墓参りにも行ったよ。
なんだか、おじいちゃんからは「こら楓!おまえさん、なんて早さでこっちきちまうんだい!夏美と変わんねーじゃねーの?!」
という幻聴が聞こえてきたかと思えば、今度はおばあちゃんに「こらこらおじーちゃん、そんなこといったって仕方ないでしょ。ほら、夏美もこっちにいるんだし。みんなで仲良く迎え入れてあげましょうよ」なんていうフォローが聞こえたが間違いなく空耳ではないだろう。
全く、恐ろしいものである。
天界から地上にまで声を響かせるほど強烈な個性に私は思わず苦笑してしまう。
由奈を含めてこの1週間で出来た友達とも抱き締めあった。
そして、とうとう最後の時は目前に迫っていた。
最後の日の最後の時 私が一緒に過ごそうとしていたのは、他の誰でもない。
私にとって唯一の愛息子だった。
愛娘の方はどうやらピアノ留学をしているらしく、会いにいけなかったのが非常に非常に惜しまれるが 代わりに“あるもの”を用意してきている。
時計を確認すると既に時計の針は午後の6時を回っていた。
死神に伝えられた期限は午後の7時、日没の時間だ。
つまり、私の命は既に残り1時間を切っていることになる。
けれど、こんな贅沢な想いをさせてもらったんだ。
もう、悔いはないし怖さはちょっぴりとしかない。
だって、隣には駆がいるんだから。
言葉には出来れないけれど、この成長した息子が隣にいるという事実は何よりも私に勇気をくれた。
「ここ、ちっちぇー頃からの俺のお気に入りなんだ」
前を歩いて先導してくれる駆が優しい表情でそう口にした。
視界いっぱいに映り込んでくるのはどこの誰が手入れしてるのかさえもわからない田園。
その合間を縫って伸びた細道の奥には、なにやらおんぼろな神社らしきものが遠目にみえる。
ペンキで塗ったように橙色に澄み渡った空が照らす日の光で田園の緑は黄金色に輝いているかの様。
そよ風がふくと、水面は微かに震えまだ実にもならない稲穂が夕焼けを背景にし軽やかに揺れ出す。
同時に小麦の香りが入り混じった空気が鼻を擽ったかと思えば 空ではツバメがぴっぴと健気な鳴き声をあげながら巣帰りをする様子が見てとれる。
「どう、気に入ってくれた?」
ふふっ、かっこつけちゃって。
先に教えてあげたのは私だってのにね。
とは思いつつも笑顔で「うん、私もここ大好き」と返す。
「そっか、よかった」
そう微笑むと、今度はかけるはどこか遠いところをみるような目つきで前を向いたまま話した。
「今はもういなくなっちゃったんだけどな。ここ、昔母さんとよく遊びにきたんだ。
だから、まぁ俺にとっては思い出深い場所なんだろうな」
そんな風に息子に言われてしまうと、母親としては頰が火照ってしまう。
胸が暖かくなった。
「そっか。いいとこなんだね」
緩やかに吹き回る春風が頭をすり抜けていくような心地良さを感じる。
私も駆と同じでこの場所が大好きである。
少しでも、子供達に自然に触れて欲しくって駆とゆずと三人でよく散歩しにきたものだ。
ゆずはは蟻の行列を前にしてまるでホラー映画でも鑑賞しているかのような悲鳴をあげて泣いてるのを2人で慰めたり、
逆にかけるは蝶々さんを追いかけてたら足元を滑らせてそのまま田んぼに落っこちてびしょ濡れになったこともあったよね。
思い出というものは過去の時間軸の中に取り残されているというのに、こんなにも胸から離れようとしないのは不思議な話である。
「ねぇ、かける。これ受け取って」
「ん?なんだこれ、、手紙、が3通?」
「うん、内容は絶対に確認しちゃダメだよ!
ただ家に帰ったらそれをかけるのでも妹さんのでもいいからどこか引き出しに入れてわかる場所に保管しておくこと、いいね!」
「わ、わかったけどよ。なんで見ちゃだめなんだ?」
「ダメなものダメ!ok?」
「う、うぃっす!汗」
「よしっ」
「けどさ、なんで急に俺のお気に入りの場所を紹介してくれだなんて言ったんだよ?」
「うーん?なんでだろうね。
なんとなく、かな」
「はは、なんだそれ」
「お父さんは?元気にしてる?」
「あぁ、親父はピンピンしてるぜ。つい先週も昇給だ昇給だ騒いでゆずはにウザがられてたな笑 あ、ゆずはってのは俺の妹な」
「へぇ、そっか笑」
なんだかんだ、元気そうでよかった。本当に。
あなたも1人で背負わせる形になってしまって本当にごめんね。
けど、私は勝手に安心してます。
だって、私が選んだ夫だもの。
ゆずだって本当はなんだかんだお父さんのこと大好きだから、娘に臭いって言われても挫けずに頑張るんだよっ!
「ここ座るか?」
「うん、座ろ」
そう言って私たちは、側に立つ大きな木の元に腰を下ろした。
「かけるはさっ、サッカー以外にどんなことが好き?趣味はある?」
「サッカー以外にかぁ、うーん けど本とか映画はよく見るかな。あと、ゲームも好きでよくやるよ」
やっぱり、私の子だ。ほぼ一緒。ゲームを除いては。
「ゲームのやりすぎで視力とか落とさないでよ〜」
「ははっ、なんだよそれ。俺の母さんかっつうの」
はい、君のお母さんです。
「勉強は?頑張ってる?得意教科とかある?」
「俺こう見えても成績かなり良い方でさ、一つ前の期末テストは学年で20番以内だったんだぜ!」
「ほ、ほんと!よかった〜、、じゃなくて!汗 凄いんだね〜!」
なんだ、しっかりしてんじゃん。
なんだか安心しちゃうな。
私はほっとして胸を撫で下ろす。
「けど国語がどーにもなぁ。なかなか点数伸びないんだよ。数学は割と得意なんだけどさ」
そっか、そこはお父さん譲りなんだね。
私はむしろどうやったら数学が出来るのか教えてもらいたいくらい。
にしても、駆の言葉は一言一言が私の胸に直接入り込んでくるようで そしてそれを私は気がつけば何処か他に流れさせまいとして手で抑えていた。
爽やかで透き通っていて、けれど男の子らしい明るい声。
そっとバレないように横目で駆の横顔に目線を移す。
肌白くて凛々しい、しっかりとした骨格を形成した好青年の横顔に思わず見惚れてしまう。
これが自分の血を引いた息子なんだ。
「その、、お母さんのこと思い出して寂しくなったりすることはない、、?」
その問いかけに、駆は少し言葉を詰まらせた。
私の前だから、あからさまに顔には出していないけれど。これは、泣く前のかけるの顔。
「そりゃさ、寂しいなって思う時もあるよ。
今までに何回もあった。
なんで、周りはみんなお母さんがいるのに俺にはいねぇんだろうって」
私は酷く胸が痛んだ。
覚悟はしていたけれど、改めて本人の口からその悲痛な想いを言葉にして聞かされると耐えられないものがある。
「お母さんを恨んだりは、、してない?」
「するもんか、母さんだって長く俺たちと一緒にいたかったはずだからな。
むしろ、感謝したいことの方がいっぱいある、、
俺を健康に生んでくれたこと、サッカーが好きな俺に生んでくれたこと、愛情込めて育ててくれたこと、、
いっぱいある、いっぱいあるけど、、もう、この気持ちを母さんには伝えられないんだ、、」
駆は唇を震わせながらも、必死に言葉にしていた。
私は思わず駆の手をぎゅっと握りしめた。
「は、はるか?!//」
伝わってるよ、かけるっ。
伝わってるから、かける、、っ。
「大丈夫、絶対お母さんに届いてると思うよ。かけるの想い。
絶対届いてるから」
「そうかな、、そうだと、、いいな」
にしても女の子に手を握られるのは慣れてないのだろうか。
りんごのように頰を赤らめるかけるがとっても可愛いかった。
照れないでよ、お母さんだって結構恥ずかしいんだぞ。
慌てた様子を見せるも無理にそれを解かない駆に温もりを感じる。
暖かい。私のよりずっと大きい、男の子の手だ。
「かけるはさ、気になる女の子とかいないの?」
「えっと、、気になる子は、、」
心の何処かで私って言ってくれるんじゃないか、なんて期待してみる。
けれども、落ち着け。
息子から母親への愛情なんてもう聞かせてもらってるんだ、今更確認する必要なんかない。
「はるかって言うのはなしだよ?かける」
「えっ?// なんだよ、そっちから手繋いできたくせに」
「いいから、ほら。私以外で」
「はるか以外でかぁ、、うーん、、そしたら、、」
もう、その反応半分私のこと考えてたって言ってるようなもんだよかけるっ//
29にもなって、こんなに男の子に胸を擽られるなんてね。
けど、これは恋人とか夫から感じる愛情とはまた違うんだ。
うん、違う。
なんだろうね、、この。
自分のお腹の中から出てきて、もう嫌でもそこに深い血の繋がりができて。
考えることも感じることも私と似てるところが沢山あって。
私が見てきた景色をもう一度見てきてくれるような。
0歳だった頃から今の今までずーっとその成長を命の許す限り見守ることのできるような。
きっと、これが親子の絆というものなのだろう。
大切な人だなんて たったの一言じゃとても言い表せない 言葉を超越したかけがえのない存在。
それが、子供というものなのだろう。
「ほら、早く答えてよ。気になる子いるんでしょ〜」
「せ、急かすなって汗 そりゃいるっちゃいるけどさ、けど そいつとは長い付き合いで。
なんだか怖いんだ。下手に軽いノリで誘ったりしたら関係が壊れてしまいそうで」
ーー
「もう幼い頃みたいには、あんまり遊びに誘ってくれなくなっちゃったの、、」
ーー
かーーっっ。
純愛。
もぅ、お母さん何も言うことありません。
どうぞもう、イチャイチャしてください。
って、言いたいところだけど 仕方ない。
このお馬鹿さんに母親が教授してあげましょう。
「ばかだなぁかける。そんなさぁ、長い付き合いなら尚更関係なんて壊れるわけないじゃん。
それは、かけるが逃げる理由にしてるだけ。
本当はかけるは怖がってるだけなんだよ」
「俺は、怖がってる、、」
「そぅ。時には勇気振り絞ることも大切だぞ、かけるの得意分野でしょ?
大丈夫、絶対上手くいくから」
「はは、なんだそれ。まるで俺のこと本当になんでも知ってるみたいだな遥香は」
駆は私の言葉に関心しつつも微笑んでいる。
「そうだな、逃げてばっかじゃ情けねぇよな。
ありがとな、遥香」
そう言って真っ白な歯を私に見せてくれる駆に満足して 私は腰を上げた。
「それじゃ、私 そろそろいくよ」
私は堪え切れなくなりそうで、かけるとは目線を合わせずにそう言った。
「なんだ、もう行っちゃうのか」
「うん、、行かなきゃいけないの。
かける、今までありがとっ おかけで私幸せだったよっ」
突然の言葉に駆は案の定慌てた素振りをみせる。
「え?ちょっと。今までって、この先も会えばいいじゃんか?」
「ごめんねかける。
今日で、私とかけるはお別れなの」
「な、なんだよそれ!どっか、引越しちまうのか?」
「そ、そう!引越しちゃうの私、だから結城遥香なんて子がいたことは忘、」
「どこだよ!場所、教えてくれ!」
私が言葉を続けることを許さないかのように必死な形相で尋ねてくるかける。
「ごめんね、それは言えないの」
「言えないって、なんで、、」
私はゆっくりと優しげな口調で、以前幼ない頃の駆に言った台詞と同じ台詞を伝える。
「いい、かける。
私はね、これからどーうしようもないくらい遠い所に行っちゃうんだ」
涙を垂れ流しながら口籠る幼い頃のかけるの姿がフラッシュバックしてしまい 私は口を抑えてしまう。
もはや、否が応でも浮かび上がってくる涙を堪え切れないまま私は言葉を続ける。
「そこはね、みんないつかは行かなきゃいけない場所なの。
かけるだって、同じ。
だから、もしかけるもこっちにきたら、、泣
私、精一杯探すからっ
かけるのこと絶対探すからっ、、ね泣」
かけるはもう驚いた顔をするのはやめていた。
優しく微笑みながら、私の言葉に耳を傾け頷いてくれていた。
その姿がまた私の胸を打つ。
これ以上泣いた姿を見せてしまうとかけるにも余計な情を与えてしまうので、すぐに立ち去ってしまいたい衝動とずっとかけるとゆずはとお父さんと一緒にいたい衝動がぶつかり合い 激しく交錯する。
けれども、私の中に残った僅かな理性でなんとか決心をさせた。
「最後に、かける。
勇気あって素直で優しい君が、
私は心から大好きですっ
ありがとうっ泣」
私はそこまで言うと、もうかけるの側から離れられなくなりそうで心と身体を無理やり引き剥がすかのような想いでその場から走り去ろうとした。
その瞬間だった。
「はるか!」
もう、、やめてぇ、かける泣、、
止めないでよ、、
足、止まっちゃうじゃん泣。
かけるは、少し遠くにいる私でもはっきりと聞こえるような大きな声で叫んでくれた。
「ならさ!おまえがどこにいっても、どんなところにいっても、どーんなに遠くにいってもさ、
俺が見つけてやるよ!」
「!!」
私の目からは何かがはちきれたかのようにどっと涙が溢れ出た。
今まで我慢していた分も含め、私はもうそれを堪えることはできなかった。
「たとえ、どんなにわかりづらいところにおまえが隠れちゃったとしてもさ!
俺が絶対見つけてやるよ。
だからさ、
待ってろ!!」
私はかけるの方に首を傾けて精一杯の声で返事をするのであった。
「うんっ。待ってるね、かけるっ泣」
ーーー
走り続けてどれくらい経っただろう。
あれから、長い間泣き続けながら一心不乱にこの人目のつかない荒野を進んだわけだが。
「ふー、こんな荒地までくれば誰かに見つかることはないよね。
にしてもやだなぁ、久しぶりにこんな泣いちゃったよ」
腕時計に目をやると、時刻は16時59分。
残り1分だ。
すると、いつしか見た光景と同じように突如 として星が私を囲むように発生すると、それらはキラキラと光り出して互いに連結し出した。
そして、それぞれの星が連なって一つの大きな星の形を描く。
なんだろう、このデジャブ。
そして、これまたわざとらしいキラキラーンという効果音と共に“彼”は再び姿を現した。
「やぁ楓さん。久しぶりだねっとと、にしても足場の悪い場所を選んでくれたねぇ」
「仕方ないでしょ、人の目につかないところなんてそうそうないんだから」
「けどまぁ、よく三つ目の掟も守ってくれたと思うよ。何よりだ」
「そりゃ勿論、私 約束は必ず守る主義ですから。ところでその掟、私がもし破ってたらどうなっていたの?」
「そりゃぁもう大変なことに」
死神は大袈裟に手で首を切る素振りをしてみせる。
「ふふっ、それは大変だね」
「最後の1週間はどうだったかな?楽しめたかな?」
「そりゃあ もう。おかげさまですっごく。ありがとうね」
「そりゃなによりだ」
「あなたにも会えて光栄だったわ、死神さん♪」
「いえいえこちらこそ。あなたという素晴らしく面白みのある人間に出会えたこと、心より感謝しているよ」
私は一度、深呼吸を入れる。
「じゃ、死神さん。時間だよ、私を浄化してくれるんでしょう」
「そうだけど、その前に一つ君に尋ねてもいいかな?」
「どうぞどうぞ」
「楓さん。あなたはその29という短い生涯を終えた今、今までにたくさんのことを学びたくさんのことを感じてきたでしょう」
「きましたね」
そこまで言うと、死神は大きく息を吸って吐いて
そして、私を真っ直ぐに見つめてこう尋ねた。
「では、聞こう。
あなたへの最後の質問だ、宮代 楓さん。
あなたにとって、“生きる”とは 何ですか?」
私はその質問に少し頭を捻らせた。
この世界の人々は、何かを生きる糧にしたり目標にしたりして、毎日笑ったり泣いたり努力したり時には人を憎んだり恨んだりする。
けれど、それは全て己の幸せに繋がっているのかもしれない。
愛情も友情も全て結局は己の幸せに帰結するものなのだと思う。
けれども、人はその中で人から受けた愛を今度は自分が誰かに分け与えることができる。
人間とは、そういう生き物なのだと思う。
「それはね、難しい質問だよ。
けどね、そんなの人によって答えは様々だと思うんだ。
様々でいいと思うんだ」
「うん、そうなのかもしれない」
「だからね死神さん、私はこう答えるよ。
私はね、親から貰った愛情を時を経て今度は次世代の子供へと伝えた。
だからね。
人っていう生き物は
“絆を受け継ぐ”ために生きるんだって、そう思ったんだ」
暫くして死神はニヤッと口元を緩ませて私に手を差し伸ばした。
「そうか。ありがとう宮代 楓さん。
今日も君のおかげで、実に面白い答えが聞けたよ。
さぁ、行こうか!
これで、僕の創り出した魔法の世界は消失し、世界は12年前の元の時間軸に巻き戻される。
では、僕の手を握ってくれ」
言われるがままに、私は静かに瞼を閉じて死神の手を握り、身を委ねた。
やがて、私の全ての感覚は麻痺してゆき、
意識が朦朧とし始めて、
無数にもこれまで出会ってきた人々の笑顔が思い出され、
私が幼い頃、みえていたお母さんとお父さんの笑顔がみえて、
終いにわたしと旦那とゆずはとかけるが4人で笑いあったあの日が思い出され、
そして、ある一点で プツンと意識が途絶えるのがわかった。




