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母のお願い

[chapter⑧]



結局、その日を境に私には強力な後ろ盾があることを悟った亜紀は一切の嫌がらせを辞めて随分とみすぼらしくなってしまった。


私だけではない、千佳も長年の圧力から解放される時が来たのである。


その希望へ向けた兆しは翌日から既に現れ始めていた。


いつもの様に昼休み、1人で食事を済ませようと弁道袋を解いていた時だった。


「ねぇ、遥香」


「由奈、どうしたの。まだ私と一緒にいるの危ないよ?」


「ううん、そんなことない。危いとか、そんなのはもういいの。遥香は少し優しすぎるんだよ。


それに。私だけじゃないよ」


由奈がそう言うと、彼女の後ろから四人の女子生徒がひょっこりと顔を出した。


中でも一番奥の子は目を瞑って決心する様な素振りを見せると私の前まで出てきて真剣な眼差しで口を開いた。


「あ、あのね!結城さん。私、ずっとあなたの千佳を守る姿に憧れてたいたの。勇気あるあなたと是非とも友達になりたいと思ったし、あなたの味方でありたいと思ってた。けど、ごめんなさい。怖かったの、私、、どうしても自分のこと優先しちゃって、、


けど、昨日のサッカー部の男子たちの思い切りのいい喧嘩をみてたら、そんなもの吹っ切れたんだ。なんだか怖がってる自分がバカバカしくなっちゃって。だから、、その、、今更遅いかもしれないけど、一緒にご飯、、食べてもいいかな、、」


恥ずかしさも大いにあるのだろう。


もはや、語尾の方は尻すぼみになっていたがそれでも私にはこの子なりの真摯な気持ちが伝わってきた。


「わ、私も、、ずっとあなたが正しいって思ってたけど 勇気が出せなくて、、」


「わ、私もだよ、、」


その横で「ほらね」と言わんばかりのキラキラした笑顔でウインクをきめる由奈を含め、私は彼女達の成長に胸が熱くなった。


「みんな、、ありがとう。遅くなんてないよ。

一緒に食べよ。


それじゃ、千佳も呼ばないとねっ」


全員、勿論と頷いて満場一致。


私たちは1人で菓子パンをちまちまと齧っていた千佳を招いて、大勢で食卓を囲んだ。


こんなにも大勢の友達で楽しくお喋りしながら昼を過ごしたのは何年ぶりだろうか。


千佳とその周りの子達が嬉しそうに食事を頬張る姿をみながら、私は1人心の中で小さく呟いたのだった。




「そっかぁ。私、守れたんだね」




この子たちが、私と咲の間に生まれた後悔をせずにいられることが嬉しくて涙腺が綻びそうになる。



その日とその翌日は、私にとってはまさにその名の通りjkらしく羽を伸ばした。


腰痛も肩凝りも気にせずに動き回った体育のバスケ、我が校に対戦校を招いて応援したサッカー部の練習試合、友達の失恋報告に胸キュン報告、久々にみんなで訪れたスタバにネイル店。


まるで濁流のように時間が流れてゆくように感じたのはいつぶりだろうか。



時は流れ、今日という日は死神さんに与えられた1週間の内の6日目にあたる。


その日は休日だったけれど、由奈は私をあえて学校の屋上に誘ってきたので2人きりで私服を着たまま学校に潜入した。




由奈は愉快そうに私の手を引くと、私が生まれ育った金田横町の一部を一望できる場所に案内してくれた。


「ほら、ここ立ってみて!」


「どれどれー、



うわ!凄い、建物の一つ一つがくっきり見えるね」


正直なところ、今の夫にあたるわけだが当時は彼氏として一緒に町の展望台に何度も足を運んだことがあった。


なので、これくらいは割と見慣れた景色ではあるけど、 それでも当時の名残が頭をよぎって、何か込み上げるものがあった。


「綺麗だね、、」


「へっへー、凄いでしょー」


私が見惚れている演技を見せると由奈は得意げになっていたので、その微笑ましい様子に満足する。


私たちは柔らかに吹き込む春風に撫でられながら、ただじっと青空に覆われた故郷をフェンスから半ば上半身をはみ出させて眺めていた。


由奈は風に一つ編みの髪をたなびかせると、優しい顔で話した。


「私ね、何か辛いことがあったらよくここに来るんだ。こうやって町全体を見渡していたら私の悩みなんてちっぽけのように思えてさ」


「ふふ、わかるかも。由奈にも悩みあるんだね」


「そりゃ悩みの一つや二つは誰にもありますよ」


微かにそよ風の風鈴を鳴らす音がどこぞやの駄菓子屋から聞こえる。



「涼しいね」



思ったことを率直に言葉にする。



「そうだね」



由奈も素直な気持ちで返してくれる。



「けど、まだ暖かいよね」



「そうだね」



「私、ずっとこの街でみんなと仲良くしてたい」



「そうだね」



「駆たちの試合、また観戦したい」



「、、、そう、だね」



おや?


違和感の残る由奈の返答に目玉だけで表情を確認してみると、由奈は今までの愉快そうな表情と一転してどこか気が落ち込んでるように感じられた。


じっと、どこか一点で見つめて何か考え事をしている。


「どうしたの由奈。なんか悩みでもあるなら私に頼ってよ」


「ん〜、これって悩みっていうのかな、、悩みっていうか、、なんていうんだろう、、このモヤモヤした感じ、、」


ま、まさか、、!


ならば、ここは由奈ちゃんには悪いけど一つ素直になってもらおうか。


まるで娘のように可愛らしい由奈を策にはめることに若干の罪悪感が感じられたが、私の好奇心はそれを上回ってしまった。


「にしても、駆って本当にサッカー上手いよねぇ。試合が始まった途端にみせるあの真剣な眼差しと普段のギャップがまたいいっていうか」


「う、うん、、。わかるよ」


「しかもキャプテンマーク背負ってるんだもんね、責任感あるんだろうなぁ。ありゃ周りも付いて行きたくなりますわ」


「うん、確かに、、」


私の問いかけ一つ一つに、俯きながら返す由奈。


私は構わず前を向いたまま続ける。


「だからね、私 もっと駆のこと知りたいって思っちゃった」


「それって、、」


「うん。私を駆が理解してくれたように、私も駆にとっての1番の理解者でありたいなって思ったの」


「、、、」


「駆のこと本気で理解してあげられるのは私くらいしかいな、」


「は、遥香!、、」


由奈は突如としてこちらの言葉を遮るかのように声を大にして私の名前を呼んだ。


「なに由奈?」


「遥香、、わ、私ね、、。実は駆とは小学生からの幼馴染なんだ」


「あ、そうなんだ?」


「今はさ、、ほら、周りの目もあるから前みたいに仲良く2人で過ごすっていう機会は帰り道くらいに減っちゃったけどさ。


昔は、私だって、、、その、駆とは、、すごく仲良くしてたん、、だよ、、//」


顔を茹でだこのように赤くして、恥じらいながらも一言一言ゆっくりと言葉を紡ぐ由奈を私は何気ない顔をしながら内心「ガンバレ!ガンバレ!」と鼓舞する。



「え、それって由奈。あなた駆のこと、」



「わ、わからないよ!」



「由奈、、」



「私にだって、わからないよ、、。だって、駆は幼い頃みたいに向こうから遊びに誘ってくれるわけでもなくなっちゃったし、、。


けど、、けど、、なんでだろう遥香。


ごめんね遥香、私 遥香が駆のこと話しているの聞くと、なぜだか、すごく、、



凄く、胸が痛くなるの」



よし、遥香ちゃん。


そこまで言えれば十分だよ!


君は、未来の花嫁候補合格だ!


隣で自分の好きな男の話をされて黙っていられるようじゃちょっと心配になるところだっけど、偉いぞっ!



そこまで言わせると、私は思いっきり由奈を抱き寄せた。


「ありがとう由奈。しっかり伝えてくれて。伝わったよ、あなたの気持ち」


「けどっ、、泣 これじゃ私、遥香の気持ちを応援してあげられないよっ」


「由奈ちゃんって最高。素直で優しくて、本当に友達になれてよかった。あなたに会えてよかった。


安心して由奈。私はなにもあなたみたいな感情を駆に抱いてるわけじゃないから」


「え、ほ、ほんとに?」


「ほんとほんと。間違いなくほんと。心配しないで。だからさ由奈、今度は私があなたを応援する番だよ。


由奈はさ、その気持ちに素直にならなくっちゃ」


「自分の気持ちに素直に、、」


これは男女の関係に限った話ではない。


親子にしたって、先生と生徒にしたって、師弟関係にしたって、親友同士も恋人同士もみんな同じ。


時には、自分の想いを真っ直ぐ伝えないと届かないことだってあるんだよ。


「だからさ由奈。私期待してるよ、その気持ち 駆に届けてあげて。


大丈夫、あなたの真摯な気持ちは絶対伝わるはずだから」


「遥香、、なんだろう。貴女って本当に凄い。たったの一言で、私の恐怖も迷いも全部とっぱらってくれちゃうんだもん。


ありがとう、なんだかおかげで気が楽になっちゃった」


そう言って、吹っ切れたように背筋を伸ばす由奈。


そして、私は心の内で由奈に友達としてそして何よりも母親として由奈に最後のお願いをするのであった。



(ところどころちょっと不器用で、何かに熱中したらすぐ周りが見えなくなっちゃう駆だけど、優しいところもいっぱいあります。


そんな駆のことを想ってくれてお母さん由奈ちゃんには感謝の気持ちでいっぱいだ。


だから あなたの、優しさと勇気をいっぱい駆に分け与えてあげて下さい。



どうか駆をよろしくね、由奈ちゃん)

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