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お腹減っちゃった

[chapter③]



「えー、それじゃあおまえら席につけ。今日は転校生が来てるぞ」


扉越しでもわかる。


教室内が特に男子達の声で騒ついている。


私は久々で慣れない女子高生のメイクに不安を拭いきれていなかった。


しかし反面、もう一度夢のJK世界へと飛び込める期待で胸を躍らせる自分もいた。


高鳴る胸の鼓動を抑えて、リボンを整え直す。


名前を呼ばれたので、私はスライド式の引き戸を開けると懐かしの教室へと足を踏み入れた。


懐かしい木の匂いが鼻を擽る。



本当に、戻ってきたんだ。


12年前、私が生きた世界へ。


私がクラスメイト達に姿を露わにすると、途端に教室は静まり返ってしまった。


数名の男子が唖然として口を閉じることを忘れて私に顔を向けている。


お、あいつ私に見惚れているな?と主観的な願望ではなく冷静沈着極まり無いほどの客観的な目線で分析できてしまう。


外見はきゃぴきゃぴとした女子高生でも中身は中年のお母ちゃん世代である。


現に先ほどから「待って、あの子めっちゃ可愛くね?」なんて声がダダ漏れである。


綺麗ですね、と近所のおじさんにお世辞で言われることはあるが「可愛い」だなんて言われたのは何年ぶりだろうと思いつつ私は頰が綻んでしまうのを堪えた。


「みやし、、じゃなくて 結城 遥香って言います。是非みんなと仲良くしたいのでよろしくお願いします♪」


女子高生らしく明るさを意識して声を張って朗らかな笑顔で挨拶してみる。


私は死神さんに言われた通りに、真名を偽って幼い頃に憧れていた飛び出せプリキュアの主人公の名を名乗った。


少し遅れて教室の生徒達がぞろぞろと「よろしく!」や「うぉー!かっわいいー!」とか「よろしくね〜」と返事をしてくれたので、私は満足して先生に指示された席に座った。


私の席は、窓際の1番後ろだった。


椅子に腰を下ろして、バッグの置き所に迷っていたところ すぐ隣から声がかけられた。


「荷物は後ろのロッカーにみんな入れてる、結城のはすぐ後ろにあるぞ」


「えっ?あ、うん!ありがと、えっと、、」


佐藤さとう 翔太郎しょうたろうだ。よろしくな」


「う、うん。佐藤君だね、よろしく!」




やだ、なにこの子。カッコいい。



年が12も離れている年下に乙女心を擽られるなんて夢にも思っていなかった。


その後、担任の口から長々と発せられた連絡事項を他所に私の横目はそれを聞く佐藤君の横顔を捉えていた。


高校生にしては立派な体格で顔の肉付きも程よく、眼には対象を鋭く見据える力強さを感じた。


佐藤君のとこのお母さんとお父さんはきっと美男美女なんだろうねぇ。


朝のHRが終わると、案の定私の机の周辺一帯は目を輝かせたクラスメイトたちで溢れかえった。


「結城さん、、いや、遥香って呼ぶね!遥香はどこから来たの?地方出身?」


「遥香さん選択授業何にする?音楽とかどお?」


「部活何にする?!バレーやろーよ、遥香ちゃん可愛いから絶対モテるって!」


岩をも砕く波の如く押し寄せる質問に困惑しつつも、私は一つずつしっかり返答してあげようと思った。


取り敢えず出身は過去ですだなんて洒落たことを口にしたいところだが、死神と約束した掟の二つ目もあるので咄嗟に偽りの設定を口にする。


それからというもの、私の中に眠っていた若々しい頃に積み重ねた 宝石のような思い出が幾重にも掘り出されることになるのだった。


木材に囲まれた一室、私が何度も頭を捻らせた数学、先生が面白かったこともあり大好きだった国語、先生の体が黒板に向けられた隙を狙って交わした手紙交換、昼飯後の異様に高い睡眠率、筆を走らせる度にコトコトと独特の音を鳴らす机、一致団結と掲げられたクラス目標、、


眼に映るもの全てがあまりにも眩しくて、いつの間にか目を背けていた光を 再び自らが照らしているのだと思うと 目頭が熱くなる。



一人になった学校の帰り道、私は長い距離を歩いても息の上がらない若々しい身体に嬉々として、足取りも軽やかになっていた。




そして、私が家に着いた途端だった。


ふと幼い頃に何度も嗅いだことのある肉じゃがの匂いに身の毛がよだつような想いがした。



「え、、うそ、、なんで、、」


それは、確かに肉じゃがの匂い。


それも、私の好きなほんだしを入れた薄めのしょうゆ味。


世界でたった一人



私のお母さんにしか作れない、肉じゃがの匂い。



私の脳裏に、とある死神の言葉が蘇る。



『君が12年前に戻るということは、君が誕生する上での必須因子も12年 前に戻ることになる』



私が生まれる上で必要不可欠なもの、、まさかそれって、、、!



私は細かく波打つ鼓動よりも速く、駆け足で

家の中に走り込む。



玄関のドアを開け、鍵も閉めずに 強引に靴を脱ぎ捨てると、適当にバッグを床に放り投げて 私は一直線にリビングへ向かった。




グツグツ、グツグツ、、



そこには、死んだ筈の母が肉じゃがを煮込む姿があった。



「うそ、、、」



衝撃のあまり、息をするのを忘れていた。



「おかえりなさい、楓。どうしたの?酷く慌てた様子だけど」



母は湯煙の立ち昇る鍋の前で料理をかき混ぜつつ、こちらに心配そうな視線をよこしてくる。



伝えたかった事が星の数ほどあったが、あえて私はこう口にした。




「お母さん私



お腹、減っちゃった」

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