とある女性の話をするとしましょう
家族愛をテーマにしております。たったの1人でも読者様が心を温かくして頂けたら作者としてこれ以上の幸せはございません。
〜死神の悪戯①〜
どうも皆さん初めまして、私です。
死神でございます。
皆様、死についてお考えになったことはございますでしょうか?
死、それは未知なるもの。未知なる領域。未知なる世界。
まだ体験したことのない概念。
否、それは実に既知なるもの。
冷静に、そして科学的に考えれば死というのは生命の終幕。脳の停止。即ち感情と感覚の喪失。
それは、非常に無情であり虚しき現実。
故に人々はその虚しさを払拭するため、科学を超越した理想郷を自らの中に生み出す。
それこそがいわゆる天国。はたまた魂の循環説。
時に、現実主義者はこういった非現実的思想を批判の対象とする。
現実主義者か、非現実主義者か。
両者の内、果たしてどちらがこの世界の真相を握っているのでしょう。
この世界の事象の全ては非現実性を伴うことはない。
本当にそうでしょうか?
あるいは、死という概念のみその科学を超越するというのであれば、、、
今日はですね、少し面白みのある女性の魂を浄化して来たんですよ。今からそのお話をしましょう。
そうですねぇ。
ではまず、彼女と私の出会いまで話を遡りましょうか。
ーーーー
「ねぇーえー!答えてよ!お母さん!」
垢抜けた小さな手が、病室に寝そべる私の袖を激しく引っ張っている。
「かける、、」
私にはその手がただ愛しくて握り締めることしか出来なかった。
「ねぇーってばー!どこさ!遠い所ってどこさ!なんで、お母さんは遠い所にいかなきゃいけないんだよ!」
目頭を涙でいっぱいにして、けれど必死にそれを頰に垂らさまいとする様子がこちらにも伝わってくる。
「ほ、ほら かける。そんな暴れるとお母さんも困っちゃうぞ」
「うるさい!うるさい!うるさいーー!!」
「ううん、いいのお父さん」
「楓、、」
顔を横皺でいっぱいにして泣き寄ってくる息子の手を私は真摯に握り返し、目を合わせる。
「いい?かける。お母さんはね、これからどうしようもないくらいすーーごく遠い所に行っちゃうんだ」
「だーかーらっ!なんでって!なんでって聞いてんじゃん!!」
「そこはね、みんないつかは行かなきゃいけない場所なの」
「うぅっ泣、、みんな、、かけるも?」
目の前の会話が聞くに堪えないんだろうな、夫は下唇を噛み締めて目を背けている。
「うんっ、誰だっていけるよ。勿論かけるも。だからね お母さんとかけるは必ずまた会えるのっ」
「だから、その時まで
ほんの少しの間だけだよ、ほんの少しの間だけ、さよならしなきゃいけないんだ。
ごめんね かけるっ」
「っっ、、、」
私の言葉の中に、反論の糸口を見つけられないのだろう。
かけるは声を出さずに唸っている。
泣き顔でもわかるパッチリとした眼。
私譲りの、大きな眼だ。
ーーー
チリン、、チリンチリーン、、
お父さんが半ば強引にかけるを病室から連れ出すと、室内は随分と静かになった。
チリンチリーン、、、
カーテンをふっくらと膨らませて吹き込む風。
その風の風鈴を鳴らす音のみが室内に響いている。
私はベットに横たわりながら、窓から差し込む光をぼんやりと眺めていた。
「はぁ〜、やっぱり上手くは伝えられないなぁ」
チリンチリーン、、、
「そりゃぁねぇ、まだ小さすぎるもん」
チリーン、、、
不思議な気分だった。居もしない誰かに向けられた独り言に、風鈴がまるで返事をしてくれているような、そんな気がしたのだ。
「ふふっ、私ったら変なの。子供みたい。ねぇ?風鈴さん」
チリン、チリーーン、、
ーーー
私の名前は宮代 楓。
私の容態が悪化し始めたのは、まだかけるが7歳 ゆずは は3歳の頃だった。
街中を車で運転していたら、途端に吐き気と頭痛に襲われ 身震いするほどの寒気が背筋に走った。
只事ではないと、すぐさま医者を尋ねたがその時既に私の心臓は末期だった。
詳しいことはよくわからないが、遺伝性の類であるらしく そういえば私の母も40代という若さで同じ心臓病に倒れていたことを思い出す。
余命は、長くて半年とお医者さんに暗い顔で告げられた。
不思議と死への恐怖はあまり感じない。
母を見て育ったため、不思議とそんな感じはしたし 心の何処かで準備はできていた。
それに私の人生に何か悔いがある訳でもなく、振り返ってみれば神様には幸ばかり頂いてきた様な気もする。
だから、頭をよぎるのは自身の死に対する恐怖よりもかけるたちの人生ばかりである。
ゆず、1人でちゃんと立てるようになるかな。いつか1人でお洗濯物も干せて美味しいご飯も作れるようになるかな。
かける、サッカー怪我しないかな、ちゃんと友達作れるかな、いつまでも泣き虫なままでいないよね、、、
限りない可能性の中で、2人の選ぶ道は何処になるのか。 先立つ親としては不安で胸がはち切れそうになる。
「、、、かける。お母さん、泣いちゃだめってよく言うけど お母さんが泣いてちゃだめだねっ」
ーーー
あれから、約3ヶ月が過ぎた。
お医者さんのおっしゃった通り、本当に身体への負担は未だに軽い。
よかったよかった。
久々に一週間の自宅謹慎の許可が降りたので、今週はかけるともゆずとも長くいれそう。
「わーーい、かけにい!今日はお母しゃんがご飯作るって!」
「ふーん、、」
「そうねぇ、何作ろっか」
微笑みつつ、私はさりげなく2人の顔色を伺ってみる。
「うーんと、うーんと、、」
娘の方は頭の中に選択肢が浮かびすぎて選べないのかな。なんとも可愛らしいなぁもぅ。
「おニイは何がいい!」
「別に、なんでもいいし」
かけるは先程から相変わらず機嫌よくしてくれない。
「おニイ元気、ないな!」
「あーもぅ、ゆずはこそうるさいな!」
「かけるっ!!」
リビングに一瞬の沈黙が走る。
私はほぼ条件反射のように怒鳴ってしまった。
いけないと思い、何か言葉を探していると先にかけるが口を開いた。
「っ、、だって、お母さんはまたすぐ何処かへ行っちゃうんだもん」
そう言い残してかけるは自分の部屋に駆け込んでしまう。
「待って、かけ!、、かける、、」
「、、、ねぇねぇ、お母しゃん」
少し気まずく思っているのだろう、ゆずはが声を抑えつつ私のスカートを手で引っ張る。
「どーしのー?ゆずは」
「ゆずね、、肉、お肉がいい!」
「お肉ね、じゃ〜、、、唐揚げはどうかな?」
「うん、いいね!!からあげ!からあげ!」
娘の「ソレだ!」と言わんばかりの返答に後押しを貰って、かけるのことで気負いしつつも私は唐揚げの準備に取り掛かった。
ーーー
その日の夜は、珍しくかけるの方が一緒に寝たいとねだってきたので私は笑って承諾し3人一緒にベットに潜った。
父さんはお仕事でどうしてもその場を外せないらしく今夜は徹夜だそう。
こんな時に申し訳ないと電話越しで謝られてしまったので私は気にせず頑張ってねと鼓舞する。
ベットに入ってからというものの、かけるもゆずもまるで赤子のように両腕にしがみついてくるものだから困ってしまった。
だって、私の方が2人をこの腕で抱き締めたいというのに。
ま、仕方ないか。
布団に入ってから約一時間、両隣の我が愛息子と愛娘はグッスリと口を開いて眠ってしまった。
息子や娘の寝顔というのは本当に不思議なもので、ずっと眺めていられる。
反面、私はなかなか寝付かない。
ここ数ヶ月ずっと病院ではベットにお世話になっているのだ。
眠れないのも無理はない。
それに、先程から時々お腹にやけに鈍い痛みが走るし、季節は春だというのになんだか寒気がする。
困ったなぁと一息吐くと、私は何かを思い出したかのように上体を起こした。
2人を起こすといけないので、名残り惜しくも腕に巻きつく可愛らしい手を解いて寝室を出ると、私はリビングのソファに缶ビール1本をお供に座り込んだ。
電気はつけていない。
真夜中なので部屋は真っ暗だが、なんとなくそれでいい気がした。
電気を付けようか迷いはしたが、なんだか身体がやけに怠いし それに外に目を向けると無数の星が輝いていたから。
それで十分かなって、そう思った。
缶ビールのプルタブを引き上げようとするも、なかなか腕に力が入らない。
深呼吸し一拍置いてから渾身の力でなんとか解放すると、それを喉に流し込む。
「ン〜ッハァ〜、やっぱり美味いねぇ」
とても、暗くて静かな夜だった。
この家が、海の近くに立地しているというのもあって 静かな夜に耳を澄ませば潮の満ち引きする綺麗な音色が流れてくる。
今日はそれがよく聞こえる。
波の音以外、何の雑音も耳には入り込んでこない。
もう一度、外に目をやる。
本当に、星が綺麗だった。
いくら海辺だとはいえ、星がこんなにも綺麗だとは今まで気付かなかった。
もっと、長く生きることができたなら もっと色んなことに気が付けるんだろうな。
そんなことを思いつつ星々に見惚れていると、その星達はたちまち強く光りだす。
不思議だなぁ、星ってあんなにくっきり見えるんだっけ。
そう思いつつ眺め続けていると、星は更に更に光りだす。
変なの、、まるで魔法みたい。
そう、ぽつりと口で呟くと今度はその光り輝く星達が連結して光の線を形成し始めた。
、、え?
自分の視界がぼんやりとし始め、捉える情報に理解が追いつかない。
それらの織りなす光線は気が付けば、一つの星の形を空に描いていた。
数多の星が連なり、それら全体で一つの大きな星を描いているのだ。
やだな、私ってば酔ってるのかな?ううん、酒はそんなに弱くないぞ私、、
なら夢?
夢、、、ならどこから?
リビングのソファに座ってから?
それとも、リビングに来るところすら既に夢だったりして。
待って待って、それなら夢の始まりはどこから?
今日、3人で寝た寝室?それとも私が病気を患う前だったりして?
いや、はたまた私の人生そのものが夢だったりして、、
夢の中であることが前提なのに、思考は覚醒していることに違和感を覚えつつも私は取り敢えず缶ビールを口に流し込んだ。
その時だった。
視界いっぱいに光が差し込んだかと思うと、キラキラーンと独特の効果音がリビングに響く。
眩しくて閉じた目をゆっくりと開けてみる。
すると、どういったことだろう。
目の前には全身黒ずくめの髪は白に染まった少年が立っていた。
名前も出身も生い立ちも、そもそものこの状況も目前の少年には尋ねていないけれど
それでも、その少年の正体がいったい何者であるのか 私には察しがついた。
「不思議ね、まるでお伽話みたい」
顔を合わせてから、私が発した第一声が意外なものだったのだろうか。
凛々しい顔つきの少年は少し驚いた様子で目を見開いている。
「僕が誰なのか、聞いたりしないのかい?」
「別に。なんとなくわかるもん、死神さんかなにかでしょう?」
すると、彼は一拍置いてから急に吹き出すかのようにケラケラと腹を抑えながら笑いだした。
「あっはは。驚いたなぁ、君みたいな人間がいるなんて。初めまして、君の言う通り僕は死神だよ」
「初めまして、死神さん」
「しっかし、恐れ入るなぁ。随分と察しがいいんだね君は」
「どうも、死神さんに褒められるなんて光栄ね」
大して思ってもいないことを口にしてみる。
「まぁ、正確にいうと死神ってのは君達人間の作り出した想像の産物なんだけどね」
「、、というと?」
すると、死神だという彼は不機嫌そうに口を尖らせた。
「だって、よく見てみなよ。僕は別にあんな不気味な鎌とか持ってないだろう?みんな勝手に死神を悪者扱いしちゃってさ」
成る程、人々のいう死神とは一般的に怖い存在、恐怖の対象である。それが彼からしたら納得いかないのだろう。
「ふふっ」
私は死神というのも案外、単純なものだと可笑しく思えてしまう。
「なら死神さん、お茶でも入れましょうか?」
「いいよ、無理しないで。なんせ今から死ぬん君にそんな体力は残されていない筈だ」
「そっかぁ、私 ついに死んじゃうんだ」
「なにそれ、本当に思ってる?」
私の反応が予期していたものと違っていたのだろうか。
どこか呆れた様に尋ねてくる死神。
「そりゃ思ってるよ?今日やけに体調悪かったしね、なんとなくそんな気はしてたんだ」
「そっか」
「うん」
訪れる沈黙。
部屋へとなだらかに吹き込んでくる夜風が優しく頰を撫でて気持ちが良い。
その沈黙は、私に改めて今日という日が星の輝く静かな夜であることを教えてくる。
どこか好奇心を持って私を見つめてくる死神さんに私は気になる質問を投げてみた。
「私をどこかに連れていくんじゃないの?そろとも もうこの場で魂ごと刈り取られる感じ?」
「参ったね、そんな野蛮な言い回しされちゃ。けどまぁ、答えはどっちもだよ」
「どっちも?」
「そう、どっちも。この場で君の魂を浄化させ、そして黄泉の天界へその魂を導くのさ」
「黄泉の天界、なんだか楽しそうな場所だね」
「残念ながら楽しいものなんかじゃないな。なぜなら、浄化された魂というのはそもそも人間とは既に別の存在なんだ。それは意識も感覚も持たない。
黄泉の天界へと導かれた魂は数億光年の時を経て、数多の魂と結合し命ありし生命体となって再び下界に降り立つのさ」
ダメだ、何言ってるかさっぱり。
「数億光年って、、まぁいいや。つまり、私の命の旅は完全にここで終わりってことなんだね」
「まぁ、そういうことでいんじゃない?」
正直、死後の世界には何処か期待している自分がいたけれど、仕方ない。
こんなとこだろう。死んでも意識を持ち続けるなんて贅沢な話、逆にある訳がないもんね。
黄泉のなんちゃらっていうファンタジーな場所があるだけ及第点かな。
「わかったわ死神さん。なら、少しでいいから私を浄化してくれる前に子供達を抱き締めに行かせてくれない?」
「悪いけどダメだね。魂の浄化は、その人の中で決められた定刻通りに行わないと、自然の摂理に異常をきたす原因になり兼ねない。もうあと数秒しかないからさ」
「うう〜ん、、けちっ」
意外と融通の効かないものなのだなと少し落胆する。
「なんとでも言ってくれ、死神とはみんなそういうものさ」
「みんな?じゃ、死神さんはあなた以外にも
いるってわけ?」
「そりゃそうさ。この世界の死者全員の魂を僕1人で浄化して回れるわけないだろう?」
大袈裟に首を振る死神。
人間と死神の比率も重要ときたか、意外にも単純な理屈だね。
「では、楓さん。君の残りの命が僕には見える、あとほんの少しの命だ。
何か言い残しておいたらどうだい?」
「う〜ん」
言い残すこと、急に言われてもなかなか咄嗟には出てこないものである。
こういうのって先に用意しておくべきものなのだろうか。
「ほら早くしないと、死んじゃうよ?」
「もー、急かさないでよっ
えと、、えとー、、
あ、そうだ!」
「なんだい?」
「言い残すこととかじゃなくて、やるべきことがあった!あーも、私ったらドジだなぁ。
どうしよぉ、死神さん どうか私の死期を伸ばしてよ」
「一体何をしたいのかわからないけど、そんなこと僕に言われても無理だね。さっき言った通り、自然の摂理を捻じ曲げることになるからね、、、けど」
途端に死神の表情がうって変わる。
先程までの戯けたような態度から一転し、真剣な眼差しがこちらを捉えていた。
「けど、なに」
私のことを暫くの間真っ直ぐ見つめると、死神はゆっくりと口を開いた。
「けど。もし君が望むのなら。
君になら、かけていいかもしれない。
僕の、魔法を」