歯車の略奪
__私は歯車を略奪する。
彼らは高校でいつも3人一緒だった。聞けば、幼馴染なのだと言う。
少女2人はかしましくも可愛らしく、私とは真逆だと思った。私はよく落ち着いているとか、年齢より老けているとか言われる。表情が変わらない北風のようだとも。
私はその残りのもう一人、少女たちの潤滑剤となっていた青年に恋をした。彼は温厚で、怒ったところを見たことがない。私だけでなく、少女たち2人も言うのだから、本当に怒ったことがないのだろう。
私のちょっと足りない言葉とか、言えないで飲み込みそうになった感情とか、彼はよく察してくれた。
そんな彼が本当に好きだ。思い切って告白すると、彼を呼び出したはいいが、なかなか本題を言い出せなかった私を辛抱強く待ってくれて、返事はOKだった。
でも、だからこそ不安になる。彼の幼馴染は可愛らしい。
__本当は私なんてどうでもいいのではないか。幼馴染のような可愛い子がタイプなのではないか。
私の胸はひやっとした冷たい感情に支配されていく。表情もこわばり、これではロボットみたいだ。彼と一緒にいるのに、いや一緒にいるからこそ冷たく尖った鋭利な刃物みたいな感情が喉元まで押し迫る。
「恵理?」
彼が私の名を呼ぶ。私はハッとして表情を取り繕う。けれど、遅かったかもしれない。
「なあに?」
彼は、渋い表情をして、少女ら二人を先に帰るように言った。彼女たちは不満そうにしながらも、またね、と手を振った。
「奏太、恵理ちゃんもまたね」
私は笑顔を作って手を振る。二人が見えなくなるまで見送って、次の瞬間、その手をパシッと取られた。
「奏太くん?」
彼は何か堪えるような抑えた表情をしている。
彼は、私の感情に気づいている。背筋がひやっとした。振られる。振られてしまう。私の心は凍り付くのだ。目の前が真っ暗になった。
「あの、ごめんなさい」
私の口から漏れたのは、そんなありきたりな謝罪だった。身体がガクガクと震える。純粋に次に彼が口にする言葉が怖かった。
「恵理__
__ごめんな」
確かに彼はそう言った。
ああ、やっぱり。私の感情はどんどん冷えていく。
「もうしないから、別れるとか言わないでくれ」
「え?」
どういうことだろうか。きょとんとする私を、彼は気まずげに見やった。
「恵理は、あんまり感情出してくれないから、さ。あいつらといると嫉妬するだろ? それが、かわいくて、つい。本当ごめん」
彼はあやまってくる。
「本当に? 私でいいの? 私、あの二人みたいに可愛くない」
素直じゃないし、言葉も足りない。
「それ、それはやめよう」
彼はめっと小さな子を叱るように言った。
「さっきも自分を卑下してたろ?それはダメだ」
「だって……」
言い募る私に彼は言った。
「恵理は、自分を抑えてるけど、本当はすっごい色々考えてるの知ってる。考えすぎて、行動に移せなかったり、そういうのも分かってるから」
「だから、ダメだ。自己卑下しちゃ」
私は無表情のまんま、どうしたらいいか困っていた。すると彼は言った。じゃあこうしようと。
「恵理に俺を全部あげるよ。だから、恵理を俺に頂戴。大事にするから。俺のものだから、勝手に傷つけちゃ、ダメ」
彼の目は仄暗く揺れていた。それは、排他的で、冷ややかで熱かった。低温やけどしそうなくらいに。
__独占欲だ。
私は彼にそんな感情があったのかと驚き、またゾクゾクッと背筋が寒くなりながらも、嬉しかった。
私は歯車を略奪する。これで、彼女たちが回らなくなっても、もう知らない。
__彼は私のものだ。
私たちはうっそりと微笑んで、キスを交わした。