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檻の中

 翡翠は膨らみ始めた腹を撫でる。

 後宮に入るまでに、血のにじむような努力の末に。杖なしで歩けるよう、歩行訓練を重ねた。歩くのがやっと、走ることは到底できなかったが、その努力は何とか報われたと思う。

 後宮の一室を与えられ、その後宮の一区画しか行動の自由を認められない生活も、歩くしかできなくなった自分には仕方がないとあきらめられた。

 皇帝の訪問も、いきなりということはなくそれなりに段階を踏まれた。

 見合い結婚でも似たような経過をたどるだろうと思えばそれはそれだ。

 自分の手料理を目の前で食べている相手を見ていると、普通の結婚のような錯覚を覚えた。

 すぐにその錯覚を打ち消したが。

 おそらく、この子供を産み終えるまでは生かしておかれるだろう。そのあとのことはわからないが。

 死に損なったまま生きているか死んでいるかもわからず、流されて生きていた。最後の最後で、やりたいことをやったのなら、それでもいいかもしれない。

 少なくとも、あの男を追い詰めるその瞬間、あの頃の自分に戻れた。

 くすくすと笑う。

「何がおかしい?」

 不意に聞こえてきた男の声に振り返る。

「懐かしくて」

 怪訝そうな顔をする。

「子供の頃、そりゃあ酷い時代だった、でも、とにかく人生一生懸命で、毎日家族のために働いて、不埒物を血祭りにあげて、濃密な時代だったと思って」

「そりゃ、たまに俺も思う。即位前はほとんど前線だったからな」

「本当に、今は暢気な暮らしをしていて、ちょっとなまっていた気もして」

「そうか……」

「私、子を産むまでは生かしておいてもらえるんでしょうか」

「あ?」

 翡翠は神妙な顔をして、そっと言葉を紡いだ。

「私のしたことは表ざたにできないことでしょう、その場合、秘密裏に消されると思われますので、時期はいかほどになりますか、出産直後なら、ありうることとなりますが」

 出産で命を落とす女性は多い、その場で死んでもだれも驚かないだろう。

「死にたいのか?」

「状況を考えれば、そうなると思ったのですが」

「別にそのつもりはない、しかし監視は強める。それだけだ」

「そうですか」

「お前、変な女だな」

 韓将軍が恐れた男はいなかった。実際には、腹の中に猛獣を飼っている女だった。

 その猛獣はすでに足を折られ、檻に閉じ込められている。

 それでも檻の近くまで獲物が来れば食らいつきに行けるほど気力は衰えていない。

 猛獣を理解し、そのうえでこれから付き合っていくのだろうが。

「何を考えておられるのです?」

 不思議そうな顔をした妻を龍炎はため息をついてその頭を撫でた。


 


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