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夫婦喧嘩

「これからどうするのです」

 罪人を連行されていくのを見送りながら傍らの側近が尋ねる。

「どうするのかとは?」

「貴妃様のことです」

「どうもこうもない、このままだ」

 貴妃の位のまま、これからも過ごさせるしかないだろう。

「いいのですか?」

 翡翠という女の危険性をいやというほど思い知ったところだ。そんな危険な女をこのまま妃として捨ておいていいのかと。

「やむをえまい、あれは塔理天孫が選びたもうた国母だそうだからな」

 先ほど、貴妃の食事に毒草を盛り続けていた食糧庫の管理人を尋問した際、動機を吐かせたところ恵介達の復讐だと言い出した。

 そんなものを食糧庫の管理人にしておいた人事の責任は大いに追及するところであるが、つまり貴妃こそ、その殺害者であるという事実にようやく思い至った。

 その時、徳妃の真珠もその場にたまたま居合わせた。

「しかし、塔理天孫の予言は絶対当たる、何故なら当たった予言しか塔理天孫の予言と認められないからだ、これちょっとずるくないか?」

 この国の宗教の根幹にかかわることを呟く。

「それも当たって当然のことも認められませんしね、しかしこれは」

「恵介達に下された予言、いつかこの国の頂点に立つものと戦うか…」

「まあ、当たりましたが、その相手が国母とは誰も思いませんね」

 国母、この国でただ一人、皇帝の上に立つことが許された存在。確かに頂点に立つことになるが。

「予言の話を聞いた時、徳妃の顔がすごかったな」

「おそらくすべての神殿上位者に伝えるかと」

 徳妃はすべてを悟った時小刻みに震えていた。塔理天孫様の神力のありがたさに感動していたらしい。

 恵介達に予言を行った巫女は今は投獄されているが、貴妃の出産に合わせて釈放されるらしい。

 あの馬鹿者を暴走させた張本人なので、一生投獄してほしいが、そうはいかないらしい。


 あの日戦場の幕府の中で恵介達の死を知った。

「民衆に、返り討ちにあったか」

 龍炎の苦虫が増加した。

「あの阿保、状況を悪化させるだけ悪化させて死にくさった」

 そして龍炎は足を大きく踏み込んだ。

「これからの行動は慎重のうえにも慎重にだ。民衆は血の味を覚えた」

 軍ですらどうにもならない反乱軍を民衆の力だけで葬り去ったのだ。自らの実力に自信を持ってもおかしくない。

 そして、不平不満をためまくっている民衆が、次に襲おうとするのは王宮である可能性が高い。

 実際諸悪の根源だ。

「早急に政権を奪回し、まともな政治をやるしか俺たちの生き延びる手段はない」

 その意見に反対できるものはいなかった。

「一刻の猶予もないと思え」

 そして再び唇をかみしめた。

 かつて国母になり損ねた女をここまで呪ったことはなかった。


 そして、皇帝となった彼のものに、五人の女が差し出された。

 ひときわ美しい女がいた。そして、一人を除いて、彼のもとに来たことを喜んでいないことも。

 それを気のない目で彼は見ていた。

「それで、貴妃様をどうなさるんですか」

「夫婦喧嘩をしたんだ。しかし、あれだな、夫婦喧嘩というのはなかなか恐ろしいな、戦場ですら、あれほどの殺気を感じたことはなかった」

「夫婦喧嘩の概念を間違えていると思われます」

「そうなのか? だが、喧嘩するほど互いを見れたのはいいことではないのか?」

「なんか、もういいです」

 呆れを隠さない側近に龍炎は怪訝そうな顔を向ける。



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