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願いと覚悟

 鈿花は瓶に細かくすりつぶした葉をそっと混ぜた。

 安い濁り酒だ。それならば、多少味が変でも色がおかしくても素直に飲むだろう。

 この毒は少量でも効く。それに殺せなくても、行動を阻害さえすればいいのだ。

 この男達がぼそぼそとしゃべっている内容からすれば、この離宮に入り込めたのは淑妃の伝手だったようだ。

 鈿花から見ても淑妃の立場はどうしようもないのだが、それでもあの手この手でやらないほうがましな悪あがきをしているようだ。

 ここにいるのは両親と姉と弟と、お隣さん方とお向かいさん、その他もろもろの方々を殺した連中の残党。

 毒酒の入った瓶を握る手に少しだけ力が入る。

 そして、自らの行いを反省もせず、逆恨みでこんなところまできた。

 それだけで、人を殺すという重しが少し軽くなる。

 あの、もともと家のあった場所すらわからなくなったあの場所。

 そして原型がわからないほど損傷し、誰が誰だかわからないからまとめて葬るしかなかったというかつて聞いた言葉。

 その傍に四音が青い顔をして成り行きを見守っている。

 何のためらいもなく、毒を瓶に入れるのを見てしまったようだ。

 なにやら話している。

 国外に逃亡するための伝手の話だ。そりゃそうか、仮にも皇帝の妃、それも妊婦に対し敵対行動をとればよくて死刑、悪くて八つ裂きだ。

 どこかの商船にのせてもらう手筈だという。金を払えば何でもする悪徳商会があるらしい。物騒な話だ。

 でも、その手段を使うことはない。ここで死んでもらう。

 家族を殺した敵と、命を懸けて戦ってくれたかつての仲間達。それなら今度は鈿花が手を汚す番だ。

 すでに覚悟を決めていた。

 物陰から、元が見守ってくれていた。

 毒で弱らせたら、すぐに出てくるらしい。数が多いので、こういう絡め手も必要なのだと言っていた。

 鈿花は、妓女として培った媚を含んだ笑みを浮かべる。


 翡翠はちらりと背後を見た。

 おかしい、予定外の誰かがいるような気がする。関係ない人間を巻き込むつもりはないのだけれど。

 そして腹を撫でる。

 ここには子供がいる。男児か女児かわからないけれど。

 この子供のことを考えれば、こんなことはすべきではなかったかもしれない。

 それでも自分はあの日からずっと囚われている。

 あの日死ぬはずだった日に。

 皮肉なものだと思う、あの日死んでいたらこの子供もできなかったのだ。

 表面には見えないけれど、あの日心に空いた傷口は今も血を流している。そしてそれを痛がって、鳴いているのももう終わりにしよう。

 ずっと探していた、けりをつける日を。後宮に囚われて、もはやここで虜囚の日々を送るのかと思っていた。それを見つける日など来ないと思っていた。

 だが皮肉なことに後宮に入ったことで、相手は自分を見つけた。

 ごめんね、そう腹の中の子供に謝った。



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