殺し合い
少年少女は一塊になって隠れていた。
建物の屋根の上に腹ばいになって下を見下ろしている。
しかし逃げ隠れしているわけではない。ただ時を待っていただけだ。
悲鳴と破壊音が聞こえてくる。そのたびにたぶん誰かが死んでいる。
それが敵味方変わりなく。
それぞれの得物を手に全員耳を澄ましていた。
「あれ、動いたぞ」
狙いをつけたそれがこちらに向かってくる。
誰かが唾を飲み込んだのが分かった。月姫は縄を握る手が湿るのを感じる。
「来るわね」
予測は当たった。地図を老師に何度も確認してもらい、来るべき場所はここしかないと言われた。
月姫は陽輝のことをしばし考えた。今自分が死ねばあの頼りにならない父親と二人だ。
それでも仕方がない、今やらなければ今後などないのだから。
月姫は一度目を閉じた。そしてそっと見開いて息を吐く。
音が聞こえる。何か壊れる音が、人の悲鳴が、今まさに人が死んでいく音が聞こえる。
恵介達は周囲を信用できる部下たちで固めていた。
死体が転がっている。鎧を着たものと、平服姿のもの。それは男女両方転がっていた。
平民相手の時は常に一方的な虐殺だった。ほかの反乱軍ともめた時は団結の強さで押し切っていた。しかし今、不気味な敵と戦っている。
正面切って戦えない敵というものは意外と精神を消耗させる。
ここ数年の平和ゆえにこそ、このような襲撃を経験した兵士は少ない。
建物の中から刃物が飛び出し、兵が刺されるのが見えた。
「路地のあちこちに釘を刺した板が置かれています。うかつに動けません」
常に周辺に注意を払わねばならない。足元だけに集中するわけにもいかず、たまに首のあたりに縄が這ってあったりした。
「とにかく、首謀者を見つけるんだ、後悔させてやる」
そう言いながら一つの建物の下を通った時、不意に影が差した。
風を切って落下してくるもの。目の前にいた部下から血しぶきが上がった。それを見たと思った時なにやら重いものが頭を襲う。
そう思ったのが恵介達の最後の思考だった。
そして、少年少女が、それぞれ血塗られた武器を手にそこにたたずんでいた。
恵介達を見下ろす少女は思わず目を奪われるほど美しかった。
そう、美しい少女だったのだ。
そして今目の前に座る女はその美しさをいや増していた。
そげた頬は今は丸みを帯び、やせぎすだった身体もまろやかな曲線を描いている。
ただそのたっぷりとしたまつ毛に覆われた涼やかな目と形良い鼻は当時の面影を残している。
「お前が、殺した」
その言葉が聞こえていないはずないのに、女はただ無言で彼を見返した。




