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反撃ののろし

 屋根の上で月姫は迫りくる敵の姿を眺めていた。

 再び火をかけようとするだろう。それに備えて海水をたっぷりとありったけの桶に汲んでおいた。

 真水などもったいなくて使えないからだ。

 真水は王宮のある山頂から流れてくるが、最近滞りがちなのだ。

 中心に特にかたまっているあたり、そのあたりに首謀者と思われる連中がいるのだと当たりをつけた。

 愚連隊の仲間がそれぞれ武器を手に月姫と同じくそのあたりを見ている。

 けたたましい、女の悲鳴が聞こえた。

「始まったな」

 それは香樹の悲鳴、敵をおびき寄せるための撒き餌。


 女達のけたたましい悲鳴が男たちを誘う。それが見目好い女達ならなおさら。

 どうせ殺すのだと思わず女達を追う。

 首都であるこの街は慣れていないものを惑わすため、態とわかりにくく入り組んだ道をつけてある。

 それは数百年ほど前の皇帝の都市計画だった。

 敵の攻め込まれることを想定しての構造が随所に秘められていたのだ。

 ただ、それは街に住まうものに口伝として伝えられていたものだった。半ば忘れ去られていたそれを辛うじていていた街の老人が思い出した。

 そのための使用法も。

 風が強い、火を使われたら、この区画だけでは済まないだろう。

 器量よしの娘という餌にひかれて一団が進む。

 そこに降りかかったのは、鍋からの熱湯だった。

 熱湯は甲冑の隙間を縫って肌に染みいっていく。

 屋根に上がった、主婦たちが、手に鍋を掲げて振りかける。

 女達はそのすきに建物の中に入ってしまう。

 仲間の悲鳴に駆け寄った別の一団も投石にあう。

 その礫には毒草のすりつぶしたものが擦り付けられていた。

 そこは狭い路地、多数押し掛けた場合、身動きが取れなくなる。屋根からの攻撃そして救出しようとする仲間と逃げようとする仲間がたがいに阻害しあいさらに身動きが取れなくなる。

 矢を射かけて反撃をしようにも、そのための空間がない。

 建物の中に逃れようとすると待ち受けていた街の住人が鉈や斧をひらめかせる。

 建物から惨殺された死体が蹴りだされたのを見てまさかと思う。

 一般市民が兵に牙をむく可能性を彼らは一瞬たりとも考えなかったのだ。

 身をひるがえそうと考えたのだが、いつの間にやら。釘をたっぷり打ち付けた板が退路に撒かれていた。走って逃げようとすれば、一息に足を痛める。しかし前の仲間の様子もわからず背後の仲間が押す。

 陽輝はそっと縄を握りしめていた。建物の中薄くあいた扉から外の様子をうかがっている。

 反対側の縄を幼馴染が握っている。

 そして、そっと息を吐くと縄を握る手を渾身の力で引いた。確かな手ごたえ。

 陽輝の引いた縄で足を取られ、将棋倒しが起きる。

 そして聞こえる悲鳴。釘を打ち付けた板の上に倒れたであろう誰かの悲鳴が聞こえた。

 武器を手にしたままの集団転倒。かなりの犠牲者を出したと陽輝は考えた。

 縄から手を離すと、別の場所に移る。

 これから、また別の作戦がある。


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