拷問手前
鈿花はすやすやと眠る貴妃の傍についていた。
手の中には小石に結びつけられた手紙。その内容はざっといえば脅迫状だった。
「どうしたものかな」
鈿花の持っているものといえば、命一つだ。
家族はすでにおらず、財産もない。王宮という職場を得て、最低限の衣食住は確保できているが、それとて持っているうちには入らないだろう。
その鈿花に脅迫状、意味がないにもほどがある。
そして、鈿花を脅迫して何を得るかというと、どう考えても目の前の眠れる美女の身柄なのではないだろうか。
そう考えれば、裏にいるのは誰か、あっという間に絞りきれた。
淑妃一人だ。
徳妃は容疑圏外、賢妃は回りくどい手を使うほど性格が悪くないというか頭が良くないというか、まあ、言わないであげておこうと思う。
皇后はどうだろうか。目障りに思っているかもしれないが、皇后という身分にはそれに伴う責任というものもある。をれを考えれば、ああいう人間を使うことは考えにくそうだ。
そう考えると、先ほどのやり取りはどうなのか。
少々ギスギスした妃たちの交流にその兆しはあっただろうか。
そこまで考えて、鈿花は思考を止めた。
さっさとケリをつけてしまおう。
妓館の息子、岳四音はその日、やってきた兵士にぐるぐる巻きにされて拘束された。
「お前か、柳に脅迫状送った馬鹿は」
呼び出しの場所に、元と陽輝をあらかじめ潜ませていた。
「李恩は?」
「ああ、あいつまでさぼるわけにはいかんだろう。まあ口裏を合わせてもらったが」
そう言って転がした身体に元は蹴りを入れた。
「お前、いいのか、こいつらには知られたくないんじゃないか」
転がされながら、いかにもいやらしい笑みを浮かべる。
「こいつが、今まで何をやっていたかわかってるのか?」
元が無言で腹を踏みつけた。
「わからんわけ、ないだろ、あんな形でさらわれた女がどういう扱いを受けるか、知らんほど世間知らずじゃねえ」
最初は無理やり見知らぬ老人たちに慰み者にされた。芸を覚えればこの扱いから逃れることができる。そう言われて必死になった。
耐え切れず、同じころに売られてきた少女は首を吊った。鈿花が何故耐えられたのかはわからない。
「そもそも、お前らがそういう目に合わせたんだろう」
元の踏みしめる足に力が入る。
「殺しちゃ、駄目よ、吐くものは吐かせないと」
この男を離宮まで手引きした連中がいるはずだ。その相手をきっちり吐かせなければならない。始末はそのあとでもできる。
「そういうわけで、少しでも長く生き延びたかったら、俺たちの言うとおりにしたほうがいいぞ」
陽輝は無言で猿轡を噛ませる。
「吐かせるのは俺に任せてくれ、きっちり吐かせてやる」
「かわいそうにな、こいつは心に蛇を飼ってるやつだぜ」
二人の目はどこまでも冷たい鋼の色をしていた。




