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祈り

 鈿花は泥仕合を眺めていた。

 主に淑妃劣性ではあるが、粘り強い。

 そして徳妃は傍観者のようでいて、こっそり攻撃を入れているようでもある。

 貴妃は受け身ではあるが、いつでも攻撃に移れる心の準備をしているようだ。

 物理的な攻撃なら、準備も一切のためらいもなくたたきこんでいたかつての貴妃だが、うかつな攻撃は墓穴を掘るという今の状況で多少慎重になっているらしい。

 人というものは変われば変わるものらしい。

 鈿花は貴妃の背後に張り付くように歩いていた。

 いつ転ぶかわからないからだ。

 歩いてみて初めて分かったことだがこの離宮は山岳にまるで蛇がとぐろを巻くように建物が建てられている。

 礼拝堂はかなり大きく開けた場所に立っていた。

 巫女である徳妃が、まず扉を開けて進む。

 内部は白一色に塗られていた。床は白い石で作られており、磨きこまれて鏡のように光る。調度類は簡素そのものだが、それでもその輝きを見れば最高級のものがつかわれているとわかる。

 その中を徳妃はしずしずと進んだ。

 そのあとについて貴妃と侍女たちが進み、祭壇の前で跪いた。

 神に祈る。少女だった時代にはそんなことをする余裕すらなかった。目先の生きていくことだけ。生きていたいそれだけが心を占めていた。神に祈るそんな無駄なことをする暇があったらどうやって明日の食事を調達するか。頭を無駄に使えない。

 余裕がないということは人間らしい暮らしができないということだな。

 そんなことを考えながら袖を顔の前にたらしまるで水晶で作った鈴のようなひそやかな巫女たちの声を聴いていた。

 貴妃が立ち上がる。ついで侍女達も立ち上がった。

 立ったままひときわ深く頭を下げた。それに遅れること数秒、侍女達も頭を下げる。

 徳妃はその場で貴妃に別れを告げた。

 これにどういう意味があるのかないのか、鈿花にはわからない。この場で聞くこともできないから鈿花は黙って貴妃の後についていく。

 高度が少しあるので、離宮は地上より少々気温が低い。日に当たらないよう木陰を選んで歩いていく。

 不意に鈿花の足元に何かが転がってきた。

 かがんでそれを拾う。

「どうしたの?」

 貴妃が怪訝そうな顔をした。

 拾ったものを手にした鈿花は顔を歪めた。

 足元に転がってきたのは紙を巻いた小石。その紙に書かれた文字に見覚えがある。

 思い出したくもない、鈿花の元雇い主だ。

「なんでもありません」

 そう言って鈿花は小石をそっと懐に隠した。

 貴妃は無言で歩いていく。そろそろ昼寝の時間だ。



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