冷たい怒り
月姫は弟を抱きしめたまま夜を
明かした、差し込む朝日に目を瞬かせる。
弟は泣きすぎて目が脹れていた。とんとんと肩をたたいて、やるとようやく眠った。
青ざめた顔で胡乱な顔をしてあたりを見回し歩き回る元の姿を見かけた。
「どうしたの?」
「柳を見なかったか?」
燃やされた場所は柳の家のあたりだ。たまたま家にいなかったなら生き延びているかもしれない、しかし今姿が見えないなら自分達はもう柳に会えないと考えたほうがいいだろう。
月姫の顔を見ていると元の細い目からぽろぽろと盛り上がってくるものがある。
弟も元も泣いている。なのにどうして自分は泣けないのだろうか。
自分の乾ききった眼をこする。
彼方を見ればまだ煙がくすぶっていた。
「ほかに誰がいないの」
「趙と、林も、それに吟の小父さんも」
食い詰めた芸人の小父さんはあっちの町、こっちの町と仮の宿を決めていた。たまたまあちらにいたとしたら運の悪いことこの上ない
「あんたの家族は?」
「それは大丈夫」
だが、一つの御町内が消えたのだ。当然そこに知人や親族が住んでいた。その訃報に泣き崩れていない人間を探すほうが難しい状況だった。
「あんたは家にいなさい」
弟にそう言って、月姫は元とともに町を歩いた。
そこで生きていた知人の姿を見て安堵し、そして見当たらない顔を思い出して悄然とする。その繰り返し。
月姫はそこで実に会いたくない顔を見た。
そしてどうしてこいつのいる区画を焼かなかったのかと反乱軍の無能を呪った。
佶家の息子だった。
「何の用」
できるだけ平坦な声を出す。こいつのために感情を使ったなどと思われたくなかったから。
「助けてやろうか」
何を言い出すんだこの馬鹿は。
唐突に言い出した内容に月姫は呆れた。
「うちの船で外国に行くんだ、お前が今までの非礼を詫びて頭を下げれば助けてやってもいい、さあどうする?」
最後まで聞いてやったのがせめてもの情けだった。
無言でわき腹に蹴りを入れた。
予想外の攻撃に無様に倒れる。そこで無雑作に顔面に蹴りを入れる。
「あまりのことに呆れてしまったわ、どうして私がお前に頭を下げると思っているの」
鼻から血を流しながらさらに言いつのろうとしたが、月姫に適当に拾った石を元が渡したのを見て黙る。
「消えなさい、その戯言は聞かなかったことにしてあげる」
「やっちまった後でだが、よかったのか?」
ためらいながら聞いてくる。
「それはそうよ、だってあいつらが素直に助けると思う?下手すれば外国に売り飛ばされるほうが可能性高いと思わない?」
「それは否定できない」
元もそこであっさり納得した。




