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国母

「これは貴妃様、賢妃様もご一緒とは」

 宰相は恭しく一礼すると二人の妃の前に立った。

 陛下は取り込み中ですので、手短に申し上げます。

 宰相は先代の皇帝に疎まれ、めぐりめぐって即位前の現在の皇帝に仕えることになり、そのまま即位した後は宰相に取り立てられたという、塞翁が馬な人生を送っている人だということを鈿花は聞いていた。

 一応、護衛役も鈿花は兼ねている。命令があるまで下がるつもりはなかった。

「聞かれてまずいお話をするつもりですの?」

 貴妃は唇だけで笑みを刷く。

「聞かれてはというか、貴女がご存知か走りませんが、知っている人間は知っている話をするために参りました」

 そしてまなじりを少し上げる。

「私は皇帝陛下が即位する前よりお仕えしておりますが、それ以前では先の皇帝陛下のそば近くに努めておりました」

「存じております」

「先の皇帝陛下がどのような方であったかご存知ですか?」

 貴妃は少し考えるしぐさをした。

「知っていることにこたえようとすると少しまずいことになりそうな気がしますの」

 なぜそうなるのか鈿花にはわかるような気がした。

 分かっていることを口にすれば何を言っても悪口にしかならない。

 鈿花は先帝について、欠点しか知らない。おそらく貴妃もそのはずだ。

 即位してからこちらろくなことをしない、いないほうがどれほどましかといわれた先帝に関しては口をつぐむのが一番いい。

「左様ですな、優柔不断、日和見、弱腰、無能、皇室の汚物。あの方を形容する言葉はいくらでもあり、そのすべてが正しいという大変困った方でした」

 いいのか、と思わず突っ込みそうになるが、宰相は涼しい顔だ。

「先帝の母君、先先帝の皇后は、それはそれは野心的な方でした」

 そして宰相は目を細めた。

 探るような視線を貴妃に向ける。

「あの方がまずなさったのは、先帝以外の先先帝の御子を処分なさる事でした。皇帝陛下は悪運強く生き延びられましたが、それ以外の方々は、病死という名の毒殺をされた方、冤罪で処刑された方、それを見て本当に皇后に刃向かってやはり処刑された方。人為的な事故死をなさった方、様々な形でこの世を去ってしまわれましたね」

 淡々と凄惨な過去を呟く。その視線が少し虚ろになった。

 吐き気を催す話をさらに宰相は続けた。

「皇后は皇帝の貢献をなさっている家系の出身で、どれほどの横暴も皇帝は止めることができませんでした」

「でしたら、もうそのような心配はありませんわね、皇帝陛下を脅かす家など、この国にはないのですから」

 賢妃が口をはさむ。あるいはこれ以上聞いていたくないのかもしれない。

「それでもこの世に生まれてこれただけ運がよかったとも言えるかもしれません。懐妊がわかったところで母子もろとも毒殺されたことも多々ありましたね」

 さすがに貴妃の額に冷や汗が浮かんだ。今の状況と重なりすぎている。

「皇帝陛下が即位される前に私は、先帝へいかに譲位を願えと申しました、その際、皇帝陛下はこう申されました。自分を憎んでいる兄が、譲位など許すはずがないだろうと」

 そして、宰相は貴妃の腹に視線を移した。

「もし、あの方が、自分自身の意思で、弟君を憎むことができていたら、あそこまで状況は悪化しなかったでしょう」

 貴妃の腹に視線を固定したまま、宰相はとつとつと語り続ける。

「皇后の望みは、国母としてこの国の最高権力者になること、そのためには手段を択ばなかった。自らのたった一人の我が子の人格を完全に叩き潰すことも辞さなかった」

 ひゅっと貴妃の喉から妙な息が漏れた。

 その顔から笑顔が消えて、素の表情が見えた。

「あの方は傀儡になるためだけに育てられました。幼いころからずっと。そして、皮肉なことに、皇帝陛下より、皇后陛下のほうが先に亡くなられたのです」

「なぜ、その話を私に?」

「先人の過ちを知ることも大切でしょう」

「親は、かなりの確率で、子より先に死ぬのですから」


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