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陰謀

「間違いないよ」

 岳四音はそう男に請け合った。

 妓女を手配する際受け取る許可証。既に使用済みのそれを売ってやる。

 一度使えば廃棄する決まりではあるが、何に使えるか分かったものじゃない。そう考えてあえてとっておいた。

 それをあえて売り飛ばそうとしたのはちょっと気になることを言われたからだ。

 以前不愉快な目にあわせてくれた妓女は貴妃のお気に入りになったらしい。

 貴妃とどういうつながりがあったのかは定かではない。

 だが惜しいことをしたと思っていた。貴妃は今皇帝の子を孕んでいるらしい。そんな女とお近づきになる機会をむざむざ失ったのだ。

 あの時、あの女が貴妃に無礼を働いたと聞いた時一も二もなく切り捨てた。あの時に立ち返ってもう一度やり直したとて同じ判断をするだろう。

 そんな当たり前のことを根に持ってこちらの恩を忘れ、さっさと消えろと言い放った。

 挙句彼を半殺しにして頭を踏みにじるような不遜な真似すらしてのけた。あの目は虫を見る目だった。

 あの恩知らず、自分たちが買ってやらねばその場で始末されていたことも忘れて。

 必ず痛い目にあわせてやる。

 手際よく叩きのめされたことをいまだに信じられない。

 あの女は自分の足元に額づく以外できないはずなのに。

 もう一度痛めついけて教育をやり直してやる。

 ほの暗く嗤う。


 淑妃はぎりぎりと唇をかんだ。

 よくわからない理由で、なぜか貴妃と賢妃の二人が皇帝そば近くで旅をすすることになったと聞いた時その辺にあった花瓶を叩き壊した。

 皇帝の傍に二人きりになったことなど淑妃には一度たりともなかった。

 それなのに自分よりも出自の悪い貴妃と醜女である賢妃がその特権を利用するなど許しがたいことであった。

 基本的に淑妃は頭が悪い。それは本人の資質によるものと、周囲の思惑による二重の理由による。

 貴族女性が高貴な方に嫁ぐ場合、実家の言いなりになるのがいいと基本的に馬鹿になるように育てるのだ。

 あらかじめ言い含めておいた侍女が誘導した通りの行動をとるように。

 女性の教養など貴族には不要なのだ。最低限の読み書きができればいいというあたり徹底している。

 その代わり嗜みは徹底してしつけられる。絵画や刺繍、あるいは演奏や詩吟、歌謡などの趣味は豊かにというのが貴族女性のしつけだ。

 そしてそういう女性が、辺境育ちの苦労性である現在の皇帝にとって最も虫の好かない女性であるというのが笑えない現実だった。

 そんな女性がおそらく好みではないのではと貴族たちもうすうす感づいていた。しかしそういう女性しか用意できない。

 現在美貌でおそらく苦労人な貴妃が寵愛第一を占めているのをほぞをかんで見守っている次第だ。

 つまり淑妃の現状はどこまで行っても手詰まりなのだ。そしてそれを打開する知恵もない。

 そのため少々血迷った手段に走るのも仕方がないと言えば仕方がない。

 侍女の遠縁の親戚だというその縁にすがるくらい追い詰められていたのだ。

 侍女はその書面を淑妃に渡した。親族との義理と、淑妃の追い詰められた現状を考えてのことだ。

 どう考えても悪くなる可能性のほうがはるかに高いが、淑妃はそのことに気づきさえしない。

 にんまりと笑うと、その相手を連れて来いといった。

 正直に言えば断ってほしかった。しかし、侍女自身も追い詰められていた。相手は侍女の不都合な事実を知っていた。それが何かは今は関係はない。

 ただそれが知られるのは命を失うより恐ろしかったのだ。

 自分の都合のいいようにしか考えられる周囲の思惑通りに動く。そのように育てられた女性はその通りに行動するしかない。

 侍女は恭しく頷いた。 


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