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夜の騒動

 賢妃は熟睡していたところを叩き起こされた。

「何よ」

 ずっと馬車の中だったので、ただ座っていただけなのに身体は疲れ切っている。

 物心ついたころからいる乳母は無言で絹の上着を差し出した。

「賊が侵入しました、妃殿下方はまとまって行動なさってください」

 護衛の兵がそう言っている。

 貴妃のいる部屋からは何やらどたばたという音とそのあと何か重そうなものを引きずる音がしていた。

「嘘、放火」

 貴妃の侍女らしい女の悲鳴のような声が聞こえた。

 放火というあまりにも穏やかでない言葉に賢妃は息をのんだ。

「まとまっていてください」

 きっちり衣服を整えた侍女と寝間着姿の侍女が半々なのは寝ずの番をしていたものと寝ていたものに分かれるからだ。

 今寝ずの番をしていたのはあの妓女だったようだ。

「火事だなんて」

 妓女は青ざめている。

 賢妃と同じく寝巻の上に絹の上着を羽織った貴妃がうつむいて立ち尽くしていた。

「貴妃様、そのままではお体に障ります、こちらに座られたら」

 そう言って、侍女の一人が椅子を引きずってくる。

 椅子に座った貴妃に別の侍女が寝台から持ってきたらしい上掛けを羽織らせようとする。

 貴妃はいつ見てもどこか愁いを帯びた寂しげな顔をしている。

 ほかの妃に先駆けて、皇帝の子を孕んだのだから誇って笑っていればいいのにと賢妃は思った

 寂しげでそれでいて辛気臭くならない、その様が絵になる。そっと手を差し伸べたくなるような頼りなさ。

 自分が寂しげにしていたとしてもきっと誰も気にしない。辛気臭い顔をするなと一括されて終わりだ。

「お嬢様、醜女籐燕をまねると申します。そんな顔をなさいませんように」

 乳母が余計なことを賢妃の耳にささやいた。

 籐燕とは今から五百年ぐらい前の美女だ。元の顔が違うので美女の真似をしても無駄という極めて失礼な諺だ。

 というか主である自分を醜女に挙げるあたり、長い付き合いの弊害というものが出ている気がする。

「早馬にて先行している皇帝陛下にお知らせしています。代理の兵が車でこちらをうが枯れませんように」

「代理?」

「三名、殺されました」

 賢妃はぞっと背筋を泡立てて窓を見た。

 あの窓の向こうに死体が転がっているということか。

「あの、一体どういうことなのか」

 賢妃の問いに兵はただ首を振った。

「一人は斬り、一人は生かしておきましたが、いまだ詳細を吐きませんので、おそらく援護の兵が来るまでは詳しいことはわかりません」

「ご苦労様でした」

 か細い声が聞こえた。

 貴妃が顔を上げて口を開いた。

「怪我がないよう努めてください、それと、私どもだけでなくほかの方や陛下にも何事もないのでしょうか」

「今のところ何も」

「そうですか」

 再び貴妃がうつむく。

「何か、心当たりでも?」

 そう聞いたのはただの意地悪だったかもしれない。


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