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徳妃

 徳妃は与えられた部屋を見まわす。稠度の類は最低限、飾られていた絵や花瓶などはすべて取り去られていた。がらんとした簡素な部屋。

 自分は妃であるより、聖職者であるという自負を彼女は深く負っていた。そのため、一切の華美を排除するようあらかじめ言っておいた。

 敷物が取り払われ、板敷きの上を、ほかになかったという理由で用意された緞子張りの椅子に向かって歩く。

 その椅子に奇麗に姿勢を正して座る。あの淑妃のように自堕落な姿勢など取らない。

 徳妃は後宮から出て、久しぶり訪れた神殿で聞いた忌々しい話を思い出していた。

 かつて、あの反逆者を焚きつけた巫女は今、山奥深くの辺鄙な場所の神殿に幽閉されているようだ。

 しかし、いまだ自分の罪を認めていないという。

 巫女は世間から隔離されて生きていた。そのため、どれほど辺鄙な場所に幽閉されていてもさほど重い罰を受けている気がしないのかもしれない。

「あれは今でも、天孫様のお告げだと言い張っているのか?」

 その予言の言葉が、あの反逆者を暴走させ、哀れな民間人の虐殺につながったことは神殿関係者一同で一致している。

「しかし、見事に外しましたね」

「天孫様のお告げは外れない、外れた以上、それは嘘だ」

 徳妃はそう呟いて、唯一の装身具である。首にかけた護符を揉みしだいた。

 そして流れるように聖句を唱える。

 神は尊きもの、讃えよ神を。

 その姿は一幅の絵のように美しい。

「それで、大巫女よ、これよりどうします?」

 皇帝の傍らにあっても、徳妃とその侍女たちは聖職者であり続ける。

 皇帝の寵愛は、貴妃に進呈する。望むなら、いくらでも後援してやってもいい。それが神の思し召しならば。

「貴妃か」

 皇帝の寵愛深く、御子まで設けた以上、将来国もとして国政に大きくかかわるこ都になりそうだ。

 その人柄について未知数なのが少々不安要因といえばそうだが。

「貴妃のことで、何かわかっていることがあるか?」

 貴妃の過去はほとんどわかっていない。淑妃が、本当に崔家の娘かどうかすら怪しいというのは全くの言いがかりとも言い切れない。

「後宮に入ってからは、一番の皇帝の寵愛を受けた方ならばもっと自己主張をしてもいいと思われるのですが」

 貴妃は後宮の一室でいつも静かに暮らしているようだ。

 その姿を垣間見ることができる使用人あたりから聞き出そうとしても、貴妃はただ書物を読んだり針仕事をしたりと、その日々を穏やかに暮らしているという情報しか入ってこない。

 むろん、やたら権威を押し付けたり権勢を誇るあまり愚行に走るより、ただ物静かに暮らしているほうがまともだと思うが。

「ただ、あの身体は、相当な目にあったことがあるようだな」

 貴妃が階段から落ちそうになった時、とっさに徳妃は貴妃を支えた。その体にじかに触れたときわかったことがある。

 その身体はとてつもなく傷ついたことがある。

 身体に染みついた苦痛と苦悩の記憶がかすかに伝わってきた。

 それが間違いではない証拠に貴妃は足を少し引きずるように歩いていた。

 それをごまかすために細心の注意を払って歩いていたが。それと気づいてみればごまかしようもない。

「貴妃は、王都に会ってあのような目にあったのだろうか」

 この国に置きが悲惨な出来事が、貴妃の過去の傷跡に重なった。



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