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側近

 皇帝はいらいらと爪を噛んでいる。

 そうした仕草は少々子供っぽい。やや細身ではあるが、均整の取れた骨格の偉丈夫がそんな仕草をしている姿は少々滑稽だ。

 壮麗な絹の衣装をまとい、ゆったりと椅子に座っているその姿はかつて隠れ住んでいた果てない荒野を眺めていたかつての姿が夢のようだ。

 先々代の皇后の不興を買って辺境に逃げた皇子。それに従った者たちの将来も閉ざされていたはずだった。

 皇子の相手役だった劉洪は、その日々を感慨深く思い出す。

「陛下、貴妃様のところに参ることはできませんよ」

 貴妃の懐妊が公になった以上、皇帝はそちらに向かうことはできない。

 一度身ごもった以上胎児の安全が最優先となる。出産まで、皇帝の相手はできない。また安定期に入るまで面会も制限される。

「話をするだけだ」

 とりあえずという形で入れた正一品の妃たち。その中で特にお気に入りが、翡翠貴妃だった。

 美貌と苦労人の過去を持つ彼女のもとに最初に渡ってから、ほかの妃そっちのけで三日と空けず通い詰めている。

 貴妃に仕えている侍女たちからも、特に評判が悪いわけでもなく、それはそれで結構なことだと劉洪は思っていた。

 もっとも、皇帝の目当ては翡翠貴妃の料理が主だったというのも侍女たちから聞いた。

 高位の妃たちというのは暗殺される可能性が極めて高い。食事に毒を盛られる可能性を考えて毒見を用意することが普通のやりようだが、別のやり方もある。

 部屋に食材を持ってこさせ、信頼できる料理人に調理させるなど。翡翠貴妃はあえて自分で調理することにしていた。

 そして、皇帝はその過去から、きわめて貧しい食生活を送っていた。

 そして即位してからも毒見で、食べ時を大きく逸した料理しか食べたことはなかった。

 豪華絢爛な料理は油をたっぷりと使っていることが多い。食べ時を逸したその料理は脂肪が固まってきわめてくどく食べることが嫌になるような代物だった。

 温かい家庭料理、そんなものを食べたことは一度もなかったのだ。

 かくして胃袋をつかまれた皇帝は貴妃への寵愛を深くする。

 はっきり言って、貴妃の懐妊が発覚した時、よかった、食い気だけじゃなかったのかと安心してしまった。

 残念ながら、当分は貴妃のところに行くことはできない。

「賢妃様のところにでも行かれますか」

 一番無難な相手の名前を出す。

 最初に、皇帝の前で膝を折った将軍の娘。生え抜きではないが、粗雑に扱ってよい相手でもない。

「別に女が欲しいわけじゃない」

 憮然とした顔でガタガタと椅子を鳴らす。

 こんなところに教育を受け損ねた弊害が出る。

 最低限以上の学問を収めているが、しつけ等はその限りではなかった。

「当分頑張って我慢してください」

 それだけしか言えなかった。



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