そんな時代も
崔家の家の手伝いをしているうちに、柳とは相いれない連中がやってきた。
柳の家は実直な商家。そして向こうは歓楽街の妓館の娘たち。
ぞうきんを絞っている柳に尊大な目で見降ろす。
着ているものはそれなりに奇麗だが、下手すれば餓死者が出かねないこの国の現状で、芸妓を挙げて宴会などするようなお大尽は限られている。
もしくは貴族だが、この国の現状を作ったのは貴族だという正しい見方をしている人間は数多い。貴族の味方だと言われれば、下手をすれば焼き討ちに合う。
荒み切ったこの街、いや、国自体が荒んでいる。
妓館も何件もつぶれているはずだ。よくも踏みとどまっている。
「ああ、貧乏人は体を使うしかできないでしょうね」
尊大な顔で柳を見下ろすが、そもそもそっちこそ体を使う商売だろうと柳は声に出さず毒づく。
高級店なら、妓女にも教育が必要、しかし、まともな教育機関を利用できず、民間の、それも未成年のやっている教えどころを利用している時点で、そちらの懐具合も知れたものだ。
それでも、絹の手巾など、それなりに値の張りそうなものを持ってきているが、家にあるものを切り売りしているのではないかという疑いを柳は持っていた。
とにかく、それぞれの家業ゆえの因縁でいがみ合う二人はそっぽを向いたままそれぞれその場を離れる。
その際、柳が、燕燕がいつも座る場所に、猫がいると教えてやる筋合いはないと考えたとしても無理はないだろう。
悲鳴が聞こえた時、柳は、猫に悪いことをしたとだけ思った。
そんな昔の情景が、鈿花の脳裏に浮かんでは消えた。
「何があったの?」
相手は信じられないものを見るように鈿花を見ている。
無理もない、あれほど嫌っていた芸妓になっている自分を見ればそれは悪い夢と思うかもしれない。
「生きるか死ぬかの問題だったの」
かいつまんで鈿花は自分の身に起きたことを説明した。
しばらくあっけにとられてその話を聞いていた燕燕はいかにも楽しげに笑った。
「ああ、しょせん田舎者よね、この程度の女すら都からかどわかさなければ手に入らないなんてしょせん人材のなさが浮き彫りってわけだ」
かつての政変で同業者がいくつもつぶれた、その空白を地方から来た妓館が埋めようとするのを苦々しく思っていたらしい相手はその場で高笑いを始める。
そっちの妓館とは縁が切れているので、そのあたりは勝手にやっていてほしいと思う鈿花はそれを黙って見守っていた。
「まあ頑張れ」
「何よ、この私が相手をしてやろうというのよ」
「いや、今王宮の妓女やってるから」
その場で相手の顎が落ちた。
きれいに着飾って、こってりと化粧をした相手がそんな間抜け面をさらすのは普通の格好をしたものが間抜け面をするより数倍間抜けだなと鈿花は思った。




