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思い出話

「金を使うなら馴染みのところで使わないと後が怖い」

 李恩の主張により、風花の店に行くことになった。

 おごりと聞いて、陽輝は少し遠慮がちになったが鈿花が押し切った。

「結局王宮勤務?」

 酒を小型の瓶に入れてそのまま持ってきた風花が尋ねる。

「まあ、そう長くやれる商売じゃないし、それなりの日数やり切ったらやめる祖、そん時は雇ってもらえるかな」

 冗談めかして言うと、任せろと風花は力こぶを作って見せた。

 元が何か言いたそうな顔をしている。それを李恩が面白そうに見ていた。

「しかし、月姫が嫁入りか、時間の流れを感じるわね」

 思い出の中で少女のままの月姫も、今は妙齢の女性になっているはずだ。同い年なのだから間違いない。

「知っているのかな」

「知らないほうが幸せってこともあるじゃない」

 いうまでもなく月姫の人となりだった。

 誰にでも親切で身を惜しむこともなく堅実な働き者で器量以外にもこんなに美点のある彼女は無類に過激な性格をしていた。

 ある時は慈悲深くある時は無慈悲、その切り替えは見事というほかはなく。鈿花はいつも恐れおののいていた。

「そういえば、あの佶家はどうなったの?」

 あれほど大きい商家だ。略奪にあってもおかしくない。

「それがさ、反乱軍の襲撃がある少し前に音もなく逃げたの、従業員も逃げた後に気が付くという見事な逃げっぷりでね」

 さもありなんと鈿花も納得する。

「ところが新しい皇帝陛下が即位して、国政が何とか落ち着いたら、いきなり戻ってきたのよ、その上言い分が図々しい」

 風花は顔を大きくしかめた。

「この街のために戻ってきてやった、ですって」

「それ言ったの、あの婆さんかな」

「ほかにいる?」

 いかにもあの婆さんの言いそうなことだ。

「つまり、あの家の人間はみんな元気なんだ」

 ああ聞くんじゃなかったな、と思いながら、盃を空ける。

「大丈夫だ」

 元が、鈿花の肩に手を置いた。

「そのうち、どっかでとっ捕まるさ、今、いろいろと厳しくなっているからな」

 脱税とか、汚職とか贈賄とか、そういったものに、断固たる姿勢を今の皇帝陛下は取っていらっしゃるらしい。

「やってないはずないからねえ」

 あはあはと、あまり酒に強くない李恩が、笑いながら言った。だいぶ赤くなって、足元がおぼつかない。

「大丈夫、うちの二階においておけばいいわ、夜明けとともに追い出すから」

 風花がそう言いつつ、酒の酌をする。

 つまみの小魚の揚げ物をつまんでいたら、いきなり肩を思いっきりたたかれた。

「縄張り荒らしか?」

 派手な化粧をした、物腰や化粧の具合から鈿花は芸妓と判断した。

 つらつらとその顔を見た。鈿花の家から町の反対側、確かそこは歓楽街だった。

「燕燕」

「あら、知っているのね、新参者が、田舎者が湧いて出て、こっちの縄張り争おうったってそうはいかないのよ」

 妓館の跡取り娘は高笑いする。

「そういえば、お尻の傷は治った?」

 鈿花の言葉に相手は怪訝そうな顔をする。

「月姫の家で、猫の上に座ろうとして、引っかかれてたよね、お尻が敗れたんで着物を借りてたよねえ」

 こらえきれない笑いが、周囲から漏れた。なまじ格好をつけた直後だったので、余計に。

「誰よ、あんた」

「猫柳」

 鈿花は昔の名前で答えた。



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