練兵場の戦い
なんだか頭がぐらぐらしてきた鈿花は今話のできる知り合いのいるところに行こうと思った。
元達が今軍部の訓練場で稽古に励んでいるらしい。
それを見物しつつ、夕食でも一緒に食べよう。
今、鈿花は支度金としてまとまった金子が懐に入っている。
寝泊まりする宿舎と毎日、食堂に行きさえすれば食べられる食事があるのでその金子に手を付けていない。
だから多少おごったところで問題ない。
自分の自由になる金子がある。
多幸感で眩暈がしそうになった。
うきうきと軽い足取りで、軍部のある方向に歩いていく。
王宮というものはとてつもなく広い、ちょっとした都市ほどの面積があるかもしれないと鈿花は思う。
舞姫として鍛えた足腰を持つ鈿花であれば苦にもならない距離ではあるが、普通の女性であれば結構きついのではないだろうか。
そんなことを思いながら、歩いていくと、徐々に体格の良い男性とばかりすれ違うようになる。
職務中とあって、鈿花に声をかけてくる男はいない。
これが酒場などであれば、男をかき分けずには一歩も進めないこともあるが。王宮内では品行方正なものだ。
開けた場所に出ればそこは練兵場のようだった。
棍や権を持った男達がせめぎあっている。
その有様を見物していた鈿花は妙に場違いな人間達が練兵場の隅っこにいることに気付いた。
まず、着ている服の色が違う。
薄い灰色の制服は武官の濃紺の制服の中で悪目立ちしている。
灰色の制服を着たその数人は、背丈はともかく身体の幅と厚みがだいぶ足りない。
そして、なんだか位置的に変だ。一人の灰色の制服を着た相手を、他の灰色の制服を着た者達と紺色の制服を着た者達が取り囲んでいる。
音がうるさくて聞き取りにくいが、一人を一団が攻め立てているような気がした。
そして、周りは見て見ぬふりをしている。
鈿花は思わず唇をかんだ。
あれはおそらく。
近寄っていくと、個々の姿が分かる。
全員若い。そして、全員から攻め立てられているのはひときわ若い。
身体は特にほっそりとして、手足だけがひょろりと長い。成長期半ばの少年にありがちな体型だ。
そして、屈強な武官とその少年が向き合う形になった。
少年の姿をはやし立てている周囲の人間、そして見て見ぬふりをする周囲。
いったい何が起こっているのか大体予想できたが、鈿花は眉をしかめる。
なんとか止められないのか。一応芸妓として培われた技術を駆使して武官を止めに行くべきだと慌ててそちらに進む。
しかし、遅かった。
武官は迷わず少年につかみかかる。
細い体は柔らかくしなった。瞬時に地を這い足を払う。相手が倒れると同時に態勢を整え、首を踏む。
あまりにあっけない展開に周囲は度肝を抜いていた。
「お前ら、何をやっている」
人波を押しのけて元が現れる。
そこで場違いな顔を見つけてしばらく目を瞬かせていたが、倒れていた武官を引き起こして殴り倒した。
「次はない」
聞いたことのないような冷たい目だった。
少年が、鈿花を見ている。その顔を見た時、鈿花はその少年が古い知己だと気づいた。
催陽輝、旧友月姫の弟だった。




