プロローグーーStar Seedーー
この話、「プロローグーーStar Seedーー」をもって、この作品は完結となります。
長い間、お付き合いいただきありがとうございました。
「あの男は……お前だったんだな、翼」
白昼夢の中、俺はその男に話しかける。すると、彼はどこか嬉しそうな表情を浮かべ、
「ああ、そうだ。ようやく気づいたか。ーーあれはオレだ。オレもな、お前と同じく、「翼」を持ったAdvance使いだったんだよ」
と言った。それはいつも聞いてきた、翼の声そのものだった。
「停止者は……Advanceへの強い拒絶から生まれた。憎しみ、と言い換えてもいい。ーーあれは結局のところ、それ自体では何も生み出さない力だったんだよ」
翼は続けて言う。何も生み出さない、それは、実に虚無的な言葉だった。筋も、ある程度は通っているように思う。
だが。
「いや、それは違うよ、翼」
「ーーーー?」
「確かに停止者能力は何も生み出さないのかもしれない。唯一、ノヴァ・シリーズに対抗できる力だって言っても、それは結局、争いと、永遠に続く悲しみを作るだけなんだろう。
でも、その力のお陰で、俺はーーお前に会えたんだ」
その言葉に、翼は顔を伏せた。笑っているのか、怒っているのか、それとも。
「ーーそうか。ーー成る程ね、そう言う考え方もあるのか。全く、お前には驚かされるよ、柊人」
「そうか? 俺からしたら、お前の方が、俺の予想外のことをしてきたぞ」
まあ、そうだな。翼はそう返すと、ふと、顔を上げ、俺の目を正面から見た。その目は、実に澄んでいた。
「さて。お別れの前に一つ、種明かしをしておこうか」
お別れ。その言葉の持つ感傷的な響きは、次に続いた「種明かし」と言う言葉で打ち消される。
「お前や、お前の仲間がたびたび見ていた「未来の光景」ーー。あれはな、お前自身のAdvanceなんだよ」
お前自身の。そう言われ、俺はふと思い出す。
停止者は、その持ち主に、通常のAdvanceに類似した力を与える、と。よくよく考えると、アウターノヴァがその擬似Advanceではあり得なかったのだがーーどうやら、「未来視」のAdvanceこそが、その力だったらしい。
亮から届いた意味不明なメールも、そのAdvanceの効果だったのだろう。
「Advanceは、人の欠落を埋める。オレがお前に与えたAdvanceも、その例に漏れない……」
そこで、翼は一旦言葉を切り、間を置いてから言葉を続けた。
「お前には「未来」が足りない。お前は基本的に、自分の身を顧みない。ただ、自分の良心に基づいて、現在を生き抜くことだけにエネルギーを費やしている」
だからこその「未来視」だ。翼は尚も言葉を続ける。
「もうちっと未来を見るべきだぜ、柊人。お前にはもう、仲間が居るんだ。お前の未来を期待してる奴が居るんだ。ーーそして、オレもその一人だ」
ふと。俺の頬を、熱いものが伝った。それは後から後から流れてきて、抑えることができない。
「そのAdvanceの名前は、星の種。暦有馬に消されてなければ、きっとそれはお前の手助けをしてくれるだろう」
星の種。星空に浮かぶ、未完成な希望の群。
「さて、お別れだ、柊人」
言い、翼は俺に背を向けた。
今。たった今、俺は、決定的な何かが終わったのを確信していた。
全てのことは今、終わったのだ。俺のプロローグは、今、ここで。
「なあ、翼」
その言葉に、翼は足を止める。
「俺のプロローグは、もう終わったのかな」
その言葉に、翼は笑った。そして、その笑みを消さないまま顔だけで振り返り、その言葉を口にした。ーーどこか謳うように、あるいは、包み込むように。
「まだまだこれからなんだよ、お前のプロローグは」
そして、翼は去っていった。どこかへと歩いて行って、そして、二度と戻らない。
気づいた時、俺は、元の場所にいた。
「おい……おい! 大丈夫かよ、柊人!」
見ると、俺は、回復した亮に肩を揺すられていた。
「う……ああ、大丈夫」
なんとか喉からそれだけ言葉を絞り出すと、俺は、祭壇の上へ視線を向けた。
「そうだ……ノアは………?」
「ここに居るわよ」
その声に驚いて真横を見ると、そこには、ノアが立っていた。
「皆んなのAdvanceが消えちゃった時に、私のAdvanceも一緒に消えちゃったみたいでさ。皆んなにも見えるようになったのよ」
「お、おおお! 良かったじゃないか」
ノヴァ・シリーズを持つもの以外からは見えない。そんな状態は、彼女にとっては辛かっただろう。
それが終わったのだ。たとえ暦有馬が招いたことだとしても、ノアが狐面の呪縛から解き放たれたのは喜ばしいことだった。
「うん。これで、ようやく私のプロローグが始まるというわけね」
プロローグ。その言い回しに、俺ははっとした。
翼は死んだ。しかし、その言葉は、意思は、誰かの心の中に残り続けるのだ。
こうして、世界は巡っていく。
ーーそんな感傷的な気分が体を浸しかけた時、ふと、祭壇から降りてくる人影があった。
それは生徒副会長、山城 冬下さんだ。ひどく狼狽た様子で、こちらへと向かってくる。
「あ、あの、一体、何があったんですか、これは?」
何があったんですか。その言葉で、俺は悟った。
ーー彼女は、記憶を失っている。
「な、何も、覚えていないんですか?」
亮が問いかける。しかしそれは、答えがわかりきった問いだった。
「え、ええ。一体、これは……」
「暦有馬会長ですよ。彼が……これは、全て彼が招いた事です」
俺は淡々と答えた。多少語弊があるような気がしたが、そうしておいた方が、彼女も分かりやすいだろうと思ってのことだった。
ーー何しろ、彼女は生徒会長を慕っていたのだから。
「会長が? あの人が?」
しかし。彼女の口から放たれたその言葉には、会長への尊敬の響きはなかった。
「え、ええ。流石に、暦有馬会長は覚えていますよね」
「あ、はい。何考えてるか分からない感じの人で……あの人、何かしちゃったんですか?」
愕然とした。
それは間違いなく、彼女の本音だ。嘘だったのは、これまで、学校で見せていた態度の方だったのだ。
暦有馬には、相手の脳を改変するAdvanceがあった。彼は恐らく、それを使って、彼女を、自分にとって都合のいい存在に改造していたのだろう。そして今、それが持続できなくなり、元に戻ったーー。
欺瞞だった。暦有馬という存在は、何から何まで欺瞞だったのだ。
その後、彼女を連れ、俺たちは地下を出た。狐面の教団の本部には信者がいる筈だが、俺たちはその姿を、一人として目撃できなかった。
そのため、特にトラブルが起きることもなく、俺たちはその施設を脱出。そのまま、帰路につくことができた。
11月22日。電車の内部。
「なあ柊人。俺さ、今回のこと、記録にしようと思うんだ」
ふと、亮が言った。記録。物語、と言わなかったのは、配慮だろうか。今、この列車には、山城さんもノアも乗っている。
「そうか。俺にできることがあればなんでも言ってくれ。ーー協力するよ」
口をついて出たのは、そんな言葉だった。
この、長いようで短かった、翼に関する事件はーーようやく終結するのだ。亮の手によって事件が「歴史」になり、やがて、俺たちは未来へ向かっていく。
星空のような、未来へと。
「おう。タイトルはーーそうだな、Advance、なんてどうだろう。これは結局、その力に関する事件だったんだしな。で、記録者名はーー」
「星の種だ」
俺は、亮の言葉を遮って言った。
この記録は、未来を求めようとした者達についての記録だ。
ある者は嫉妬心への決着を、ある者は破壊衝動の充足を、ある者は「自己」の確立と力を、ある者はーー欺瞞に満ちた聖域への君臨を。
彼らは、彼らなりの未来を思い描きーーそして、それぞれに相応しい終末を迎えた。
その「未来」はーーそれ自体はきっと、星のように輝いていた筈だ。
「お、おう。記録者名の希望はあるか、って訊こうとしたんだけど……ま、それでいいや。ありがとよ」
そう言って、亮は何事かを考え込み、黙ってしまった。
それにならい、俺も黙り込みーーそして、目を閉じた。
肉体も精神も、ひどく疲れていた。あれだけの戦闘をした後だ、無理もないだろう。
目を閉じると浮かんでくるのは、翼との日々。
(なあ、翼。お前は「お別れだ」って言ったよな。「お前のプロローグはこれからだ」とも)
俺は心の中で、翼に呼びかける。
(でも、それは違うよ、きっと。翼……お前のプロローグだって、まだまだこれからなんだ。お前はどこかで、自分だけのプロローグを歩んでーーそして、やがてどこかで、俺と再会するんだ。それが俺の、未来ーー)
そこまで思考したところで、ふと、俺の脳裏に映像が浮かんできた。どこか遠くーー果てのない摩天楼で、俺が、コートを着込み、澄んだ目をした男と出会っている映像だ。
全てのAdvanceは暦有馬が消滅させた。停止者もそうだ。亮の言葉は結局、ハッタリだったのだ。
だから、スター・シードは発動しない筈なのだ。つまり、今見た光景は、幻影という事になる。
その筈、なのだが。
(幻影じゃないよ、きっと。だからいつか、また会おう)
そう誓い、俺はしばしの間眠った。
もしもこれが、何かの物語だとするならば。今回の事件は、始まりですらない。
始まりのための始まり。プロローグのためのプロローグ。ほんのささやかな、幻影のような、軽薄な欺瞞のような、儚くて勇壮な物語。
ーーこれは、俺の。いや、俺達のプロローグだったのだ。
そしてこれからも。
俺達のプロローグは、続いていくーー。
思えば、ここまで、本当に長い道のりでした。僕自身が身辺の都合で更新を先延ばしにしたり、他の作品に情熱を注いだりしたのが、その感覚の原因なのでしょうが━━とにかく、何とか完結させることが出来ました。
ブックマークをくれた方、感想をくれた方、評価をくれた方。その全てが僕の創作の糧になり、そして、宝になりました。
「自分の作品が、誰かに見られている」。処女作であるこの作品は、そんな、小説家きにとって当たり前の感覚を僕に教えてくれたように思います。
構成など、今見ればまだ修正できる点などたくさんありますが、ここで、神無月柊人の物語は幕を閉じます。
ここまで書けてよかった。この作品を記憶に留めてくれた方と、神無月柊人と、そして、我らが「却逆の翼」に、最大限の感謝を。




