表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アドバンスーAdvanceー  作者: Star Seed
第四章「翼たちのプロローグ━━
88/91

一人きりの停滞ーーThe Only Prologue To Destinyーー

投稿が遅れて申し訳ありません……

しかし、最終回までの原稿は書き終えましたので、もうこんなことはありません!


 夢を見ていた。遠い昔のーーひどく現実味のある夢。


 それはいくつもの記憶が複合された、整合性を欠いたものではなく、かつて自分が見た光景が、そのままそこに現れたものらしかった。


(ああ、ここは前の家だな。マンションの4階ーー賃貸だったか………)


 俺はその時、自室にいた。まだ真新しい勉強机、整形色がそのまま出ている、ヒーローのフィギュア、ポップな数字の刻まれた時計ーー。


 何もかも覚えていた。今まで忘れていたはずのその記憶は、今、鮮明に蘇っていた。


 そんな中。俺は、背中に強い痛みを感じて呻いた。それは熱感だった。背中が、灼けるように熱い。


 ーーその熱さを、俺は前に感じたことがあった。忘れもしない、「あの日」。全てが始まったあの秋の日に。


 ふと。痛みから、カーペットの上をのたうちまわっていた俺は、窓の外に、一つの人影を認めた。


 無遠慮にベランダに立つそいつは、いっそ滑稽なほど清潔な白無垢を着込んでおり、その顔には、縁日の屋台で売っておるような狐面が装着されていた。


 狐面。それは、俺が「さっき」まで戦っていた相手に他ならなかった。俺の過去には、現れるはずのない相手だ。


(ーーさっき? 俺は……何をしていたんだ?)


 うまく思い出せない。意識ははっきりしているはずなのに、肝心なところが思い出せない。


 そうこうしているうちに、そいつは、指一本動かさずに、俺の部屋へと入ってきた。体は動かすことができなかった。自分はただ、事態を傍観することしかできないーー。


 その光景を目にした時、俺は確信した。


 これは「現実」だと。狐面は、確かに、俺が子供の時、目の前に現れた相手なのだ、と。


「こんにちは、翼。気分はどう? ーーって言っても、聞こえないか? 君は何のことだかわかってないだろうしねぇ」


 狐面はあっけらかんとした様子で俺に語りかけ、こちらへと接近してきた。


「探したんだよ? まさか前の「翼」が自殺しちゃうなんて思わないじゃない。それで、後継者になりうる人間を探していたんだけどーーこんな小さい子供だなんて……」


 狐面の言葉は、次第に独白のような調子になっていった。その声には熱っぽさがある。


(小さい子供で悪かったな)


 ふと。翼が喋った。


 翼。あいつは俺が13歳になった時に現れた存在の筈だ。俺の過去に登場するはずはない。


 だが、今、ここで、あいつは喋っている。そして、俺はどうしたことか、それを覚えているーー。


「ーーなに? 誰よ、あんた」


 翼の言葉。本来、誰にも届かない筈のその言葉に、狐面が答えた。


(おっと、この声が聞こえてるってわけだ。それじゃ、話は早ええな)


 翼が言い終わるが早いか、狐面は「狐化し(フォックスメイデン)」と唱え、俺の顔に手をあてがった。


 奴のAdvanceは、相手のAdvanceをコピーし、昏倒させ、スライムを作り出す。


 だが、俺が昏倒することはなかった。スライムは体から染み出してきていたし、狐面の右後方には、黒く輝く翼が顕現されつつあったが、肉体だけは動かせていた。


 おそらく、この時肉体を動かしていたのは、翼自身だったのだろう。彼がーーたった一人の俺の相棒が、俺の体の操作を一時的に代行したのだ。


 ()は、その手で、頭にあてがわれたままの狐面の腕を掴んだ。ーー停止者ザ・ストッパー能力の乗ったその腕で。


「な……っ! この力、まさか……停止者ザ・ストッパー………」


 その言葉に対し。


 翼は僅かに間を置き、高らかに、どこか産声をあげるような調子で、謳うように「それ」を言った。


停止者ザ・ストッパー? 違うな、俺はーー「却逆の翼」だ!)


 却逆の翼。それは、ずっと翼が名乗り続けてきた名前。


 アウターノヴァとも、クロムメタルウィングとも違う、異質な名前。


 それを聞くと、狐面は薄く笑い、


「なるほど、却逆、ね……謎が解けたわ。それは「あなた自身」の名前だったわけだ……」


 と言った。何とか気丈に振る舞おうとしているが、しかし、狐面からは、冷静さが消え失せているーー。


 奴の言葉で、俺は理解した。却逆の翼。それは、他の誰でもない、停止者ザ・ストッパー自身を表した言葉だったのだ。


 Advanceを却逆する者という、その在り方を表した名前だったのだ。


「もう二度とあなたには合わないでしょうね、翼。もうAdvanceはコピーしたし……用済みよ」


 言い、狐面は、人の形へと変化したスライムを引き連れ、その場から去ろうとする。


 と、ふと。そのスライムを、俺の拳が貫いた。その拳に内包された停止者の力によって、一秒とかからずスライムは消滅する。


(賢明な判断だな。今退かなきゃ、あんた、今頃こうなってたぜ)


 その言葉を聞き終わると、狐面は黙って去って行った。


 いつか見た、母親と俺と、狐面の夢。あれは、今、俺が見ている光景を示していたのだ。


 あの「母親」とは、却逆の翼のことだった。俺はずっと前から、翼に守られていたーー。


 ーーそこで、俺の意識は「現実」に引き戻される。


 段々と、記憶が鮮明になってくる。


 俺は暦有馬と戦い、激戦の果てに、その命をーー。


 そこまで思考したところで、自分は、目の前に広がっているのが、さっきと同じ、石造りのドームの、その天井であることに気付いた。


 自分はどうやら、地面に仰向けで寝ているようだった。背後に跳躍した後、槍に貫かれ、意識が途切れたことで着地がうまくできず、そのまま地面に激突してしまったのだろう。


 ーー痛みは、なかった。見ると、俺の胸から槍は消滅しており、致命傷も、跡形もなく消え失せていた。


「な……」


 なにがあった、と俺は問いかけようとした。


 だが、それはできなかった。


 ーーいつも絶えず響き続けてきた翼の声が、脳から消滅していたからだ。


「ーー翼?」


 呆然としたまま、俺は立ち上がった。ーー横へ視線を向けると、いくつかのパーツを回収して何とか立っている悠真と、全快の状態で、苦虫を噛み潰したかのような顔で立つ亮が見えた。


 亮の顔は、こちらへと向いていた。


「亮、翼はーー」


 その言葉に、亮は悲壮な表情を浮かべ、下を向いた。


「翼はさ……最後に、槍を消して、お前に粉塵を叩き込んで回復させたんだ。けど……そこで………」


 ーーそこで、なにがあったというのだろう。翼の声が脳から消えることなんて、起こり得ないはずなのに。


 俺はそんな思考と共に、暦有馬の方向を向いた。


 ーーそして。


 俺は、「それ」を見た。


 暦有馬の体から、ボロボロのマントが消滅し、代わりに、背中から、何かが生えてきている。


 黒く輝く、本来、人体には備わっていない、その一対の機構はーー。


 「翼」だった。


 いつか、悠真から聞いた言葉が脳裏でリフレインする。


 ーーノヴァ・シリーズは、所有者を殺すことで奪うことができる。


 俺の心臓は、貫かれて一度止まった。生体反応が一瞬とはいえ、停止した。ーー「死んだ」。


 死んだ。


 死んだ。


 ーーそれで、奪われた。


「お……まえはああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!」


 刹那。俺の脳を支配したのは、燃えるような怒りだった。よくよく見ると、奴は全てのAdvanceの発動を解除し、元の状態に戻っていたが、そんなことは最早俺には関係のないことだった。


「来るか、凡人。いいだろう、基却色の外殻(アンダーノヴァ)で迎え撃ってやる」


 その激情に突き動かされ、俺は暦有馬へと肉薄した。振り上げられた拳を、全力で突き出す。


 しかし。奴は既に唱えている。あらゆる攻撃のエネルギーを反射できるAdvance、アンダーノヴァの名前を。


 次の瞬間、俺は自分の拳のエネルギーで後方へ吹っ飛ばされた。


 そこから態勢を立て直して見ると、奴の両足が、黒く輝く鎧に変容していた。


静動刹那の外殻(フォワード・ノヴァ)


 続けて奴は唱えた。それで、今度は腕が鎧へと変容する。


園央の外殻(セントラル・ノヴァ)


最奥機関の刹那(オーバートップノヴァ)


 胴が、頭部が。


外却色の刹那(アウターノヴァ)


 背が。


 あらゆる光を吸収する、重く、濁った黒へと変容していく。それは最早、生物的な黒ではなかった。抗うもの全てを無へと帰す、「神の戦士」を体現したような、絶対的な虚無の色が、そこにはあった。


核却色の終末(ユートピア・ノヴァ)


 それを唱えた瞬間。奴の背の翼が、更に四枚増えた。


 三対。合計六枚の翼が、その背で静かに佇んでいる。


「くそ……ちくしょう、くそったれ………!」


 悠真が呻く。


 それは無理もないことだった。なにせ目の前に存在しているのは「神」なのだから。


「今回ばかりは……感謝しなければならないな、凡人。君のお陰で、私は………」


 ふと、歴有馬が口を開く。その声は、神の力を得る前と何ら変わらないものだった。しかし、今はそれが逆に恐ろしい。全Advance使いが求めてやまない、絶対的な力を手にしても尚、正気を保っているというのは、どう考えても「普通」ではない。


 ーーやや間があって。歴有馬は、決定的で致命的な、「その言葉」を口にした。


「私の聖域へと、到達することができた」


 そこで。俺は、死に物狂いで歴有馬へと突撃した。ここで動かなければ、取り返しのつかないことが起きてしまう気がしたからだ。ーー後から思い返してみると、それは「決別」の予感だったのかもしれない。


 歴有馬は、そんな俺を一瞥すると、突き放すように、あるいは、謳うように、素早く言った。


「二対の停滞者よ(Stagnatione putidus duorum pairs)、星を灼き(Rhoncus a stella)、神を墜し(Stillabunt in Deo)、理想郷をも奪略せよ(Auferat ab Utopia)。


 ーー新星ガ堕(プロローグ・トゥ)チタ地ノ理(・ディスティニー)


 停滞者。停止者ザ・ストッパー。ーー翼。


 その名前は、停止者ザ・ストッパーの解名らしかった。狐面と俺から略奪したので、奴の体には、二つの停止者の力がーー完全な力が宿っているのだ。


 刹那。俺はーーいや、俺たちは目撃した。


 歴有馬のその背。三対の翼が顕現されている、その更に後方に、陽炎のように揺らめく、不定形の翼が出現したのを。


 その翼は、ひとしきりその身を震わせた後ーーやがて、真横に伸び、強く発光した。


 光は強く、俺は一瞬、目を瞑ってしまう。それで、動きも止まる。やがて、光が治り、俺が目を開けた時、そこに、もう、翼はなかった。


「嘘だろ……」


 悠真が呆然として言う。何事かと振り返って見るとーー彼の足が、元の状態に戻っていた。


 パーツの多くが欠損しているとは言え、この状況でAdvanceを解除するのは不自然だし、愚策だ。


 ーー彼のAdvanceが、消された。そう考えるのが自然だろう。


 見ると、亮も何やら呆然とした様子で立っている。彼は「嘘を見抜く少女の笑い声を聞く」力を有していた。それが消滅して、動揺しているのだろう。


「さて、これで邪魔者は消えたな。自らの力を受けて………停止者ザ・ストッパーは完全に消滅した」


 その言葉の意味を。


 俺は当初、理解することができなかった。


 だって。


 だってそれは、あまりにも唐突で。


 永遠に続くと思っていた、あの日々が、二度と戻ってこないだなんて。


 ーー翼が。


 翼が。


 翼が、完全に、消滅した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ