現人の奮戦ーーOver Top Novaーー
「ほう。飽和機銃は、君を止められなかったのか、基却色の外殻」
落ち着き払った口調でそう言うと、暦有馬は、再び槍を顕現し、それを、眼前の亮に叩き付けようとした。
しかし、その槍も弾かれる。悠真の攻撃だ。再び放たれた鎧のパーツが、槍を弾き、粉々に打ち砕いたーー。
「やらせるかよ」
「素早いな。ノヴァ・シリーズをここまで守ってこれたのは、偶然ではなかったと言うわけだな」
言い終わるが早いか、亮が、傷を負った体をおして、暦有馬へと殴りかかった。その拳には、あらゆるAdvanceを打ち消す停止者の力が渦巻いている。
ーーその拳が奴に命中する寸前。ふと、亮が転倒した。『傷を負った体が不調をきたし、倒れてしまった』のだ。
「危ない危ない。失念していたよ。彼も、一応停止者に選ばれた革命家だったな」
暦有馬はそう言って薄く笑った。
(やはりおかしいーー)
空中の足場から祭壇の上へ移動し、ノアの拘束を解いていた俺の脳に、翼の声が響く。
「ああ。俺もそれは感じてた。さっきから、妙だよな」
暦有馬にとって都合のいいことが、起きすぎているーー。それも、絶妙なタイミングで。
それは、偶然なんかではあるまい。何かが起きているのだ。人智を超えた、何かが。
「ーーノア、大丈夫か? 良く頑張ったな」
一先ずそのことを頭から振り払い、俺はノアの肩に手を置いた。
「約束通り……ね………ありがと。よくやってくれたわ、柊人……」
久々に会ったノアは、目に見えて衰弱していた。しかし、彼女は、それでも気丈に振舞おうとしている。
「ーー約束?」
「前に言ったじゃない。「私を守って」って………あなたは、私を………守って……くれたわ」
うわ言のように呟き、ノアは俺の腕を掴んだ。
「さ、行って。ーーあの存在を、許してはいけないわ」
その言葉に、「ああ」とだけ返し、俺はノアの手に、自分の手を重ねた。それでノアは俺から手を離し、その場に座り込んだ。
ーーもう、迷わない。全力で、暦有馬を、倒す。
「そこに座っててくれ。この祭壇だけは、絶対に守りきる」
言って、俺は決意を固め、外却色の刹那を発動。祭壇を一気に駆け下りて、奴の元へと向かった。
見ると、暦有馬は、その手に持った槍で、悠真の放ったパーツによる攻撃を防いでいるところだった。その数はゆうに40を超えていたが、全く苦ではない様子で攻撃をさばいている。
そこに、俺は突っ込んだ。奴の真横まで飛ぶと、そこで加速を解除し、翼を震わせて奴に殴りかかろうとした。
しかし、俺はそこで『翼を繰り損ねてしまった』。推力が下向きに発生し、俺の重心は大きく傾く。
「まただーー」
また、あの感覚だ。
俺の呟きを察知した暦有馬は、悠真の攻撃を完全に捌ききると「外却色の刹那」と唱えた。高速移動が始まるのを察知した俺は、自分も加速し、祭壇へと続く階段の中腹まで移動する。奴が、祭壇に移動すると読んだからだ。
しかし、奴は、そこから大きく離れた、空間の隅へと移動していた。俺からも、悠真からも遠い位置だ。
「そこの外却色の刹那は薄々感づいていることと思うがーー」
ふと、奴がAdvance名を呼んだので、俺は身構えた。また加速するのではないか、と思ったからだ。
しかし、そうはならなかった。奴は、どうやら他人を、名前ではなく、Advance名で呼んでいるようだ。それで、俺を呼ぶ時に、外却色の刹那という名称を用いたのだ。
「私のAdvanceは、脳を改造する能力だけではない」
それで、俺の心の中の疑惑が確信に変わった。
やはり奴は、Advanceを二つ有しているーー。
「ノヴァ・シリーズのAdvanceには二種類あってね。一つは「外殻」という種類のもので、これは単純に、体のパーツを飛ばす能力と、解名に対応した能力だけを持つんだがーー「刹那」という種類は、そこにもう一つ、別の能力が付け足されるんだ。ーー脳を改変する力は、その「別の能力」だ」
その言葉で、俺は理解した。
自分に備わった「自然治癒力を高める」能力は、その、「別の能力」だったのだ。
だから、僅かに停止者能力と混ざり会っていた、フラットな状態の却逆の翼を閉じた時に、治癒力が強化されたのだ。
ーーと、ふと。まだ何か言葉を紡ごうとしている暦有馬へ向かい、悠真が足のパーツを放った。それは奴の槍によって阻まれるが、尚も彼は攻撃を続ける。
「テメェが……あいつから全てを奪ったお前が、そのAdvanceのことを語るなッ!」
ーー全てを、奪った。
前に、悠真は語っていた。親友を殺し、その事実を、何らかの超自然的な力で隠蔽した中学生が居る、と。
ーーそれが、こいつなのだ。
ーー今、目の前に居るこいつこそが、その、人殺しなのだ。
「静動刹那の外殻の片方のことか。あのことは、私もよく覚えているよ。何しろ、園央の外殻で行った、初めての殺しだったんだからな」
言い、奴は手に持っていた槍を放り投げると、その手に、何やら黒い粒子を集め始めた。
それは奴が園央の外殻と呼んでいたAdvanceの現象に違いなかった。奴はその力で、槍ではない、何かしらの物体を構成しているーー。
その粒子は数秒で集約し、はっきりした形をとった。
ーーナイフの、形だった。
「現場に置いたものだ。よく似ているだろう? Advanceで作ったんだからな……本物だぞ、これは」
瞬間。
俺は頰に、風を感じた。
それは、悠真が走るときに起きた風だった。彼は、奴が全てを語り終えるよりも早く駆け出していたのだ。
不自然なくらいに速い、人智を超えた速度で駆けると、悠真は跳躍した。大きく飛び、ある程度の高度に達したところで、彼は加速した。ーーおそらく、Advanceによるものだろう。重力加速や疾駆によるものとは別のエネルギーが作用し、悠真は暦有馬へと、足を突き出して突っ込んでいく。
「やはり君の原動力は、復讐心だったか」
しかしその攻撃は、失敗に終わってしまった。『基却色の外殻によるエネルギー制御を失敗したらしい。彼は、全身に衝撃を受け、苦しみながら地面へと落ちた』。
「さて。今のでわかったことだろう。私のーーいや、この最奥機関の刹那の能力は、「自らを主人公に変えてしまうこと」だ」
「主人公……だって?」
訳がわからなかった。奴の言葉は抽象的で、その本質の一片とて、俺には掴めなかったのだ。
「そう。主人公には、都合のいいことしか起こらない。ーーそういう力なんだよ、これは」
都合のいいことしか、起こらない。
「そのこと」を認めたくはなかった。もしもそれが本当なら、俺たちに勝ち目はないからだ。
しかし、目の前に展開される状況の全てがーー奴の言葉の全てがーー俺に「認めろ」と囁いている。
ーー奴の能力は。
(「自分にとって都合のいいことを、現実に起こす能力」ーー)




