初夜7ーーKicking Under Novaーー
爆煙が立ち込める公園で。その男、飽和機銃は薄く笑った。それは、実に酷薄な笑みであった。
彼は今まで、幾度となく、教団にとって不利益になる対象を始末してきたが、ここまで手間取ったのは初めてだった。「飽和機銃」にかかれば、たとえ対象がAdvance使いだろうと、瞬時にカタがついたのだ。
初めて味わう、「敵に勝利する」という感覚。その美酒に、彼はささやかな酔いを感じていた。
ーーそのため、対応が遅れた。
次の瞬間、彼の頰に、熱感が生まれた。その鋭い痛みは、刃物か何かで切られた時に発生するものだった。それと同時に、集中力と制限時間が同時に切れ、体を包んでいる甲冑が剥落し、消滅した。
「ーーまさか……!」
軋む声で叫ぶ、飽和機銃の目の前で。
爆煙を自らのAdvanceで晴らし、悠真が姿を表した。
「今のは……効いたよ………まったく、焦らせてくれやがる…!」
悠真は気丈にそう言った。
しかし、その衣服は損傷し、右肩から胸にかけて焼け落ちているし、それで露出している肌には、生々しく、また、痛々しい火傷が刻まれている。
ーーそして。その右腕は、跡形もなく消し飛んでいた。どこからどう見ても、「無事」な状態ではない。
「……ふむ。あれだけやったのに死んでいないとは、妙な話だがーーそれでも、重症であることには変わりないな」
飽和機銃が言う。その顔に張り付いているのは先程と同じ余裕だったが、しかし、その内実は違った。
彼は考え込んでいたのだった。ーー他の誰でもない、悠真のAdvanceについて。
「どう言う能力だ、それは」
「誰が教えるかよ」
敵意をむき出しにして言い、彼は足のパーツを2、3枚ほど飽和機銃へ撃ち込んだ。それは親愛なる暗殺者の能力で弾かれるが、その発動によって、飽和機銃には隙が生まれた。
それを突き、悠真は、傷ついた体をおして猛追する。
「無駄だ」
呟くように言い、彼はニア・キラーで、悠真のAdvanceが発動していない足を切り裂いた。
それで、彼は転倒した。地面に顔面を打ち付ける。右腕が消し飛んでいるので、受け身を取れなかったのだ。
「チッ……冗談じゃねぇ………」
悠真は毒づいた。その声はどこか弱々しく、無理をして、強がっていることは一目瞭然である。
それでも、彼は立ち上がった。重要な筋肉を損傷していないので、足が傷ついていようと、立ち上がることができるのだ。
「やれやれだ……ここまで追い込まれなきゃ、お前に………」
血を吐き、掠れ声で、うわ言のように悠真は呟きーー
「攻撃を加えられないなんてな」
「仕込み」を発動した。
ニア・キラーによって弾かれた「ノヴァ」のパーツは、彼の足へと戻っていない。無造作に地面に突き刺さっている。
ーーそれは、単に彼が戻し忘れたのではない。最後の一瞬。状況が切迫した時、最後に飽和機銃が油断するであろうことを見越し、敢えてそのままにしておいたのだ。
ノヴァ・シリーズのパーツは、一度操作を終えても、もう一度なら推力を追加することができる。このことを活かして、柊人は戦闘を優位に進めてきたがーーその戦法は、同質の能力を持つ悠真にもとることができるのだった。
刹那。動き出した三枚の羽が、一斉に飽和機銃へと突き刺さる。
脇腹、左腕、右足。ダメージを与えられたのは三箇所だけーーそれも、急所ではない箇所にだけだったが、それでも、ダメージを与えることができた。
「まさか、ここでその手を使うとはな……! 分かっていても、避けられないものだな……!」
奴が、焦っている。その事実に、悠真は歓喜した。その顔に、いっそ獰猛な笑みが浮かぶ。
しかし。それは、飽和機銃も同様だった。飽和機銃の顔にも、悠真同様、笑いが浮かんでいるーー。それは、自分の計画がうまくいっていることに満足している顔だった。
「君の言う「仕込み」なら、私も既にしていたよ」
瞬間。悠真の足元で、爆発が発生した。
飽和機銃の言葉に反応し、咄嗟に周囲を見回していた悠真は、一瞬、その物体を視界に収めることができていた。
ーーそれはダイナマイトだった。初歩的な、トンネルを掘削する時などに使われる爆弾。
瞬時に回避行動を取っていたので即死こそしなかったが、彼は、その脇腹と足に、甚大なダメージを受けた。
「ぐ……!」
唸り、左膝を地面に突く。左足はもう殆ど使い物にならない。そのことを一番よく分かっていたのは、他の誰でもない、悠真自身だった。
「叡智の洪水で出現させたものだ。丁度いいタイミングで爆発したようで良かったよ」
飽和機銃は言い終わってから、懐に手を入れた。そして、内部からあるものを取り出した。
それは太陽光を受けて輝く、結晶状の物体ーー「リカヴァー・アドバンス」だった。
どう言う原理かは不明だが、呑み込むことで、肉体のあらゆる損傷を回復させる結晶。それが今、ここにある。
「さて。この戦いも、そろそろ終幕かな」
言い、飽和機銃はリカヴァー・アドバンスを口へ放り込もうとする。
ーー回復の瞬間。それは、最も人が油断するタイミングだ。戦場では、銃をリロードする瞬間が最大の隙になるし、ゲームにおいても、回復に気を取られていたプレイヤーが撃破される、と言うのはよくある話だ。
そしてそれは、Advance戦闘においても、同様だった。
次の瞬間。悠真は、今までの戦闘では一度も見せたことがないような速度で、足のパーツを射出した。ーーリカヴァー・アドバンスを持つ、飽和機銃の腕へと。
スピードを重視した攻撃は、真っ直ぐに彼の腕へと突き刺さった。その痛みで、彼はリカヴァー・アドバンスを取り落とす。
「く……」
呻き、飽和機銃は地面に落ちた結晶を拾いに行こうとする。ーーそれは明確で純然たる「隙」だった。
「できれば、この手は使いたくなかったんだけどな」
言い、悠真は、強引に立ち上がって、損傷した左足で地面を踏み抜いた。
地面に叩きつけられた足は、そこに衝撃を発生させる。
その衝撃は。自分の体から発生したその衝撃は、彼自身のAdvanceで、自在に操ることができるーー。
刹那。前進しつつあった悠真の背中に、巨大な衝撃が生まれた。それは、左足で地面を蹴った時に生まれたものだった。
左足による前進に、更に、その前進と同じ分だけエネルギーが加算される。それによって彼は、通常の2倍の距離を移動した。
「なに……ッ!?」
飽和機銃が叫ぶ。それが、この戦闘での、彼の最後の言葉になった。
次の瞬間。今度は右足を地面に叩きつけ、悠真が跳躍した。その跳躍の際の衝撃は、遅れて、空中に居る彼の背中に襲いかかりーー彼の前進を補助した。
飛び蹴り。彼が行ったのは、それだった。
跳躍による前進のエネルギー、重力加速による追加のエネルギー、そして、Advanceによるダメ押し。
それらすべてが、突き出した彼の右足に集約されーー回避行動もままならない、飽和機銃の体へと炸裂した。
声もなく、彼は大きく後ろへ吹っ飛んだ。そのまま、数メートル後方の滑り台に衝突し、意識を手放す。
「だってよ……これ、背骨にダメージ入れるんだぜ……背骨が損傷したら……動けなくなるよな………それだけは、避けたかったんだ……回復できない状況ではな………」
途切れ途切れにひとりごち、彼は、這いながら、地面に落ちたリカヴァー・アドバンスを拾い上げた。そして、衛生面の問題に目をつぶり、それを口へと放り込んだ。
それで、悠真の体は回復する。消し飛んだ筈の右腕が再生し、火傷が綺麗さっぱり消え去り、ヒビが入った骨が元どおりになり、無くなった血が継ぎ足された。ーー完全回復である。
「お前が気付かなくて良かったよ。俺のAdvanceの特性にさ……」
散ったAdvanceのパーツを集めながら、悠真は呟く。
彼の「基却色の外殻」は、単に「エネルギーの方向を操作する」Advanceではない。
正確には、「自分に入力されたエネルギーを、自分の体の中で操作し、入力者に還す」能力だ。
そのため、彼は、衝撃が生まれるよりも前に粉々になり、破片になるC4爆弾や、ダイナマイトの衝撃を完全に無効化することはできなかったのだ。
右腕が消し飛んだのは、そのためである。彼はC4爆弾の衝撃を、すべて右手に移動させていたのだ。熱エネルギーを移動させるのは間に合わなかったので、結果として火傷をしてしまったが。
あのまま戦いを続け、叡智の洪水による攻撃を受け続けていれば、負けていたのは自分だった。そう考えると、悠真はゾッとした。
「しかしーー」
ふと、悠真は呟き、空を見上げた。
ーーそして、続けて言う。
「リカヴァー・アドバンスがここにあるってことは……製造法を、「教団」が握ってるってことじゃ、ないよな……?」




