初夜6ーーSide Under Novaーー
一方その頃、悠真は、飽和機銃と戦っていた。
「おらァッ!」
叫び、前傾姿勢の相手に向かい、足のAdvanceのパーツを4つほど射出する。
その攻撃は真っ直ぐに飽和機銃へと向かいーーそして、その途中で、不可視の衝撃によって撃ち落とされた。
「ちっーー」
舌打ちをし、悠馬は大きく飛び退る。
その現象を、彼は前にも目にしたことがあった。ーー以前に、飽和機銃と戦った時に。
不可視の攻撃を、自身が指定した空間に繰り出すAdvance能力。悠真はその現象を、そう説明づけていた。
「親愛なる暗殺者。これは、我々、信徒全員に与えられる力の一つだ」
「傷付くな。そんな量産型Advanceに、「基却色の外殻」は弾かれたってのか」
毒づき、彼は、身を撓め、ガゼルを追う黒豹の如き勢いで、飽和機銃へと走り込んだ。
地面を蹴り、着実に距離を詰める悠真に対しーーしかし、彼は動かなかった。
ただ悠然と、一点を見つめて、微動だにしないーー。
(ーー来るか!?)
思考が弾けた次の瞬間。悠真の三センチほど前方の空間に、空気が切れる音が響き渡った。
ーー親愛なる暗殺者。それは、飽和機銃が先刻、そう呼んだAdvanceによる攻撃で間違いなかった。
「ほう……」
飽和機銃のその攻撃は、悠真に対する迎撃だ。ーー連続して撃ってこないところを見るに、それは連発できない、一撃必殺の技だったのだろう。それが命中しなかったのだ。彼を守るものは、おそらくもう何もない。せいぜい、さっき顕現した、鉄の鎧くらいだ。ーーそれも、悠真のAdvanceならば簡単に破壊できる。
それでもなお、飽和機銃の余裕は失せていなかった。今はただ、僅か感心したような表情で佇んでいる。
「うおおおッ!」
気合いとともに、悠真はその表情へとハイキックを放つ。
飽和機銃の様子は、怒りを通り越して、いっそ恐怖を感じるくらいに穏やかだ。とても、戦場に立つ者とは思えない。
だが、だからと言って攻撃を止めてしまえば、悠真はたちどころに殺されてしまうだろう。
そのことを分かっているからこそ、彼は躊躇も手加減もできないのだ。
ハイキックは、後数秒もしないうちに命中するーー。
と次の瞬間。悠真の目の前から、飽和機銃の姿が消えた。
(瞬間移動か!)
その現象も、彼は知っていた。狐化しの教団本部を見つける時、彼は幾度となく信徒に襲われたのだがーーいま、彼の目の前で起こっている現象は、その襲撃の時と酷似している。
虚空を叩いた足を即座に引き戻し、彼は中段に拳を構えて臨戦態勢をとった。
「終わりだ」
ふと。声が聞こえてきたので、彼は反射的に、足のパーツでその方向を攻撃した。
しかし、その方向には誰もいない。確かに声が響いてきたはずの、その空間には。
(まさかーー。これも、あの親愛なる暗殺者の現象なのか……!? 風切り音を仔細にコントロールし、「声」のような音に調整したと言うのか!?)
悠真の脳裏にそんな思考がよぎるが、そのことに気付いたところで、彼にはもうどうしようもなかった。
その時点で、既に飽和機銃の攻撃は完成していたからだ。彼は、すべての準備を終えているーー。
「アドバンスコール、獅子の鉄棍」
次の瞬間、どこからともなく、風をまとって現れた飽和機銃は、その手に持ったハンマーを、人智を超えた速度で振り下ろした。
悠真は、その一撃を回避することができなかった。顔に驚愕と恐怖の表情を貼り付けた悠真の頭部に、巨大な鉄の塊が突き刺さるーー。
「ーーやったと、思ったか?」
瞬間。ハンマーに頭部を叩き割られ、絶命する筈の悠真が喋った。
「なーー!」
ここにきて、飽和機銃は、初めて感情らしきものをあらわにした。それは「狼狽」と呼ばれるものだった。
刹那、彼の腕の中で、ハンマーが砕ける。鈍器か何かで殴られたかのようなその破壊は、衝撃を、飽和機銃自身の腕へ伝播させた。
ーーそれは、他の何でもない、そのハンマー自身が発生させた運動だった。その衝撃が、基却色の外殻の力で、ハンマーへと還ったのでーー砕けてしまったのだ。
「バァカ。解名詠唱はな、なんてことはない、ただの会話の中にフレーズを入れ込むだけで発動すんだよ」
そう言い、腕にダメージを受けて動けなくなっている飽和機銃へと、悠真はトーキックを繰り出した。足の裏を、甲冑で覆われた胸部へと擦り付け、大きく後ろへと吹っ飛ばす。
「なかなかやるな、君」
後退した飽和機銃は、尚も気丈に立ち上がった。
キックの威力は、甲冑で大きく減衰されている。ハンマーを破壊した時の衝撃も同様だろう。そのことは理解していたものの、ここまでやって殆どダメージが与えられていないと言う事実に、悠真は嘆息する。
「Advanceの使い方がうまい。戦闘技術という観点で見ても、君はあの二人とは違うということだな」
含みを持たせたその物言いに、悠真は大きく息を吐き、
「ああ。確かに違うよ、俺とあいつらは」
と言った。それは自嘲するようでいて、どこか悟ったふうでもあった。
その態度に、飽和機銃は目を細める。先刻の言葉から、悠真の内実を推察したのだ。
「ーー知っていたのか、君は?」
「まあ、なんとなくはな」
知っていたのか。その言葉からは、重要な部分が欠落してしまっている。
「柊人と亮が、停止者能力者であることを」という、部分が。
停止者使いに対し、並のAdvance使いが見せる反応は一つ。ーー「嫌悪」だ。自身の存在を根底から揺るがす対象に対する、本能的な防衛反応。
当然、悠真にもそれがある。彼にも、その本能は備わっている筈なのだ。
「バカな。そんな状態で、彼らと接していたのか? まともにコミュニケーションが取れるはずがない」
その事実を知る飽和機銃は、どこか見下すような態度で言った。
「ーーお前には分からねぇんだよ、その辺のことはな」
力強い声で言い放ち、悠真は、突如として頭上に現れた、点火されたマッチの束へと、一気に解体した足のパーツを叩きつけた。
それで、マッチは粉々に砕け、そこに宿っていた熱量も完全に消滅した。
「ーー仲間を信頼するってことを知らない、お前らには」
その言葉が最後まで発せられるよりも早く、飽和機銃は、「自らの」Advanceで、前に突き出した自らの手の中に、矢が装填されたクロスボウを出現させた。その態勢のまま、躊躇せずトリガーを引き、矢を発射する。
ーーと次の瞬間、その矢が、悠真の視界から消えた。
その矢は、飽和機銃の力で、悠真の背後へと転送されていた。
ーーこれが、彼自身の能力なのだ。「ある二つの空間を、そこに存在する物質ごと交換する」能力。
その能力行使には、厖大な集中力が必要なうえ、Advance使いを交換することはできない、という致命的な欠陥を持つ。
だが。それ以外の物質は、自由自在に移動させられるのだ。
刹那。自身の背後に矢が現れることを事前に予測していた悠真は、足のパーツで防御壁を作り、矢を弾き落とすと、パーツを再び自身の体に集約させ、一歩、踏み出そうとした。
「アドバンスコール、叡智の洪水」
だが、それは叶わなかった。次の瞬間、彼の足元に、円形の、フリスビーのような物体が出現したからだ。
ーー地雷。日頃から戦争映画を観ている彼には、それが一瞬で分かった。
彼は直様、自身のAdvanceを使って、それを除去する。尖った足のパーツで土をかき分け、地雷本体下部に数枚のパーツを設置すると、そこに推力を発生させ、地雷をハネ上げた。ーー飽和機銃の、方向へと。
飽和機銃は眉根一つ動かさず、その地雷を消滅させる。自身の能力か、はたまた、地雷を出現させた、フォージ・オールなる能力かーー。
地雷の除去には、三秒とかからなかった。ーーだが、それは逆に言えば、二秒程度は時間がかかった、ということだ。
それはことAdvance戦闘においてーー致命的な隙となる。
次の瞬間、悠真から一メートルほど離れた空間に、筒状の物体が二つ出現した。それはパンツァーファウストと呼ばれる、対戦車用の兵器であった。
(あんなん食らったら死ぬぞ!)
胸中で絶叫し、悠真は、足のパーツを、彼の方へと進んでくるパンツァーファウストの下腹へとぶつけた。
それで、その破壊兵器は軌道を変えた。悠真には衝突しないコースを取っている。
だが、その兵器は、クロスボウの矢のように、またもや姿を消した。
「ーーーー!」
同じ手を二度食うわけにはいかない。悠真はそう決意を固め、自身の周囲に、足のパーツで、ドーム状の防壁を作り上げた。
と次の瞬間、その防壁に、恐ろしいまでの衝撃と、轟音が発生した。パンツァーファウストが衝突・爆発したのだ。その衝撃はひとしきり反響した後ーー何事もなかったかのように消滅した。
それを認めると、悠真は、パーツを全て自身の足へと戻した。
それは、飽和機銃へと向かっていくためでもあったし、これ以上攻撃は来ないだろう、という慢心の発露でもあった。
その思考の余裕が、一瞬の隙を生んでしまった。
刹那。自身の頭の真横に現れた四角の物体ーー「C4爆弾」に対し、彼は前もって攻撃を加えることができなかった。
「くそーー!」
次の瞬間、パンツァーファウスト以上の爆音をたて、C4爆弾が爆発した。




