初夜5ーーLeave Outer Novaーー
8月中に完結しなくて申し訳ございません……
これからは一週間に一話ずつ投稿し、完結までの物語を紡いでいきたいと思います。
「何匹居やがるんだ、こいつらは!」
言いつつ、俺は、眼前の狐面を、一瞬だけ能力を解除して殴り飛ばした。
あれから十数分。俺は、超加速を駆使し、狐面達の根城に潜り込んでいた。どこか、教会を思わせるような建物の中に入り、警備に回された人員をなぎ倒していく。
それらは、殆どが「狐面」だった。時たま亮が打ち込む停止者能力を食らうと、そいつらは消滅したのだ。
「しっかし、驚いたな。お前、いつの間にその力を使えるようになってたんだ?」
「ここ数日の間さ。なんか、近いうちに危ないことが起きそうなんで、力を使えるようにしとけ、ってーー」
先見性があるな、と俺は苦笑した。
翼は、俺の気持ちを尊重したのか、無理矢理に停止者能力の稽古をつけるようなことはしなかった。だが実際、この力があった方が、戦いは有利に進むのだ。
(まあそれもあるが……停止者は危険だからな……さっき、あれだけ使うのを躊躇ってたお前が、一瞬とはいえ力を使っちまったのも、その辺に理由がある)
翼が言う。
危険。その言葉に、俺は唾を飲み込んだ。
停止者のことを意識するたびに、自分の心には何かどす黒い、負の感情が湧き上がってきていたが━━あれは、「危険信号」だったのだ。
「それに、最近妙な夢を見るようになったからな。そう頻繁に虫の報せがあるようじゃ、俺も特訓しないわけにはいかなくてさ」
「夢?」
俺が問いかけると、亮は、
「ああ」
と答え、続けて話し始めた。
「何つーかよ。その夢の中で、俺はぼろぼろで地面に横たわって、上を見上げてるんだけどさ……その目線の先には、全身を黒い鎧に包んだ奴と、お前が居るんだよ」
(…………!)
亮が言い終わった時。俺は、脳の奥で、翼が息を呑むのを感じた。
「いや、あくまでも夢だよ? けどさ、なんか気になっちまって……」
「示唆的だよな。予知夢、ってことはないのかな」
どうだろうな、と亮は答え、それっきり、そのことについて言うことはなかった。
俺たちの目の前には、地下へと降りる階段があった。この空間は、教会の礼拝堂の階段の下にあったのだが━━どうやらここを作ったやつは、それだけでは飽き足らなかったらしい。
俺は能力を解除し、亮を腕から解放した。
「━━行くか。覚悟は出来てるよな?」
「今更そんなこと訊くなよ。死なば諸共、だ」
冗談めかして言う亮を伴い、俺は階段を降りていく。
やけに長い階段を降り、これまた、やけに長い廊下を突っ切ると、その先には、ドーム状の空間があった。
空間の天井には、わけの分からない抽象的な絵が描かれており、それらを、壁際に配置された灯篭がぼんやりと照らしている。
その灯篭は、壁際だけではなく、空間中央に向かうように設置された石畳の、その脇にも配置されていた。
等間隔に配置された灯篭の先にあるのは、古墳のような祭壇で━━その上部には、二人の人が立っている。
「お、まえ、は……」
急激に頭に血が上っていくのが、手に取るように分かる。
自分がキレつつあるのが、実感できる。それは実に奇妙な認識だった。
壇上に立っているのは、十字架に縛り付けられ、猿轡をかまされたノアと━━狐化しその人だった。嘲笑うような狐面と、巫女服を身につけている。
「狐面……ッ!」
叫び、俺は、翼を展開した。黒銀の翼ではない、却逆の翼だ。
「待ってたよ、柊人君」
「却逆の……翼!」
湧き上がる感情の全てを解名に乗せて詠唱を済ませてから、俺は、翼を半ばまで分離させ、その羽で弾幕を作り出した。
無数の羽が、一斉に狐面に向かっていく━━。
「空間王政」
と次の瞬間。その羽は、全て破壊された。
京子のAdvanceの効果だ。奴がコピーしたそのAdvanceの、圧倒的な攻撃力が、全てを無に帰してしまったのだ。
後には、あの粉塵さえも残らなかった。生暖かい空気だけが、そこにわだかまり続けているーー。見ると、狐面の手に、刀が握られていた。
「ねえ柊人君、少し話さない?」
「ふざけるな!」
絶叫と同時、俺は、残った羽で四段ほど、高さを変えた足場を形成した。最後の段は、祭壇から一メートル離れた場所にある。
俺は足場に足をかけ、それを蹴って上へ飛び出した。一段目は終わった。次は二段目だーー。
「私が、どうして、君がノアと呼ぶこの存在を作ったのか、教えてあげるわ」
その言葉に構わず二段目を超え、三段目にたどり着いた時。ふと、足元で、気の抜けた爆発音が響いた。それは、空間王政の攻撃の音だった。
運動は発生していたので、そのまま俺は上昇することができたが、しかし、その勢いで四段目の足場に着地しようとした時、その足場も爆発した。
「もう翼君から聞いて知ってると思うけど、ノヴァ・シリーズを全部集めた人間は、神の戦士に覚醒できる。ーー例え、何歳であろうと」
足を落ち着けられなくなれば、後は、重力に従って落ちるしかない。俺は足の裏にある痛みに耐えつつ、そのままの姿勢で落下していった。狐化しの言葉に答えている余裕は最早なかった。
と、その刹那。俺は背の翼を震わせ、20枚ほど、羽を射出した。その照準は、祭壇の上の狐面に向けられている。
「━━やるね」
しかし、その羽もまた、京子のAdvanceに爆破され、狐面に到達することはない。
「神にも等しい力。当然私は欲しかったけど━━でも、それを手にすることは怖かった。何しろ、相手は神よ。何のリスクもなしに手に入れられる代物じゃない」
だから、と。地面に激突した俺の頭上で、狐面は嗤うように言う。
「ノア━━いや、コード「世界の失敗作」に、力を全て譲渡することにしたのよ。力なんて所詮、目的のための手段でしかない━━何も、私の中になくたっていい」
その言葉に、俺は愕然とした。
少し前、俺は見ていたのだ。六枚の翼を背に携え、狂ったように力を振るうノアの姿を。
狐面は、ノアに力を譲渡する、と言った。だが、現在時点であれだけ制御の効かないものを、これ以上強化すれば、結末はただ一つ━━破滅だ。
「あんたの計画は...失敗するよ。上手くいく筈ない! 計画のコードが「世界の失敗作」だっていうなら、それはあんただ!」
感情のままに、俺は叫んだ。その間にも、態勢は整えられている。
どうやら、さっきの落下で受けたダメージは少ないようだ。まだ動ける、まだ戦える。胸中でそう唱えながら、再び狐面に突撃しようとした時だった。
俺は、祭壇へと続く階段に人影を認めた。それは他の誰でもない、亮その人だった。
「うおおおおッ!」
叫び、亮は、階段を上りきって、狐面の顔に容赦のない殴打を叩き込んだ。その拳からは、あらゆる躊躇が消え失せていた。
と次の瞬間、狐面の手から刀が消える。
停止者能力が発動したのだ。それで、奴の元から京子のAdvanceが消滅したので、刀もその存在を維持できなくなったのだろう。
「今のは...痛かったわ」
狐面は、怨嗟の念がこもった声で呟くと、素早く「アドバンスコール、特異現象」と唱えた。それと同時、狐面にめり込んだままだった亮の拳が大きく外側へ吹っ飛ばされる。
しかし、それで亮が無力化できたわけではなかった。亮は態勢を立て直しつつ、その反動と共に、左拳で攻撃をしかけたのだ。
「━━甘い」
その左拳が狐面に到達する寸前のことだった。なんということか、その拳もまた、大きく外側へ弾き飛ばされたのだ。
Advance。その現象は、間違いなくAdvanceだ。
そのことは、亮も当然承知している筈だった。いくら狐面に攻撃を仕掛けても無駄だということは。
だが、亮は尚も攻撃をしかけようとする。今度突き出されたのは頭だった。その向かう先には、狐面の頭がある。
その頭が━━大きく後方へと弾かれる。体の中心線上にある頭が弾かれた亮の重心は当然、後方へと傾き━━態勢を立て直す暇もなく、彼は祭壇から落下した。




