消失者2ーーVanishingーー
早く投稿すると宣言しておきながら遅れてしまいました、本当に申し訳ない。
...ここまで謝罪が続くと薄っぺらい奴だと思われてそうで怖いです。
俺は奴が消えた瞬間、奴に背を向けて全力遁走していた。
奴の足の早さがどれだけか知らないが、全力で走ればある程度の距離は逃げられるだろう。それに、俺は50メートル走7秒台。短距離なら陸上部や野球部以外には勝てる自信がある。
いかに奴が冷静さを取り戻したといっても、足の速さが急に変わったりはしないだろう。
ーーしかし、問題は俺がどこまで走れるか、だ。
全力疾走のペースで走っても、走れる距離はせいぜい100~120メートルが限界だ。その距離の中で、奴を出し抜ける策を見つけられるかが問題となる。
(取り敢えず、羽を三枚ほど背後へ射出だ)
「翼」は素早くそう指示する。俺はそれに従い、三枚翼を射出した。だが、翼は空を切ったのか、背後の空間へ抜け、どこまでも突き抜ける。それを一旦消滅。再顕現することで手元に戻すと、更に間髪入れず一発、奴に向けて追撃を放つ。
今度の攻撃は奴に当たったようだ。キン、という鋭い金属音が弾けると同時に、羽が地面に転がる。
奴は、ナイフを手元に持っている。その事実を改めて確認することで足の動きが鈍くなる気がしたが、振り切るように頭を振ると、程良い倦怠感が恐怖を麻痺させた。俺はその倦怠感を足にまとったまま、地面を蹴って前方へ進む。
(ここで6秒。奴の透明化は解かれる)
「翼」がそれを宣言すると同時に、俺は背後を振り返る。背後の奴はやはり、透明化を解いてこちらへと駆けてくる。しかし、さっきの羽を迎撃するために奴は歩みを止めた。それで、奴のスタミナは俺よりも消費されている。その足はさっきよりも少し遅い。倦怠感によるものだろう。筋肉が悲鳴をあげているのだ。
(どこまで逃げればいい?)
俺がそう問いかけると
(そこの河原までだ!)
と「翼」は答える。山までは遠すぎるので、河原に行けということだろう。幸い、河原までは足がもちそうだ。
俺は全力疾走し、スタミナの最後の一滴を燃やし尽くさんとする勢いで駆けた。そして、河原へ辿り着くと足を止め、肩で息をして呼吸を整えつつも、却逆の翼を展開して警戒態勢を取る。奴はまた消えていた。姿が夕闇にかき消え、俺の目の前の虚空には何も見いだせない。
一見すると、この状況は追い込まれたかに見える。しかし、そうではない。河原は逃げ場がない。だからこそ、このフィールドはやり易い。
俺はできる限り羽を落とすと、それを全方向に射出した。
俺が落とした羽は全部で10枚。どうやら、一度に落とせる翼の量はそれが最大のようだ。それに、10枚一気に展開するのは時間がかかる。
しかし、俺は奴と十分な距離をとっていた。落とす→構える→射出の手順を実行する頃には、奴は俺との間合いを詰めているだろう。
予想通り、奴と俺との間合いは2メートルにも満たないほどだった。それだけ接近されていたという事実にはゾッとさせられるが、迎撃が成功した今にとっては関係ない。
羽は奴の腕辺りに突き刺さったのだろう。奴はギャッという悲鳴をあげて鮮血を河原に垂らした。
奴が透明化できるのは恐らく「指定した範囲のみ」なのだろう。ならば、予期せぬ流血を包み隠すことは不可能に近い。
血が流れたことにより、奴の位置は露見した。俺はそこに走り込むと、腰を入れていない右拳でのジャブを放った。一拍おいて拳に伝わった手応えは、今のジャブが命中したということを暗に指している。
そこから腰の入った右ストレートを叩き込む。当然、拳は「却逆の翼」で威力が倍加させてある。俺の拳に再び手応えが生まれると同時に、透明化を解いた奴は遥か後方まで吹っ飛ばされた。
「お前の、「透明化」...冷静に考えると、そこまで強い能力じゃないな」
(もっと上手く使えなかったのか?)
「翼」と同時に奴へそう言い放つと、俺はゆっくり奴に歩み寄る。あの回復カプセルをもう一個携帯している可能性は捨てきれなかったので、背中の翼はいつでも展開できるようにしているが、それ以外はまるで武装もしていない。正面から何も勘繰らずに見ると、俺は丸腰であるように見られるだろう。
だから、奴が切り札をまだ隠し持っていたとしたら、相手は心理的に、それを使ってしまうだろう。こちらは丸腰(であるように見える)なのだ。心理的にも肉体的にも追い込まれた状況で、相手が油断していると理解(錯覚)したら、誰でも切り札を切る。
しかし、奴は何もしなかった。ポケットをまさぐることも、たった今耐えきれなくなって5メートルほど向こうへ飛ばされたナイフに手を伸ばそうとも、徒手空拳でこちらへ向かおうともしなかった。
奴の意識はあるだろう。目は開いているし、常に低く呻いている。それが「薬」の影響であるかどうかは分からないが。
「ーーじゃ、聞かせてもらいましょうか。なんで僕を襲ったんです?」
「ンなもん...決まってンだろ...! お前が近森さんに手ェ出したから...!」
そう言われ、俺は「はあ!?」 と叫びそうになった。
(ほほう。恋のライバルというわけですかぁ)
誰が恋のライバルかっ! と「翼」の言葉を一蹴してから、俺は思考を巡らせた。
文化委員長の近森さんと言えば、2年生の間では有名な人らしい。勿論、アイドル的な意味で。
近森さんはアイドル的存在らしい。これは卓球部の友だちから聞いたことだが、2年生は1クラスの男子の7割りが。1年生では1クラスの男子の3割ほどが、近森さんに惚れているらしい。
しかし、俺は違う。確かに、近森さんは中学生離れした美貌を持っていると思う。はっきり言って、絶世の美少女だ。
ーーでも、惚れてはいない。
(さて、それはどうしてかなぁ?)
水を差す翼を尻目に、俺は思考を続ける。だが、答えは出ない。まどろっこしくなって、俺は目の前の奴に向かって
「思い当たるフシがないですね。手を出したって、具体的にはどんな?」
と聞いた。すると、奴はまるで獲物を見つけた野犬の如く、
「ふっざけんなァ! てめぇ自信の胸に聞いてみろ! 近森さんがッ! お前以外にあんな良くしているところを見たことがあるかこの童貞インポ野郎が腐って死ね3秒で死ね2秒で倒れろ!」
と早口でまくしたてた。支離滅裂で文節と文節同士に関連性が見いだせないので、まるで精神的ダメージはないが、お前以外に~の下りは思い当たる節があるような...気がする。
普段の近森さんのことを、俺は知らない。近森さんと話したことは何度かあるが、その全てが文化委員の活動内容についてのものなので、俺と近森さんはドライな関係にあるのだろう、と思っていた。
しかし、今思い返してみれば、世間的な話し合いから、趣味的な話し合いまでしていたような気がする。
それくらい誰でもするよなぁ、とずっと思っていたが、良く良く考えてみると、友人未満の関係性を保ちたい相手に対して、そういう個人的な事は言わないだろうし、世間話など持ちかけてこないだろう。
(しかしよぉ、そこが分かんねーな。絶世の美女であり、少なくとも学年一のアイドルが自分に積極的に話しかけてきてくれているんだぜ? どうして積極的にならねぇ?)
それが心ってもんだよ、と詩的な回答を胸中で寄越してから、俺は言葉を紡いだ。
「ち、近森さんは優しい人です。誰にでも分け隔てなく接しているだけです。特に好意を向けられているとか、そんなんじゃないです」
実際、その言葉はさっきの思考を否定するものである。
「てめーこのプレイボーイが!」
しかし、相手は聞く耳を持たない。いくら先輩とは言えど、もういっそのこともう一発くらい殴って記憶を飛ばそうか、などと危ない思考をまたたかせた時、「翼」が言った。
(取り敢えず、こういう問題ってさ、収拾つかなくなることが多いからさ、催眠かけようぜ)
俺には、何を言っているのかいまいち分からなかった。催眠をーーかける?
(催眠って、ええとーー心にイメージを刷り込ませるっていう、あれのことか?)
(そう。尤も、やるのは暗示かけるくらいだけど)
「翼」はそう言うと、頭の中で催眠用の言葉を発し始めた。俺は慌ててそれを復唱する。
儀式は7分ほど続いた。3分頃の時は本当にかかるのか心配だったが、5分を越えるとまるで自分が全能の神様にでもなった感覚に囚われるほど相手をコントロールできるようになっていた。
俺は彼を道端に放るのは酷だと考え、公園のトイレまで運び込むと、その場を去った。
そろそろ主人公が苦戦する話とか書きたいです。これは無双モノではないので。




