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アドバンスーAdvanceー  作者: Star Seed
第四章「翼たちのプロローグ━━
77/91

初夜1ーーSide Outer Novaーー

更新が遅れて申し訳ないです。八月中にはなんとか完結させます。

 ――11月22日、金曜日。暗室で、男女が話している。


「――いよいよ、ね」


「……遂に、実行なされるおつもりなのですね」


「そりゃそうでしょ。この日のために、私が、どれだけ――」


「尤も、発動は三日前でしたがね。効果が顕れるまでに、これほど時間がかかるとは」


「…Advanceは不確定要素の塊。理路整然とした精密機械じゃないのよ」


「そうですかね」


「そうよ。だからこそ、こんな無茶ができるの。

 さあ、始めましょう。もう未熟者メイデンなんて言わせない――。『初潮』はもう終わり。『初夜』の始まりよ」


「狐化し(フォックスメイデン)――『初夜ブライダルナイト』。もう、後戻りはできないというわけですね」


 ー◆◇◆ー

 

(……嫌な予感がする)


 いつもより早めに起床し、着替えを済ませた俺の脳裏に、翼の声が響いた。


 今日は11月22日の金曜日である。明日は休みであり、本来ならば、明日のためにモチベーションが上がる日だ。嫌な予感などする筈がない。


 ――尤も、ノアの件で、解放的な気分にはなれないのだが。


 それはそれとして、嫌な予感がする、と、神妙な声色で放たれたその言葉は、俺の体を緊張させた。


「――それって、どんな……」


(いや、気にしないでくれ。ただの勘だ。なんてことはない)


 翼はそう言ったが、俺はそうはいられなかった。


 気にせずには、いられない――。この緊迫した状況では、何が起こるか分からないからだ。


「狐面……あいつは、いったい何が目的なんだろうか」


 ひとりごち、俺は、自室から出て一階へと向かう。顔を洗い、歯を磨いてから、リビングへと入る。


 そこで、俺は違和感を感じた。


 現在の時刻は6時45分。俺はいつも、この時間には寝ているのだが、父さんと妹は起きているらしい。


 だが、リビングからは、人が起きて、動いている音がしない。テレビの音ーーニュース・キャスターの声は聞こえるが、朝食の調理音も、会話の声も、一切が、俺の目の前の扉の向こうの空間からは欠落してしまっていた。


(今日はやけに静かだな)


 翼がそう呟くとともに、俺はリビングへと続く扉を開け放った。


 ーーそして、愕然とする。


「な……!」


 なんだこれは。そう続く筈だった言葉を飲み込み、俺はリビングへ駆け込んだ。


 そこには、異様な光景が広がっていた。


 朝食を作っていた筈の父さんは、冷蔵庫を開けたまま地面に転がりーー妹も同様に、スマートフォンを握ったまま、ダイニングテーブルの前で倒れていたのだ。


 俺は素早く妹に駆け寄り、一抹の躊躇を心の奥に押し込むと、脈をはかる。


 幸いなことに、脈は正常だった。正常すぎて、むしろ不自然なほどだった。


 そしてそれは、父さんも同様のようだった。妹に続いて、俺は父さんの脈もはかったが、そこにも異常はなかったのだ。


「どういう、ことだ……?」


 気絶ーーいや、昏睡している。


(昏睡、か。なあ柊人。この状態、前にも見たことがなかったか?)


 翼の言葉に、俺は首を振る。


(京子が天駆のペガサスドリームとか呼んでた、連続集団昏睡事件の被害者と、全く同じ状態だよ。お前、教室で倒れた奴のこと、忘れちまったわけじゃないだろうな)


 その言葉で俺は思い出した。言われてみればそうだ。


「天駆のペガサスドリーム。あれは確か、狐面の能力の一端だったよな」


(確証はないがな。その推測はきっと正しいだろうよ。オレ達の前で、奴は、悠真を昏睡させて、スライムを生み出したんだ)


 狐面。未だ実態の掴めない、悪意の塊。


 そいつに対して生まれた怒りを噛み殺し、俺は口を開く。


「……天駆のペガサスドリームと狐面のAdvanceーー狐化し(フォックスメイデン)とか言ったかーーは、繋がってるってことだろうな。それも、かなり深いところで」


(うむ、それに関してなんだが……ひょっとして、奴が誰かのAdvanceをコピーするためには、その相手を昏睡させる必要があるんじゃないか?)


 はっとした。それは盲点だった。


 そして、その推測は的を射ているように思えた。天駆の夢の中で死んでいたという京子のAdvanceは、奴にコピーされていたのだ。


「でも、そうだとすれば、奴は何のために、俺の家族を眠らせたんだ?」


(ーー柊人。それは違うかもしれないぞ)


 ふと。翼が意味深なことを言ったので、俺は「どういうことだよ?」と問いかけた。


(奴が眠らせたのは、本当にお前の家族だけなのか?)


 その言葉に、俺は再びはっとした。



 父さんが作りかけていた朝食を完成させ、それを平らげ、俺は家を出た。それは、いつもと比べると遥かに早い登校時間だったが、そんなことは気にも留めなかった。


 登校中。俺は、何度も車道を見た。いつもなら、こんな時間でも、乗用車の一、二台は通る。


 だが、今日に限っては違った。この日、俺の視界を、乗用車は一度も駆け抜けなかったのだ。


 異常。俺はふと、そんな言葉を思い浮かべた。


 そんな俺の足元には、何人もの人間が転がっている。一見すれば、それは死体のようだったが、足元にあるのは、確かに生きた人間の体なのだった。


 昏睡状態。今、彼らはその状態にある。


「くそ……! ホントに、起きてる奴は一人もいないのかよ…!」


 毒づきつつ、俺は学校へと走る。


 走り、走り、学校へ着いた時、俺は、自分のミスに気がついた。


 朝早くに学校に来ている生徒は少ない。ということは、昏睡状態にない人間を探すために学校に行く、という目的は、達成されづらいということだ。


 俺は自分が、パニックに陥ってしまっていることを自覚した。冷静になれていないーー。それは、この非常時において、絶対に陥ってはいけない状態である。


(この状態は、間違いなく異常だ。何が起こるか分からない。くれぐれも、用心だけはしとけよ……!)


 翼の言葉に、俺は頷く。


 今まで、俺は何人ものAdvance使いと戦ってきた。その誰もが、明確な殺意を持って俺を殺しに来ていたがーー自分はまだ、生きている。


 それはきっと、用心を重ねてきたからだ。細心の注意を払って、命を守ってきたからだ。


 今までもそうしてきた。これからも、俺はそうやって戦っていくのだ。


 一先ず、俺は、SHRの時間まで学校で待つことにした。そこまで待って、誰も学校に来なければ、街を探索することになる。


 西校舎1階にある自分の教室に入ると、俺は持ち込んだ本を広げ、読み始めた。H・Pラヴクラフトの全集である。


 そうして数十分が経った頃だろうか。ふと、俺は、教室の入り口のドアに嵌め込まれたガラスに、人影を認めた。


 起きている人間がいる。その事実は、俺の体を緊張させた。あれだけ待ち焦がれた存在である筈なのに、それと相対することを、自分は何故か恐れていた。


 嫌な予感。俺の心にあったのは、早朝、翼が感じていた「それ」なのだろう。


 しかし、実際のところ、いつまでも動かないわけにはいかなかったので、俺は本をしまって、席から立ち上がった。


 誰が来るのだろうーー。優等生の西野だろうか。それとも、朝練があるとかいう、バスケ部の峯岸だろうか。


 そんなことを考えていると、俺の目の前でドアが開いた。


「峯岸……」


 ドアの向こうにいたのは峯岸だった。中学一年生とは思えないような筋肉質なその肉体を、見間違えるはずはなかった。


(……違う)


 しかし。


(奴は……お前の言う「峯岸」じゃない………!)


 「それ」は、峯岸ではなかった。俺は一目でそれを理解することができた。


 奴は。奴はーー。


(Advanceそのものだッ!)


 顔に嵌められた狐面。そして、そこからのぞいている無機質な瞳。


 それは、人間のものではなかった。あの時、廃ビルで襲いかかってきた悠真のコピーと同じ……狐化しの能力で作られたものだった。


 次の瞬間。突き出されたそいつの手から、何かが投擲ーーいや、「射出」される。


 俺は直前に回避行動を取っていたので命中しなかったが、それは果物ナイフのようだった。実に簡素な刃物だ。切れ味など期待できないだろう。


 だが、そのナイフは、俺の頬をかすめ、背後にあった窓ガラスに突き刺さりーー破壊してしまったのだ。


(こ、このAdvance……まさか、あの下駄箱の………!)


 その言葉で俺は思い出した。俺たちがまだ七道先輩の正体に気づいていなかった頃のことを。


 今、俺の背後にあるナイフは、あの時のものだ。あの時の狙撃手が、今、目の前にいるーー。


 俺は一瞬、奇妙な感慨に囚われたが、感傷に浸っている暇はなかった。このままここに突っ立っていたら、殺されてしまう。


 俺は峯岸のコピーが入ってきた方とは逆のドアから、教室を出た。


 ーーそして、そこで愕然とする。


 なんと言うことか、廊下には、峯岸のコピーとは別の狐面があふれていたのだ。一階の廊下だけで、ざっと7体はいる。


(くそ、ちくしょう。そう言うことかよーー)


「ど、どう言うことだよ?」


 俺が聞くと、翼は、


(最初から、狐面の親玉はこれを狙ってたんだ! オレたちを包囲することをーー)


 と答えた。


 それは、地獄のラッパのように、ひどく冷たく、残酷に、俺の脳に響いた。


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