欠落した者共ーーGo To Frontlineーー
11月18日、月曜日。主人公の力を持つ男、暦有馬 治は、学校からの帰り道、並走する少女に向かい、
「山城。君は、Advanceというものを、どう考えている?」
と質問した。それはことを知らない者からすれば、意味不明な質問だったが、しかし、彼と並走する少女、山城 冬下は、しっかりと意味を理解していた。しかし、彼女は、少し困ったような顔になって、言葉を返した。
「どう、とは?」
「その存在について、だ。何故、こんなものが、私たちの身に宿っているのか。何故、これまで、ごく少数の人間にしか発現しなかったものが、ここ数年━━三年、という明確な数字は出ているわけだが━━頻発するようになったのか。━━君はどう思う? どうして、そんなことになったのか、分かるかな」
その言葉に、冬下は一瞬得心したような表情になってから、直ぐに難しい表情を作り、考えをめぐらせ始める。
「あなたに、主人公としての力が目覚めたから………ではないでしょうか」
それは、今までと同じような、心底から暦有馬を尊敬するような声色だった。
彼に宿った、主人公としての能力━━オーヴァー・トップ・ノヴァは、人間の器官を模した「ノヴァ」シリーズの中でも重要な位置付けにある。その位置は頭━━つまり、頭脳だ。
ノヴァの頭脳。そこに宿った力は、Advanceを作ることすら可能だ、と、冬下は信じているのだった。
「まあ、そういう見方もあるだろうな」
暦有馬は彼女の言葉を否定せず、「だが━━」と言い、続けて口を開いた。
「私は、それよりももっと、根本的な部分に、今の状況の原因が眠っていると思っている」
「と、言いますと」
「そもそも、Advanceとは、人間の心に……存在に、欠けた部分が、異能力として発現したものだ。人間の体に備わった、防衛装置と解釈してもいいか━━このまま、何かが欠けたまま成長すれば、取り返しのつかないことになるぞ、と、体が危険信号を出しているときに、Advanceは発現する」
その言葉に、冬下は驚いて目を見開いた。
「それでは、私に宿った力は━━」
「君には、すべての存在に無くてはならないものが欠落している、ということだな」
多幸感への爆弾。それが、冬下に宿ったAdvanceの解名だった。しかし彼女は、その解名を滅多に呼ばない。━━いや、発現して以来、一度しか呼んでいないのだ。
解名は、その「欠落」を人間が乗り越えた時に、Advance所有者に与えられるものだ。大抵それは、元々の力を強化するために存在する。欠落を、自らの「長所」とするために。
しかし、彼女のそれは違った。彼女の解名は、それ自体では破壊性を持たない、元々の性能に数段劣る代物だったのだ。
「話を戻そう。━━Advanceが欠落そのものだというのはさっき言ったと思うが、それが多くの中学生に発現しているということは、つまり………皆の中にある空洞が、増大してきている、ということだな」
「誰も彼も、ちゃんと成長できていない、ということですか?」
「恐らくは、そういうことなのだろう。「欠け」過ぎているんだな、つまり」
暦有馬は淡々と告げる。それは自分も、そして、冬下も同じだが、そんなことなど意に介していないようだった。
「その欠落は、Advanceが消滅する16歳までになんとかしなければならないものだ。しかし、大抵の人間は、Advanceを手にしても、欠落を克服できない」
「それでは………」
「勿論、社会の仕組みからあぶれてしまう。そういう、不出来なAdvance使いは、長い歴史の中でも何人か存在したようだ。だが、それはごく少数だった。だからこそ、あまり大きな問題にはならなかったし━━Advanceが周知されることもなかった」
だが、今は違う。暦有馬は言葉を続ける。
「今や、殆どの中学生が、Advanceを発現させられるような欠落を抱えている。力の発現は素晴らしいことだが、その理由は良くない。彼ら彼女らは「欠けている」んだ。そんな人間たちが、一斉に社会に出れば━━既存の仕組みに対応しきれず、一斉にあぶれてしまうだろう」
そうなれば終わりだ。彼は悲愴な響きをはらんだ声で語り続ける。
「だからこそ、そんなAdvance使い達を、私のような者が支配しなければならない。管理をする者が居ない力など、何の意味もないからな」
さらりととんでもないことを言うが、彼の真横の冬下は、そのことをとっくに承知しているようで、異を唱えることも、殊更に肯定することもせず、ただ頷くだけだ。
「━━私の身に宿った「ノヴァ」は、複雑化した欠落の集合体………この力を以て、私がすべてを支配する」
━━その声は、冷静なようでいて、どこか、恍惚に酔っているようでもあった。




