目覚めーーOver The Extraーー
基却色の外殻の、複製。
その言葉は、嘘であって欲しかった。あのAdvanceとは以前に一度戦っているが、こちらの攻撃を完全に反射してしまうあの能力は、正直なところ厄介極まりない。
あの時は、激戦の果てに勝利できたがーー次はどうなるかわからないのだ。
いや、言葉を濁すのは止そう。不確定要素であった七道先輩のアシストも、戦場を変えることも容易ではないこの状況・場所で戦えば、十中八九敗北する。あの勝利は偶然の賜物、いわば奇跡だ。奇跡は二度と続かない。
(く、くそ、やるしかないのかッ!)
翼のその言葉が響くと同時。俺は地面を蹴って、前方に飛び出した。
ーースライム後方、ノアが立っている場所へと。
この場に於ける勝利条件は、ノアと悠真を救出することだ。敵を殲滅することではない。
悠真のコピーも、この行動には反応できなかった。このまま、ノアを連れ去って逃げることができれば、それで事は済む。
後数歩で届く。それを確信した俺は、一層強く、地面につけた足に力を込めーー
そして、突如として身を襲った揺れのために、足を止めた。折角発生させた力は、俺を転倒させるためのエネルギーとなって大気に消える。
(う、嘘だろ………)
何が起こったのか、一瞬では理解できなかった。それはあまりにも人智を超えた事だったので、矮小な自分の認識力は、しばしそれに対応できなかったのだ。
廃ビル。建設途中で投げ出されたそれは、真っ二つに切断されていた。境目は、丁度、俺とノアの間。
切り裂かれたうちの片方、あの狐面とノアが載っている方は、真後ろへと、自重で「落ちて」行く。
「アドバンスコール、理逆の世界」
そんな中、ふと、あの狐面の声が聞こえた。
それは、通常の解名詠唱とは少し毛色が違った。なんというか、魂がこもってない、と言ったらいいだろうか? まるで、解名なのに解名ではないようなーー。
と次の瞬間、狐面と、そいつに触れられていたノアの姿が、俺の視界から搔き消える。
「の、ノアーーーーッ!」
叫ぶも、彼女は現れない。
その代わりに、俺の言葉に答えたのは悠真のコピーだった。背後に居た奴は、足のAdvanceをくるぶし辺りまで解体し、それをこちらへ射出してきた。
逃げ場がない。俺は一瞬、そう思考してしまったが、直ぐに冷静な思考を取り戻す。冷静でいるという事は重要だ。精神を乱されていれば、勝てる戦いにも勝てない。
「却逆の翼」
素早く詠唱してから、俺は翼を中ほどまで解体し、それを連ねて盾を形成した。
その盾に、悠真の攻撃は全て命中し、ガラスが砕け散るような轟音が、部屋中に響きわたった。
羽が砕けたのだ。その事は、装着者である俺が一番よくわかっていた。
しかし、悠真の攻撃は、こちらへは向かってこない。羽を二重構造にして盾を作っていたためだ。奴が砕いたのは、二重構造のうちの一層目に過ぎない。
「食らえッ!」
俺はその羽を、お返しだ、と言わんばかりに奴へ向けて全弾射出した。そして、その隙に、戦線から離脱する。
さっきので吹き抜けになったビルから飛び降り、そのまま、足の痛みも気にせず走り出す。
奴は危険だ。それを野放しにしておく気は無い。
だが、今の俺では奴に勝てない。舞台も悪いので、本当にどうしようもないのだ。
だから場所を変える。一時的に撤退して、最後には勝利する。
(な、なぁ。奴は解名詠唱とか、できるのかな?)
ふと。ちらりと背後を見遣った直後、翼が俺に話しかけてきた。
「そりゃ、できるに決まってーー」
たしなめるように答えようとしたところで、俺の言葉は止まった。
そう言えば、今までに遭遇した奴らは、解名を使ってこなかった。ずっと前に邂逅した時には、解名を使っていたにも関わらず。
ーー命を賭けるには、あまりにも希薄な材料の仮定だ、それは。
ーーそれを信じて死んでしまえば、元も子もない。ただの間抜けだ。
だが、それでも。
いや、だからこそ、命を危険に晒してきたのが、神無月柊人だ。
「黒銀の翼!」
謳うように解名を呼ぶと、俺は足を止めて背後を向いた。
後ろからは、狐面を装着した悠真が走ってくる。数秒とかからないうちに、間合いはゼロになるだろう。
(狙えよーー。絶対に寄せ付けさせるな……!)
脳内で声が響くと同時、俺は黒くなった背の翼を20枚ほど一気に解体し、それを、奴の方向へ向けて射出した。
しかし、その羽は、倍以上の数の「基却色の外殻」構成パーツに弾かれる。
黒銀の翼の硬度は、通常のノヴァ・シリーズのそれを凌ぐ。しかし、それでも、破壊できない訳ではない。今のように、二つ以上のパーツで迎撃されればやられてしまうのだ。
そうこうしているうちにも、どんどん間合いは詰められていく。
それでも、俺は逃げようとしない。間合いを広げようとしない。
(柊人………?)
翼が心配そうに声をあげる。
だが、何も心配はいらない。そんなものは必要ないのだ。
奴が迫ってくる。俺はそれを見やり、再び、羽を射出した。しかし、その羽はまたも、足のパーツに弾かれる。
そこで、遂に間合いがゼロになった。奴の足は、後一回解体させれば、もう歩けなくなるほどにパーツが減っていたが、この距離では、羽による迎撃ができないので、あまり関係がない。
しかも、それにより、奴の足は尖った、鋭い刃物へと変容していた。あれで切り裂かれれば、一溜まりもない。
それでも、俺の心に恐れはなかった。
次の瞬間。間合いがゼロになった瞬間、奴から繰り出された渾身のトーキックを、俺は僅かに体の軸をズラすことで回避した。
下段から上段へ振り切られた脚が、引き伸ばされたまま宙に固定されるーー。
その隙に。俺は、奴の鳩尾へと、全力の右ストレートを打ち込んだ。
中距離から飛び道具で撃ち合う戦い方を選べば、確かに死傷率は低下しただろう。ーーしかし、それでは決定打に欠けるのだ。
だから、俺は「これ」を選んだ。接近戦に持ち込み、そこで、得意技である右ストレートを打ち込む、という戦略を。
これで、一発消滅とはいかなくとも、大きなダメージを負う事は確実だ。
奴は俺の拳を受け、大きく吹っ飛ぶかと思いきやーー有り得ないくらいあっさりと、その場で消滅した。
ーー霧散、していない。




