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アドバンスーAdvanceー  作者: Star Seed
第三章「Fox Stories」
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クロムメタルの夢ーーDream For Foxーー


 ーー少し前に、悠真が言っていたことを思い出す。


 「そのカルト教の教祖は、二対一体の却逆の翼を持つ」と。


 却逆の翼の片翼は俺の手元にある。したがって、その人物の「それ」も、やはり片方にしか存在しないものなのだと、自分は勝手に判断していたのだがーー。


「両方とも………だって?」


 冗談ではなかった。


 奴の背中から伸びている翼は、間違いなく、何度見ても、両翼とも却逆の翼だ。


 そんなことは、ありえない筈なのに。


「へぇ。意外。覚えてないんだ?」


「なん……だって…?」


 覚えてない。その言葉で、俺は胸中にあった漠然とした予感が真実味を帯びるのを知覚した。


 奴は。俺から、却逆の翼をコピーしたのか。


 ーーしかし、そうだとして、それはいつだ?


「まあいいや。問題なのは君じゃない。今のところ、用があるのはそこのボトルネックとノヴァの足だけだ」


 ノヴァの足。それは悠真の持つAdvance、基却色の外殻(アンダーノヴァ)のことだろう。


 ボトルネック。それは、ノアのことを指す言葉なのだろう。


 それを理解した途端、体の奥底から沸々と怒りが湧いてくるのを感じる。


 こいつだ。あのいたいけな少女を荒ませてしまったのは。まるで道具のように、失敗作と名をつけ、管理してきたこいつがーー。


 しかし、その憤激を外へ向けるよりも早く、悠真が口を開いたので、俺が発言するタイミングは無くなってしまった。


狐化かし(フォックスメイデン)に、空間を断裂させる能力と、刀のAdvance。お前、それだけのものを抱え込んで体がつと思っているのかーー」


 どこか呆然とした声色だった。心なしか、その声の中には畏怖が混じっているように感じる。


「まさか。16歳を超えたこの身が、Advnceを受け入れられるわけないでしょ」


 その言葉に、悠真が息を呑む。


 俺は何のことやら状況が掴めずにいたが、何となく、眼前の狐面が「異常」なのだということは分かった。


(Advanceは「ノヴァ」シリーズという例外を除き、16歳で消滅する。体が、「毒」に変異してしまったAdvanceを排除するためにーー)


 翼が呟く。どこか詩的な言い回しではあったが、俺はそれで、事態の大方をつかむことに成功した。


 つまりあの狐面は、自分の体を毒で蝕んでいるも同然ということなのだろう。


(しかし、どうやって力を留めているんだーー? 「毒」は、体の免疫機能で完全に排除される筈だ)


「あー、そこの翼君は、どうやって力を留めてるんだ、だとか、疑問に思ってるんだろうね」


 ふと。まるでこちらの会話を傍受したかのような言葉をかけられたので、俺はびくりとした。


「Advanceの「却逆の翼」化。それで分かるかな?」


 却逆の翼化。どういうことなのか、俺には理解することができなかったが、しかし、心の中で翼が息を呑むのが聞こえたので、奴がとんでもないことをやらかしたのだということは理解できた。


(まさかーーまさか、その為に、ノアをーーッ)


「ノアはそのための存在ってことさ」


 言いつつ、奴は刀を中段に構えて悠真に突進した。


 彼はその刀の横腹を蹴りつけることで何とか攻撃を凌いだが、その隙に、奴が空間を断裂させる能力を発動させたらしい。脇腹に切り傷がはしった。


「このォッ!」


 叫んだのは悠真も俺も同じだった。俺は奴に向かって再び「却逆の翼」で弾幕を張り、悠真は頭部に向かって蹴りを見舞おうとしている。


 逃げ場はない。確実に、奴はこの攻撃を食らう。


 事態は、それを確信した瞬間に動いた。


「ーーーーーー」


 奴ノイズ混じりの声で何かを詠唱した、その瞬間。


 奴の片翼が、消える。


 ーーその歪な言葉に、どこか懐かしいものを感じると同時。


 羽の大群と悠真の蹴りが、同時に何もない虚空へと炸裂した。


「消えーー」


 言葉は最後まで続かない。次の瞬間、悠真は鋭い音とともに吹っ飛ばされたのだから。


 何が起きたのか、直ぐには理解できなかった。


 そのAdvanceの作用を、理解することはーー。


 しかし、彼女が起こしたことは単純だ。幸いなことに、悠真が吹っ飛ばされた数秒後、俺はそれを理解することに成功した。


 ーー超高速移動。それにより、羽の大群と悠真の攻撃を同時に回避した後で、まるで瞬間移動でもしたかのように彼を攻撃したのだ。


黒銀の翼(クロムメタルウィング)ッ!」


 反射的に俺は叫んでいた。超高速移動というAdvance作用自体には、ついさっき出会ったばかりだ。


 そのAdvanceは、攻撃の直後に隙ができる。叩くなら今しかない。


 俺は背中から羽を射出しつつ、拳を振り上げる。


 しかし、よくよく見てみると、奴は「隙」と言えるほど硬直していない。すぐにこちらの攻撃に反応し、俺の渾身の打撃を受け止めようと手のひらを空に翳している。


 ーーとその刹那、奴は奇妙な行動に出た。


 こちらの攻撃を受け止めようとしていたのを逆転させ、手を空に翳したままバックステップしたのだ。それにより、俺の拳は空を切った。


「おっと、危ない危ない。「それ」に触れちゃいけないね」


「知ってるのか、この「黒銀の翼(クロムメタルウィング)」を」


 奴はこのAdvanceについての情報を持っているというのか。俺は触れたものを破壊する能力を、数えられるほどの回数しか使っていないというのに。


「対象物を崩壊させる能力ーーそうだね、それはーー」


 途中で、奴の言葉は途切れた。その顔は蒼白で、まるで幽霊でも見たかのようだ。


「な………ッ!? 嘘、嘘だ、そんなーー。それは、まさか、あの停滞のーー」


 それは意味の分からない言葉だった。しかし、何故だろうか、俺の体を、悪寒が支配した。


 この感覚はーー昏睡させられていた亮に対して抱いた、どす黒いものと同じだ。あの時の感覚と、全く同じものを俺は今感じている。


 まるで、体の中の何かが、自分という存在に反発しているかのような感覚ーー。


(叩け! やるなら今しかないッ!)


 ふと、翼の言葉で、俺は我に返った。


 それで、気付く。奴がバックステップした先。そこには、ノアが居る。


 このまま、ノアを連れ去られてしまうかもしれない。そんな思考が弾けると同時、俺は本能的に地面を蹴って奴に突っ込んでいた。


 しかしその直後。俺は体中に打撃を叩き込まれて地面に伏した。


 全く見切れなかった。おそらく、さっき、よく名前を聞き取れなかったAdvanceを使ったのだろうが、それは常軌を逸した、とんでもない速度であった。


 速さが不足している以上、こちらが相手に勝つ確率は絶望的になる。その上、奴は超高速で動くAdvanceの他に、ノーモーションで広範囲を攻撃できる京子のAdvanceも有しているのだ。


 それを見るや否や、悠真は起き上がって駆け出した。その体からは尋常ではない量の血液が流れているが、それでも、まだ戦う意思は消えないらしい。


「うおおッ!」


 疾駆の勢いを消さないまま、ある地点で飛び上がって必殺の飛び蹴りを見舞うーー。


 しかしその刹那。俺にしたのと同じように、悠真にも超高速の攻撃が叩き込まれた。それを受けたのか、彼の動きが空中で止まる。


 だが、それが見えたのは一瞬だった。瞬き一回ぶんほどの、短い時間。


 その次の瞬間には、悠真は、奴に頭を掴まれて宙ぶらりんにされていたのだから。


「悠真ッ!」


 堪らずそう叫ぶも、しかし返事は返ってこない。彼はぐったりしたまま、動かないーー。


「予定が変わった。君はここで始末「させる」」


 ブツブツと呟いてから、奴は手の力を一層強めて、謳うように言った。


狐化かし(フォックスメイデン)


 解名詠唱。それが響くと同時、悠真の顔に仮面が出現し、そして、その体から、黒っぽい、スライム状の何かが染み出してきた。


 そいつはひとしきり身を打ちふるわせてから人の形へと変化し、やがて、その顔に仮面が出現する。


 ーー今、俺の目の前で、天駆の夢(ペガサスドリーム)がその正体を現した。


「さ、存分に戦うといいさ。基却色の外殻(アンダーノヴァ)のコピーとさ」


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