暦有馬という人間ーーOver Lierーー
ーーこれは、進み続ける物語の、間隙に潜む陰謀の一端である。
ーーその図書館に、その男は居た。生徒会長、暦有馬 修。
「ーーふむ」
彼が手に持っているのは、「二代理論」という、あまり知られていない小説であった。それにも関わらず、貸出数が異常に多いのは、この本が、小説ではない、別の要素を含んでいるからだろう。
この本の別の名は「Advance歴史書」ーー。異能力、Advanceの歴史を記したものである。
そんな本の、ある1ページに。暦有馬は目を奪われていた。
(興味深いな。ーーなんてことだ)
普段、彼は決して動揺しない。
臨時休校開けスピーチの場で、少女「ノア」を見てしまった時も、他のAdvance使いと交戦した時も、彼の中に動揺は生まれなかった。それは無意識のうちに、「主人公」と胸中で揶揄する、自分のAdvanceへと、絶対的な信頼を寄せているからであった。
そんな彼は、彼にしては珍しく、一瞬、ほんの刹那の一瞬だけ、心の中で動揺した。
(まさか、ね)
彼はAdvanceに精通している。だから、当然、「その情報」も聞いたことがあったがーー。
(まさか、「却逆の翼」というAdvanceが、この世のどこにも存在しないなんてーー)
それは、とんでもない事実であった。
却逆の翼。翼の形をとるAdvanceで、その装着者はやがて世界を得る。有名な話だ。
あまり知られていないことだが、16歳に成った瞬間、人間の体内に存在するAdvanceというのは消えて無くなってしまう。それ以上の年齢になると、Advanceは体にとって「毒」になり下がってしまうので、人間の肉体は自動的にその「毒」を排除してしまうのだ。
しかし、その「翼」は消滅しない。却逆の翼というのは特別な存在であるからだ。
ーーこの世界には、これだけ「却逆の翼」というAdvanceの情報が蔓延している。
それが「存在しない」と。空想の産物だ、と。このAdvance歴史書は、終章に記しているのだった。
(終章の解読方法は私以外、誰も見つけていない。そうだ。この解読方法は特別なのだ。『偶々それを発見』したから良かったもののーー)
この情報は、多くの人間にとって毒にしかならない。
暦有馬は僅か興奮しつつ、ページをめくった。
確かにそれは興味深い情報であった。しかし、彼が求めているものは、そこにはない。
2、3ページほど進んだだろうか? ふと、暦有馬は手を止めた。
そして、どこか大人の余裕が感じられる、悠然とした笑みがその顔に浮かべられる。
「あった………!」
それは、「停止者」に関する記述であった。
停止者。却逆の翼を含む「ノヴァ」シリーズに、唯一対抗する手段だーーと、そのような文章から、記述は始まっている。
まさかその記述を、ノヴァの「頭脳」を持つ自分が読むとは、この著者も思わなかったろうな、と、そのようなことを考え、暦有馬は再び口元に笑みを浮かべた。
(停止者はAdvanceを停止させることができる。停止した後に前進することは叶わず、これを受けたものは二度とAdvanceを復活させられないーー)
前進に対する停止とは。単純ながら、中々計算された名前である。
(そんな停止者は、時代に一人しか存在しないと思われがちだが、実は違う。ーーこの力は二つで一つなのだ。二つ揃って、初めて完成するのだ)
その記述に、暦有馬は歓喜の叫びをあげそうになった。
これこそが、彼の求めていた情報であった。
停止者の不確定要素を知ること。それが、暦有馬がわざわざこの本を開いた目的だったのだ。
(停止者の資格者は、各時代に二人だ。その二人が揃い、そのどちらかがどちらかを殺害することで、能力は完全なものとなる)
それは、暦有馬の目には、神が設定した皮肉のように見えた。
なるほどそれは残酷なルールだ。まさか、「ノヴァ・シリーズ」の対抗策の奥の手が、ノヴァと同じ受け渡し方で成立するものだとは。これを皮肉と言わずしてなんというのだろう。
両者は、根本的な部分で同じなのだ。誰かを犠牲になければ力を得られないーー。
(完全となった能力は、全世界のAdvanceを同時に消し去る程の性能を秘めている。これを使えば、完全と成ったノヴァーー神の戦士すらも停滞させることが可能なのだ)
全世界のAdvacneを、同時に。
その記述に、暦有馬はさっきまでの悠然としたものとは異なった、虚無的な笑みを浮かべた。
彼には壮大な野望があった。それは副生徒会長にしか話したことはなかったが、彼はその野望を語るとき、今と同じような、虚無的な笑みを浮かべるのだった。
(もしかしたらーー。野望の、更にその「先」へ。神の領分に立ち入るどころか、聖域を作ることができるかもしれない)
暦有馬には野望がある。
ーーそれは、全ての「ノヴァ」シリーズを手に入れ、事象の涯まで到達する能力を我がものとすること。
その力を以って、統制された、完全な世界を作ることーー。




