面の下ーーOur Faceーー
目が覚めると、俺は未だアスファルトの上だった。
業火のごとき痛みはまだこの足に残っているが、さっきより幾分ましになったような気がする。もしや脳内麻薬が出ているのだろうか?
俺は取り敢えず、腕で体を支えつつ、背後へと目をやった。
そこには歪に爛れ、膝から先がなくなってしまっている自分の足と、その膝から先が分離して転がっていた。
それを見て俺は再度失神しかけたが、奴の最後の言葉を思いだし、こうしてはいられない、と奮起して、なんとか、転がっている膝から先を体にあてがった。
俺には却逆の翼があり、そして、それに付随する再生能力もある。それを以てすれば、「とれた足の再生」などという無茶も可能だろう。
次の瞬間。翼の再生能力が上手く機能し、足は見事、俺の体と融合した。
「便利だなぁ、却逆の翼」
これさえあれば、どんな大ケガをしても助かりそうだ、とそこまで思考したところで、こうしちゃいられなかったことを思い出す。
奴をーーあの狐面の女を、俺は追わなくてはいけないのだ。
「ーーつっても、あいつが何処行ったかなんて分からねーよ......!」
それを声に出してみても、結局、状況は何も変わらない。
ノアは悠真に任せておいた。あいつには彼女が見えるのだ。しかし俺には、あいつの連絡先だとか、そういうものが一切分からない。
取り敢えず、あの妙な青眼の男と遭遇したところに行ってみるのがいいだろうか。そう思考してから、俺は走り出した。
一抹の不安と、奴の得体の知れない能力に対する絶望を胸に、俺は町を駆ける。
(ーーなあ、柊人)
ふと。走る俺に、翼が声をかけてきた。口を開いて余計なスタミナを消費するのが嫌だったので、心の中で「なんだ?」と返すと、何やら神妙な声色で翼は言葉を続けてきた。
(お前、Advance、あった方がいいと思うか?)
「急にどうしたんだよ、今はそんな哲学語ってる暇はないだろ?」
そう答えると、翼は(そうだよな)と、言ったっきり黙ってしまった。
何か考え事をしているのだろうか? しかし、どんな内情があろうと、俺にそれを計り知ることはできない。
だから俺は黙ってアスファルトを蹴る。さっき自分で言った通り、今は哲学を語る余裕もないほど逼迫しているのだ。ノアが、あの狐面に連れ攫われるかもしれない。
それだけは、何としても避けなくてはいけないのだ。
✴︎
青目の男と遭遇した場所からは、既に、俺の知っている人物の一切が消えていた。
後には、戦いの痕跡だけが残っているーー。
俺は歯噛みした。あの狐面のボスらしき人物はともかくとして、ノアの動向さえ掴めないとはバカげている。
せめて、ノアの動きだけでも掴むことができればーー。
そう思考したところで、俺は前方に、何やら、仮面を被った男が立っているのに気付いた。
仮面は、夏祭りの屋台で売っているようなーー狐面。ここ最近、この街に出没しているやつだ。
「また狐面かーー!」
あの女はAdvanceを持った人間であったようだが、狐面は基本的に「実体」と言うものを持たない非人間である。
俺は幾多もの邂逅で、それを理解していた。そのため、今回の奴もその類だと判断し、先手必勝、とばかりに、背中に翼を展開させて、全弾を一気に射出した。
そいつはそれを、無謀にも手に持った包丁で受けようとしている。しかし、こちらの手数は100をゆうに超えるのだ。
次の瞬間、そいつは羽の洪水とも言うべきこちらの「攻撃」を受けて霧散した。
呆気ない相手だった。さして苦労もしなかったし、罪悪感というものもない。後には、血だまりも死体も残っていないのだ。
狐面をいくら葬っても、罪悪感は感じない。
だが何故だろう。俺は、今やった相手をどこかで見たような気がする。勿論、俺に狐面の知り合いなど居ないし、作りもしないのだが。
考えがまとまるより早く。今度は、曲刀を持った奴が、こちらに向かってその刃を振り下ろしてきた。
背後からの、轟速、という形容が相応しい素早い一撃。
しかし、それもそこまでの脅威ではない。刹那。俺はそれを翼を操作して受け止めると、黒銀の翼で粉々に砕いてしまう。
そして、そいつの鳩尾に向かって、翼のアシストで威力を倍増させた拳を叩き込む。
何度か受け止められたこともあったが、この一撃は一流のボクサーをも凌ぐ。それを受けた次なる狐面は、背後へ吹き飛ぶことなく、その場で消滅した。
俺はそれを張り詰めた目で見つつ、再び考えを巡らせ始める。
今のも「そう」だった。俺は今の曲刀野郎にも、どこか懐かしいものを感じているーー。
昔、俺はあのAdvanceを見たことがあるのか………?
そこまで思考したところで、思い出した。
そうだ。確かに俺は、包丁使いと曲刀使いを倒している。どちらとも、七道先輩によって操られていたAdvance使いで、前者は京子と協力して、後者は、初めて翼を使った殴打で、叩きのめした相手だ。
やはりーー。昔推察した通り、この「実体を持たない」狐面達は、現実に存在するーー恐らく、昏睡事件に巻き込まれた者のーーAdvanceを持っているのだ。
しかし、何だってそんなものを持っているんだ?
(な、なぁ。もしかしたらよ。これって、ひょっとすると………)
ふと。翼がそわそわした様子で言葉を紡ぎ始めたので、俺は「どうしたんだ?」と訊いてみた。
(いや、ただの思いつきなんだけどよ………まさか、突発的に昏睡した奴らが、この「狐面」達に成っているんじゃあないか?)
その言葉に、俺はどきりとした。
そうだ。その話にはある一定以上の信憑性がある。俺は少し前に、亮の背中から、スライムのようなものが湧き出るのを見ているのだ。
ーーあれが発展したものが、今、俺が倒した「狐面」になるということなのか。
(で、狐面、って言ったら、京子のAdvanceを使ってたあの女が装着してたものだよな?)
確かに、彼女はそれを装着していた。今思い返してみると、意匠が、他の、実体を持たない狐面達と全く同じものだったように感じる。
(だからよ)
(あの女のAdvanceは、「他人を昏睡状態に陥らせ、その眠らせた相手のAdvanceを奪う、もしくは、コピーするもの」なんじゃないのか………?)




