夢の狐は妖魔にも似てーーLast Of Prologueーー
お久しぶりです。ようやく近況が落ち着いてきたので、更新を再開したいと思います。
大変長らくお待たせいたしました。
「亮......」
夕刻。俺はまだ、その病室の、亮の傍らに立っていた。
あの後、精神的に落ち着いた京子は、顔を真っ赤に染めて「そっ、それじゃあ、家の手伝いがあるから、わたしはこれで!」と言い捨てて帰っていった。
ーー多分、俺も同じような顔をしていただろう。
しかし、京子が落ち着いた、ということ以外、問題は何も解決していない。亮の体から涌き出たスライムを殺したのに、彼は一向に目覚めないし、スライムの正体も、昏睡の原因も、何一つ情報を得られなかった。
唯一得られた情報と言えばーー亮が停止者の能力者だった、ということだ。
正直、そんな情報ならば知らない方が良かった。幸い、気付いたのは俺だけのようだが、この情報が流布してしまえば平穏な日常はたちどころに崩れ去ってしまうだろう。
亮は追われる身となり、下手をすれば、命を奪われかねない。
俺は今一度、亮の、穏やかな寝顔に目をやりーーそして、不意に心配になった。
このまま、心臓が止まって死んでしまわないだろうか、と。
「大丈夫、だよな?」
自分に言い聞かせるようにそう呟くも、涌き出た不安は留まるところを知らずに胎動する。
ふと。気付けば俺は、亮の脈を測っていた。首に手をやり、鼓動を確認する。
脈拍はーー正常そのものだった。以前、この症状を患った奴の脈拍を測ったことがあったが、この手に伝わる亮の鼓動は、それと全く同じだったのだ。
表面上は何ともない。しかし、内側では「何か」が蠢いている。
(おい、もう日が暮れる。早いとこ帰ろうぜ)
さっきまで黙っていた翼にそう促され、俺は名残惜しく亮に目をやってから、その場を後にしようとした。
だが。その瞬間。俺は、寝ている筈の亮にやった目を、そこから離せなくなった。
「しゅう.....と、か?」
その、言葉をーー。
その言葉を、発したのは。
他の誰でもない、亮だった。なんということか、彼は何でもなかったかのような、なに食わぬ顔で上体を起こしている。
「ま、亮......!」
思わず俺は圧し殺した声色で叫んでいた。
「はっ。なんて顔してんだよ。俺はこの通り元気だって」
そう言うと、亮はベットから出ようとした。しかし、体に繋がっている点滴やら何やらに邪魔され、ベットから出られなくなっているようだ。
「ええい、くそっ」
それでも、亮はへこたれず、それらを外そうとしている。
ーー本当に、何でもないんだろうか?
「な、なあ、体、ホントに大丈夫なのかよ」
そう訊くと、彼はやはりなに食わぬ顔で「ああ」と答えた。
「ーーっと、そうだ。あれは夢の話だ。いつ忘れちまうか分からない」
ふと。亮は呟いた。その意味は、正直よく分からない。
「お前には話しとくよ、柊人」
「ーーん? 何の話だよ?」
そう聞き返すと、亮は神妙な顔を作り、何やら話を始めた。
「俺、今までずっと、長い夢を見てたんだ。「それ」は、夢にしちゃリアリティがある、奇妙なモンだったがーーとにかく、今までの俺はその「夢の中」に居た」
それはどうやら夢の話であるようだった。昏睡中の、リアリティに満ちた夢。
「いや、なんつーか、話すのもちょっと気恥ずかしいんだがーー」
そこで、亮はこちらの顔からわずかばかし視線を背けた。
「気恥ずかしい?」
「あー、えっと、その。夢の中でさ、俺には彼女が居たんだよ」
彼女。その言葉で、俺はその相手が誰なのか、大体見当を付けることができた。
「その「彼女」さ、もしかしなくても響埜さんか?」
「ーーっ。ああ、そうだよ」
響埜 玲子さん。同級生の女子だ。
「で、不思議なことに、その世界では周りの殆どがカップルでさ。皆して、同じような狐面を付けて生活してんだ。奇妙だろ?」
どきりとした。狐面とは、さっき会ったばかりだ。
亮の体から涌き出たスライム。あいつは、ご多分にもれず狐面を装着していた。
彼の言う「奇妙な夢」と、現実の「スライム」ーー。この二つは、狐面という存在で繋がっているのだ。
「もしかして、これ、Advance現象かもな。お前はどう思う?」
「Advanceか......あるかもしれないな。ーーで、その夢、他に何か、変わったところはなかったのか」
そう訊くと、亮は「よくぞ訊いてくれました」というように、再び言葉を紡ぎ始めた。
「夢の中にはさ、禍々しい色した狐が居たんだ。そいつは町を徘徊してさ、狐面を付けた人間に飛び付いて、そいつを消しちまってたんだ」
消しちまってた。さらりと言ったが、実際、それはとんでもないことだ。
「人を消す」という狐。いったいぜんたい、どんなイメージの産物なのだろうか?
「でも、そこも妙でさ。その狐にやられた奴は、まるで快感でも感じてるみたいな奇声をあげて消滅してくんだ。俺は常にびくびくしてたけど、他の奴等はそれを見ても何も感じないみたいで」
「快感、か」
「で、それに加えて、段々陽炎みたいに輪郭がぼやけてる奴が出始めてさ。幸い、その世界にお前は居なかったから、お前が消えんじゃないか、って心配は要らなかったけど」
でも。と。亮はそこで、僅か震えた声で話を転換させた。
「その世界で。東雲さんは死んだことになってたんだ」
シノノメサン。
俺は一瞬、亮が何を言っているのか理解できなかった。
しののめ。東雲 京子。
ーー京子が、死んだことになっている?
「死んだ、ってーー」
「そのままの意味だよ。な、なあ、柊人。現実の東雲さん、大丈夫だよな?」
その質問に、答えようとしてーー。
俺はふと、一番初めに遭遇した狐面のことを思い出した。
あの狐面は、京子と同じような体格をしていた。そして、そのAdvanceも。あいつは確か、振動する刀を使っていた筈だ。
ーー京子と同じAdvanceを。
「大丈夫......じゃ、ないかもしれない」
それだけ言い残すと、俺は病院を飛び出した。
向かう先には、東雲家が経営している八百屋がある。




