展開ーーAll or Allーー
長ったらしく前置きを書き綴るのは苦手なので率直に申し上げますが、現実がかなり忙しくーーというか、小説更新さえままならない状況になってしまいましたので、一年ほど、更新をお休みさせていただきます。誠に申し訳ございません。
亮が、停止者の所有者である、という事実は、俺を揺さぶるには十分だった。
それはあくまでも邪推でしかない。ひょっとしたら、今までの考察は全部こじつけであり、全ては偶然の一致であったかもしれない。
しかし、今の俺は、心の底から「邪推である」と事態を断じることはできなかった。
亮は本当に、Advanceを消す能力の使い手なのかもしれない。友達を信用できない、というわけではないが、それでも、そう思わずにはいられなかった。
「このっ!」
叫びつつ、京子は再び刀を出現させてスライムに斬りかかった。
どうやら、完全にAdvanceが消えてしまったわけではないらしい。もう一度刀が出せているということは、そういうことだ。
しかし、次の瞬間。スライムに命中した刀は、またもや消失した。
やはり、奴のAdvanceを消す力は本物だ。完全に能力が消えてしまう、などということは、今のところないようだが、それでも凶悪な相手であることに代わりはない。
ーーと次の瞬間、スライムは京子に殴りかかった。彼女はその拳を受け止め、キックで迎撃して、大きくそいつを突き放す。
スライムは地面を転がり、俺の目の前まで吹っ飛んできた。
どうしたものかと悩んでいると、俺は、この類いの奴は一定以上のダメージを受けると消滅することを思い出した。
こいつに触れたAdvanceは消える。だが、人体は別だ。
刹那。俺は起き上がろうとするそいつに、翼によるアシストを加えた、全力の殴打を打ち込んだ。そいつはまたもや大きく後方へ吹っ飛んだが、まだ消滅はしなかった。
(しぶとい奴だな、おい、とっとと止めを刺しちまおうぜ)
翼の言葉に押されるようにして、そいつへと攻撃を畳み掛けようとした時。
俺はふと、ベットを挟んで向こうに立っている京子が、呆然とした表情で立ち尽くしているのに気付いた。
「お、おい、どうしたんだよ」
そんな京子の表情なんて、今まで見たことがなかった。俺は思わず足を止めて、「その言葉」を口にした。
後から思い返してみればーー。ここで、俺がこの問いかけをしなかったら、きっとこの先の運命は変わっていただろう。
京子は「そのこと」を秘匿するのに成功し、俺はそれを追求することができずに、何も変わらない、ちょっと異質な日常が、永遠に続いていたのではないかーー? 俺は、そう思うのだった。
「Advanceがーー出ない」
その、言葉を。京子は、震えながら絞り出した。
分かってはいた筈だ。悠真が言っていたではないか。「停止者はAdvanceを消す」と。
だが、どうにも実感が沸かなかったのだ。Advanceが消えるということが、どういうことなのか、俺には分からなかったのである。
今。俺の目の前で、Advanceが消えた。
Advanceが消えるということが、どういうことなのか。そのことを、俺は正しく想像できていなかった。
「そ、そんな......! 嘘でしょ!? 出なさいよ、このッ!」
必死に。半狂乱になりながら、開いた手のひらに力を込める彼女の様相を。
俺は果たして、どう形容すればいいのだろうーー?
(消え.....た)
翼も呆然としているようだった。ーーそして。こうしているうちにも、眼前のスライムが起き上がるかもしれない、というのに、俺も、京子も、行動できずにいたのだ。
Advanceは人間の一部なのだろう。きっと、誕生日が俺よりも早いために、長くAdvanceと付き合ってきた彼女にとって、Advanceは五感や四肢と同列のものだったに違いない。
それが無ければ「自分」というものは成り立たないーー。日常生活に於いて活用できない、だとか、そんな理屈が通用しない、圧倒的で、現実的な「欠落」が、そこにはあった。
「こ、この......」
ふと。京子の喉から、低い声が漏れた。
その声は、とても人間のものとは思えず。ーー俺は咄嗟に言葉をかけようとした。
だが、それよりも遥かに速いスピードで。彼女は、殴られたところを押さえて行動をしようとしているスライムに襲いかかっていた。
首根っこを掴んで地面に押し付け、馬乗りになって、何度も、何度も何度も何度も、その顔に拳を叩きつける。
「返せ、私のAdvanceをーー」
殴打は、止まらない。
「返してよッ!」
何度も何度も何度も何度も何度も何度も、なんども。やがて、衝撃を受けすぎたスライムは大気中に霧散していくが、彼女は構わず殴り続ける。
何もない地面を。さっきまで、全ての元凶が居たところを。
ーーそして、くそったれな運命を。
地面に、拳が突き刺さり。
拳が擦りむけ、血が滲み。
やがて、痛々しい傷ができた手で地面を殴るようになった彼女に、俺は我慢できなくなった。
「やめろ」
「もう、やめてくれ」
京子は、止まらなかった。
声にならない叫びをあげながら、半狂乱になって殴り続ける。そこにある、力の限り。
「やめてくれッ!」
俺は、尚も地面を殴ろうとしていた京子の右腕を掴んだ。
もう限界だった。見ていられなかったのだ。
「うう......」
それで、漸く京子は止まってくれた。その左拳が力なく地面に落ちるのと、彼女が嗚咽をもらし始めたのはほぼ同時だった。
「ううううう.......っ!」
彼女は、俺の胸に体を預けつつ、弱々しく泣きじゃくる。
京子は、いつだって気丈で。負けるところなんて、全く想像できないほどに強くてーー。
そんな彼女に、俺は沢山勇気をもらってきた。彼女はどう思っているか知らないが、与えられてきたのだ、この10余年。
だから、今度は。
俺が、与える番だ、と。そう思った。
俺は何も言わず、そっと、京子の背中に手を回した。
その後。しばらく、彼女は俺の腕の中で泣き続けているのだったーー。




