機銃にも似た雨ーーWorld Cradーー
久々の投稿です。
(こういう時こそ落ち着け! 奴の手の内はまだ見えない! だから逃げろ!)
切迫した翼の声で、辛うじて自制を成功させると、俺は後ろ走りで間合いをどんどん開いて行く。その際、翼は展開したままだ。
しかし、それでも、奴の顔に張り付いた微笑は消えない。牽制は効いていないのだろう。そして、こちらが追い込まれていることを、知っているのだろう。
俺は取り敢えず、10枚ほど羽を射出した。その羽は奴を照準しており、ほぼ同じような軌道で空を駆けて行く。
刹那。なんということか。その羽は全て叩き落とされた。さっき悠真の攻撃を防いだ妙な技と同質の現象だった。
だが、今ので分かった。あの「防御」は、少なくともワイヤーの類いではないということが。
俺の「黒銀の翼」は、触れた物質を崩壊させる作用がある。なので、ワイヤーが防御の術であれば、崩壊させてそのまま一直線に奴を貫ける筈なのだ。
では、何か? Advanceは一人につき一つ。さっきの「ファフロツキーズ現象」は間違いなくAdvanceによる作用だ。つまり、普通に考えれば、この羽を防いだのは物理的、現実的なトリックということになる。
さて、どうするか。
奴は万能にも等しい防御能力を有している。そして、良く分からない雨の攻撃も、だ。正に攻防一体。勝てる気が起こらない。
ーーと次の瞬間、俺は自分の体に影が差すのを見、真上を向いた。そして、そこで言葉を失う。
俺の頭上には、大量のマッチが顕現されていた。その一本一本には何の嫌がらせか、ちゃんと火がついており、このままそいつらの落下を許しては、燃え尽きて死んでしまう。
回避は間に合わないと悟り、俺は黒銀の羽を頭上目掛けて射出した。ほぼ限界量まで射出したその羽で、俺は天蓋をこしらえて防御を図る。
マッチは幸いなことに、天蓋に衝突して落下運動を終えたようだった。そのまま、その場から素早く飛び退き、天蓋を全て解体してそれを奴へと射出する。
合計20を超える、熱された羽の大群。どんな原理で迎撃しているのか知らないが、さっきの攻撃とこれは違う。この量を捌ききれる筈がない。
刹那。羽の大群の中から、一枚の羽が先陣を切って奴に命中する。
そして。その羽が叩き落とされた。怖じ気づいてはいないようだ。
ーー次の瞬間。あってないようなくらい短い間隙を置いて、2弾目が打ち込まれたが、それもまた迎撃される。
3、4、5。息つく暇もなく撃ち込まれた攻撃は、難なく迎撃される。
俺はその様子を、羽をコントロールしながら食い入るように凝視していた。冗談ではない。速度を遅めたり、軌道を逸らしたり、策をこまねいているにも関わらず、攻撃は一撃として命中しないのだ。
撃ち込まれた13撃目を迎撃したところで、彼の顔から余裕が消えた。やはり、防御には精神力を要するのだろう。
14撃、15撃、16撃。今まで30センチほどの間合いで叩き落とされていた羽が、奴へと肉薄していく。
17撃目は少し速度を速めた一撃だった。確実に奴を仕留めるための攻撃だ。
ーー攻撃が命中するその刹那。俺の頭には妙なイメージが沸き上がっていた。自分が、自分が放った筈の黒銀の羽に貫かれて背後へもんどりうって倒れるイメージだった。
そのイメージはいやに鮮明で。それが、虚構の塊だとは思えなかった。
次の瞬間。本能的に横っ飛びした俺の左肩に、深々と、鋭利な羽が突き立てられた。羽は唐突に空間に涌き出てきたように見え、反応では絶対に回避できないと、ちらりと考えた。
「ぐ.....!」
低く呻くと同時、俺はバランスを崩してアスファルトに倒れ込んだ。さっきのイメージとは違う光景だが、どちらにせよ、ダメージを食らったことに代わりはない。
いや、重要なのはそこではない。ーー俺が奴に向けて放った攻撃が、何故か俺を貫いていたこと。それこそが、この場に於いて真に重要なことだ。
それが奴のAdvanceだろうか。しかし、あのマッチやナイフの雨と、俺の攻撃が跳ね返ってきたことに因果関係はあるのか。思考は止まらない。
それでも、答えは導き出せないのだ。
「今の「攻撃」.....! 完全な不意打ちだったのだがな.....よもや回避し切るとは」
「不意打ち.....あれでか?」
言いつつ、俺は弾かれた羽のうち1つを、地面から跳ね上げさせて攻撃を仕掛けた。しかし、それは回避されてしまう。
「成る程。落ちた羽も使えるのか。要注意だな」
その言葉にはどこか迫真さが足りなかった。投げやりだ。どこかで、こちらを嘗め腐っている。
ーーと、その刹那。背中の感覚が一瞬だけ消滅し、地面に落ちている羽の黒銀が剥落した。
黒銀の翼の時間制限だ。今までは顕現させていた時間が短かったので意識していなかったが、実際のところ、この力はまだ未熟で、あまり長い間留めておけはしなかったということなのだろう。
まずい。ここで翼が墜ちれば、元々欠片ほどしかなかった勝機が完全に消滅する。
ーーとその瞬間。ふと、背後で、とても人のものとは思えない、異常な音質の咆哮がかき鳴らされた。
「ーーっ!?」
俺は「それ」の正体を掴むべく、振り返りーーそこで絶句した。
そこには、左肩甲骨に3枚、右肩甲骨にも3枚の、合計六枚の羽を生やし、何やら虚ろな目をしたノアが立っていた。
ーーその様は、さながら地に堕ちた天使のようで。




