その能力ーーThe Knightーー
「カルト教の教祖なんて役職についているやつは、少なくとも「普通」じゃない。この「Advance」の力を身に付け、狂ってしまった人間と見て間違いないだろう。だが、そいつは違う。ただの中学生の仮面を被った、狡猾なAdvance使いだ。前者とは違うからこれまた、たちが悪い」
俺は唖然としていた。一度にショッキングな情報を認識したためだ。脳がパンクしそうになる。
「オレは絶対に、その二人を狩らなければいけないんだ。ーーだって、その手にかけられた奴の一人はーー」
そこで、彼は顔を伏せた。その顔には義憤や哀愁、後悔などの感情がないまぜとなったような表情が張り付いており、体はまるで低体温症の患者の如くに震えている。
「親友だったんだ。似てるデザインのAdvanceを持ってるから、ってあいつから声をかけられてーーそれで、ーー最後には、ナイフによる刺突で『死んだ』んだ」
でもな。そう付け加えた彼の言葉は濡れていた。
「周囲の奴は今、そのことを誰も覚えちゃいないーー! Advanceだ。あいつの死が、何らかの能力によって包み隠されようとしているーー!」
それが許せない。だからオレは復讐するんだ。
「ーー悪い。暗い話だったか。ノヴァ・シリーズ所有者だからって。関係者じゃないお前に、こんな話。これはその犯人と、オレ、そしてあいつの問題なんだ」
その言葉を受け、俺はしばし黙っていたが、やがて、軋るようにその言葉を紡ぐ。
「俺は忘れない。その人が存在したこと、今の話のことを」
「ありがとう。それで、あいつも浮かばれる」
ーーと彼が言った瞬間、ふと、遠くの方で轟音が響いた。
近い。それを直感した時、俺は駆け出していた。否、正確には「俺たち」だ。
「なぁ、神無月柊人!」
走りつつ、そいつは叫んだ。
「何だ?」
「弥生 悠真。それがオレの名前だ! 覚えておいてくれ!」
それに頷いて応じると、俺たちはその音の方向へ向かいーーそして、「それ」を発見した。
「それ」中世の兵士風の鎧を着込んだ人型だった。大剣を大上段に構え、それを何者かに向かって振り下ろしているーー。
その人物は見慣れた姿の少女だった。名前は「世界の失敗作」こと、ノアだ。見知った相手である。
次の瞬間、俺はしまっていた翼を展開して一気に鎧騎士との間合いを詰めた。そこから、鎧に容赦のない蹴りーー翼のアシストが入った右足での回し蹴りーーを頭部へ打ち込み、そいつを撥ね飛ばす。
そこに追い撃ちをかけたのは悠真だった。足を鎧へと変容させ、そこから、鎧のパーツを10個ほど射出。パーツは糸を引くように鎧騎士へと向かい、そして、その鎧に突き刺さって運動を止めた。
固いのだ、その鎧は。彼の「パーツ」では貫通できないほどに。
しかし、俺の「羽」は違う。高尚な鋭度を持つ「黒銀の翼」ならば鎧を貫通できる。刹那、俺の翼から射出された羽が鎧に突き刺さると同時に、鉄と鉄が擦り会わされた時の鋭い音が響き、1拍置いてから肉が弾ける音が響いた。
それを聞き取った瞬間、悠真は5メートルほどあった奴との間合いを詰め、奴に、足の裏を擦り付ける軌道のキックを放つ。奴はさっきと同じく、多大なる衝撃の果て、それを抑えきれずに背後へと吹っ飛び、バランスを崩して転倒。そのまま、したたかに後頭部を打ち付けた。
「畳み掛けるぞ!」
「ああ!」
悠真の呼び掛けに短く応じてから、俺は跳躍し、鎧に飛びかかった。鎧がやけに俊敏な動きで起き上がったところに右手を突きだし、鎧に指先が触れた瞬間、能力を発動させて鎧を砕く。この「黒銀の翼」には、触れた物質を却逆するーーつまり、崩壊させる作用があるのだ。
次の瞬間、鎧を破壊され、大剣の重量を支えきれずに剣を取り落としてしまったそいつに、俺は右手での殴打を叩き込む。
ーーと、それと同時に、悠真も左手でそいつに攻撃を叩き込んだ。
左脇腹と右脇腹。その両端に攻撃を受けたそいつは、吹っ飛び、もんどりうって地面に打ち付けられてから、大気中に霧散した。殴った時、ちらりと、顔に狐面が張り付いているのが見えた。
狐面の一人が、ノアを襲っていた。この事実が何を意味するのか、今の俺には理解できなかった。
「大丈夫か、ノア」
「だ、大丈夫」
そう答えるが、彼女の顔色が悪いところを見ると大丈夫では無さそうだ。
「おい、その子ーー」
どうやら、悠真もそれを悟ったらしい。彼女を案じているということが見受けられる表情でこちらへと向かってくる。
(お、おい、待て。待てよ、オイ)
ふと。翼が心底驚愕していることが如実に現れている、震えた声を出した。何かを悟ったのか、はたまた何かを感知したのか判断がつかずにいると、翼はそこから言葉を紡ぎ始めた。
(な、なあ、何で、悠真にはノアが見えているんだーー?)
そこで、俺も気付いた。
そうだ。ノアは俺以外の人間には見えなかった筈なのだ。それが何故、彼にも見えている?
「は、悠真、まさか、ノアが見えるのか?」
「いや、見えるも何も、そこに居るじゃないか。何だ? 「見えない」ことでもあるのか?」
彼はあたかも当然、というようにそう言った。
ノアが見える人間が俺の他にも居たとは思わなかった。
「ね、ねぇ。あれは、何だったの? あの鎧はーー」
彼女の声は未だ震えていた。恐怖が張り付いてしまっているのだろう。みたび奴への憤激が沸き上がってくるが、それを自制して、俺は口を開いた。
「化け物さ。ーーで、ノア。どうして襲われたか、分かるか?」
「分からないわ。道を歩いてたら、急に真横に「あれ」が現れてーーそれで、斬りかかってきたの」
理由が分からない。彼女はそう言った。
あの鎧にも、ノアは見えていた。斬りかかったのだ。まさか、「見えていない」などということはあるまい。
分からないことが多すぎる。ノアが何者なのか。どうして悠真やあの鎧、それに、俺には視認できるのに、それ以外の人間には見えないのか。ーーそして、今襲われていた理由。
「ふぅむ、分からない、か」
それを言ったのは、悠真でも、俺でも。そして、翼でもなかった。
いつの間にか背後に立っていた青年ーー。それが、声の主だった。
俺は振り返り、その人物を見据えた。そいつはすっかり見慣れてしまった狐面を装着しており、面の間隙から僅かにかいま見える眼球は、透き通るように蒼かった。
一瞬、外国人か、と思考してしまうが、しかし、外国人では今の流暢な日本語は話せない、と思い直す。
「本当にそうかな?」
そいつはそう言い、こちらへと一歩、歩み寄った。
「待てよ。それ以上近付くんじゃないぜ。火傷しても知らないぞ」
どこかで聞いたようなスラングを唱えつつ、悠真はその男を牽制した。見ると、いつの間にか、鎧が再顕現されている。
「そうだな.....突然だが、君たちは、「ファフロツキーズ現象」というものを知っているかな」
言いつつ、男は不敵にも、その場所から一歩前進した。ーーとその瞬間、悠真の躊躇ない、鎧のパーツでの狙撃が男の足を撃ち抜いた。
否、撃ち抜いてはいない。なんということか、打ち込まれた筈のパーツは、横薙ぎに弾かれていた。それだけでも奇怪だが、その現象が発生した時、男は前進しただけで、それ以外の動作はしていなかった。
「これは、雨のように、唐突に上空から物質が降ってくる現象でね。発生原因は不明で、都市伝説などでは頻繁に取り上げられる議題でもある」
男はまた前進してくる。それに対し、悠真はさっきと同じように弾を撃ち込むが、また弾かれてしまう。
それが彼の能力だろうか。見たところ、そいつは中学生では無さそうだが、しかし、2発の弾を弾いた現象は、Advanceによるものでなければあり得ない。
「そう、雨のように、だ。雨を回避できる人間は存在しない。ーーだから、私は「最強」ということになるのかもしれないな」
ーーと、その刹那。
俺の隣に立っていた悠真が、全身から肉の弾ける音を響かせてその場に倒れた。彼が斬られたのだと認知するのには1秒かかり、それが「攻撃」だと理解するのには3秒かかった。
見ると、彼の全身には無数の傷が出来ていたが、そのどれもが擦過傷ではなく刺突による傷だった。そして、そんな傷の殆どには、ナイフが突き刺さっているーー。
ナイフの雨だ、と俺は直感した。彼は降ってきた無数のナイフに切り裂かれ、それで倒れたのだ。にわかには信じがたいが、それしかあるまい。
「これが私のAdvance。飽和機銃だ」




