着信ーーThe Stopperーー
全然戦いが書けないので、息抜きのためとモチベーションブーストのために新作を書こうかと思っている最近この頃です。まあ、二作目とか、書いても、更新がどちらかに偏ってしまうのでやりませんが。ーー恐らくですが。
11月15日、金曜日。部屋にかかっている時計の針が、午後8時30分を指した頃。
ふと、風呂上がりの俺は、携帯に亮からのメールが届いていることに気付き、手早く携帯を操作してそれを解凍する。
亮とは定期的に連絡を取り合っているわけではない。現実でしょっちゅう会うためだ。だから、このようにメールが来ることは珍しかった。
そう言えば、今日は、学校で亮と話さなかったのだったか。そんなことを思いつつ、メールを読み込む携帯へと目を向ける。
俺はそこに写る文字列を認識した瞬間、呆然とした。言葉を失ったのだ。
そこにはこう書かれていた。ーー愛こそこの世界のアイデンティティであり逸脱存在である。世界は定義と法則の塊ではなく、神憑りと不寛容のフォルテッシモである。世界に怯える者よ、どうか、忘るるなかれ。業火の却逆を世界へ下せる力、凡庸たる翼が、あなたには有るのだ。ーーと。
意味が分からなかった。あいつはもう少し分かりやすい文章で小説や作文を書く。こんな抽象的かつ不明瞭な文章は決して書かない。
まさか、永戸の時のように、誰かに携帯を奪われているのだろうか。
一瞬そんな想像が頭をよぎったが、携帯を奪ってまで俺にする連絡が、こんな詩的なものである筈がない、と思い直す。
この文章は十中八九、亮が書いたものだ。
では、その意図は? 一体、あいつは何のためにこんなメールをしてきたのか?
(業火の却逆ってのは、却逆の翼の能力のことか...?)
翼はどうやら、このメールを解読しているらしい。しかし、何しろヒントが少なすぎる。解明は難解極まるだろう。
「なにしてるの?」
ふと、俺のベットに腰かけて本を読んでいたノアが顔を上げ、こちらを向いた。
「解読だよ。ほら、これ」
俺はそう言いつつ携帯を突き出す。その携帯を、彼女はしばらく凝視していたようだが、やがて、「何これ?」 と根をあげたような声を出して携帯から視線を外した。
「友達から送られてきたメールなんだけどさ、暗号っぽくて。解読してたんだけど、でも、それがどうにも分からなくて...」
「成る程ねぇ」
ノアはそれだけ聞くと、もう一度携帯に目をやった。今度の眼差しは、さっきの、携帯を物珍しそうに何者か計るようなものではない。威圧するようでいて、どこか慈愛に満ちたような、そんな眼差しだった。
「これ、シュウトが言ってた、「Advance」じゃないの?」
ふと。彼女は携帯から視線を外すことなく言った。
「そうだ、その可能性は考えてなかった。ーー考えてなかった、けど...」
俺はそこで言葉を濁らせる。心の中の「肯定」が「否定」に変わりつつあるからだ。
「でも、亮のAdvanceは「嘘を見抜く」っていう単純なものだ。このメールと直接的な関係はない。それに、誰か、他のAdvance使いが亮の携帯を乗っ取って、こちらへメールを送ったとしても、また不自然だ。こんな詩的な文面にする必要は一切ないからな」
恐らく今世紀で最大であろうほど雄弁になって俺はそうまくしたてた。
(な、なあ。オレ、凄いことに気付いちまったんだけど、いいか?)
ふと、その場の空気をぶち壊しにするように翼が口を挟んだ。その声はうわずっていて、どこか興奮しているような響きをはらんでいる。
「何?」
そう言ったのはノア。その言葉には嫌悪や訝しさなどが一切介在していなかった。
(柊人は、亮に却逆の翼のこと伝えてなかったよな...?)
その言葉で俺は気が付いた。直ぐに、小さく、悲鳴じみた声で喘ぐ。
そうだ。俺は亮に却逆の翼を俺が保持していることを伝えていない。
ここから導き出される結論は一つ。このメールを書いたのが、亮ではないという結論だ。却逆の翼が俺にあることを知らない亮に、「業火の却逆を世界へ下す力、凡庸たる翼」などと書くことはできない。
「このメールは、第三者によって書かれている...」
今の時代、そんなことが絶対に不可能だ、とは言い切れない。その道ーーハッキングのことだがーーのプロにかかれば、こんなチンケな端末のセキリュティなどあってないようなものだ。
それに、Advanceにかかれば、プロでなくとも端末に侵入できる。
だが、さっきも心の中で言ったことだが、どうして、そんなことをする必要がある? それに、わざわざ端末を乗っ取って送ったメールが、こんな詩的かつ不明瞭なものでは本末転倒だろう。何がしたいのか分からないが、少なくとも、このようなメールでは、こちらには何も影響を与えられていない。
否。もしかしたら、今、こうやってメールに俺が悩んでいる状況こそが、犯人の望んだ状況なのかもしれない。相手がやりたかったことは単なる撹乱であり、そこに深い意味は介在しないーーそういうことだろうか。
「でも、シュウトに却逆の翼があるって知ってる人はどれくらい居るの?」
ふと、そう問われ、俺は考え始めた。先ず俺とノア、そして当たり前だが、翼の独立意識。京子に霊岩郷に基却色の外殻。
知っている人物と言えばこれくらいだおるが、しかし、この中に、わざわざ亮の端末にハッキングをかけて、俺宛に詩的なメールを送る理由と技術を持つ人物は存在しない。
しかし、それ以外に、俺に却逆の翼があることを認識している人物は存在しないーー筈だ。
「しゃーない...亮に聞いてみるかーー?」
「えー、それじゃズルだよ」
ノアは不満そうだ。しかし、俺はそれ以上に、このメールの「解」が分からないのは不満だった。携帯を操作し、亮に電話をかける。あいつならまだ起きているだろう。
しかし。いくらコールしても、亮は出なかった。
「電源切ってるのか、それとも、やっぱり寝てるのか...」
(どちらにせよ、お望みの「解」は明日までお預けだな。無理に亮を起こすのは本意じゃないだろ?)
その言葉を俺は心の中で肯定すると、ふと、部屋の隅を見やる。そこには、俺の知らない本が10冊ほど積まれていた。
これは今日、ノアを図書館に連れていった時に、ノアがチョイスしたものである。それは異色ミステリー、と相打った、何やら奇抜なタイトルのものばかりで、俺がこの先一生手をつけないだろうと思っていたものだった。
「シュウトも一冊読む?」
「ああ。他に読むものないし」
俺はそう言うと、一番上に積まれていた本を手に取った。その本にはやはり見覚えがない。しかし、これを執筆した作家にはなんということか、見覚えがあった。
「か、神有澤 春菜...って、母さんのPNじゃないか」
俺は無意識のうちにそう呟いていた。
「母さん? もしかして、これの作者って、シュウトのお母さん!?」
ノアは今までにないくらい驚愕し、それと同じくらい興奮しているようだった。
「ああ、そうだよ。今は世界を見てくるだとか言って、家族を置いて旅行中」
「そ、そうなのね...」
そこから、俺とノアはしばらく談笑していた。この家にある「翡翠迷宮」は母さんの著作なので、それを読んでいるノアとは思いの外、話があった。
後から思い出してみても、この日ほど語り合いが楽しかった日は、この年にはなかった。そもそも、俺は活字離れという悪しき文化体系の変遷によって肩身の狭い思いをしてきたのだ。だから、好きな本の話ができるだけで、嬉しかった。
しかし、この日の俺は気づいていない。
この日が、「境目」であることに。
11月15日は一つの境界だった。それは言わばデットライン、越えたら死ぬ、魔の一線だ。




