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アドバンスーAdvanceー  作者: Star Seed
第三章「Fox Stories」
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予兆の気配ーーReNovaーー


「で?」


 11月11日、午後4時3分。


「いつまで着いてくるつもりなんだ?」


 俺は歩きつつ、虚空に向かって話しかけていた。否、それは俺にとっては虚空ではなかった。そこには、俺以外には認識できない少女が存在しているのだから。


「だって、行くところがないんだもの」


「だからって...」


 彼女は俺が学校を出てからも俺に着いてきている。何故かは分からないが。


「ねぇ、貴方の名前、教えてよ。聞いてなかったから」


 ふと、彼女はそう言った。


神無月(かんなづき) 柊人(しゅうと)


 周囲に人はいない。俺は躊躇いなく、その名前を実声で言った。


(オイオイ、見ず知らずの他人に名前を教えるのかよ)


 名前くらいならいいだろ、と翼に答えると、俺は少女から目を離して歩き出す。今日は特にやることもない。とっとと家に帰るのが得策だろう。


 と、ふと。俺は前方に、永戸が佇んでいるのを発見した。


「おーい、永戸ー!」


「あ、神無月さん」


 永戸はどうやらこちらに気づいたようで、手を振りつつこちらへと近付いてくる。


「何してたんだ?」


 永戸の行動は少し不自然だった。市街地の、こんな寂れた道路には見るべき場所などない筈だ。にも関わらず、永戸はアスファルトの一点を凝視していたのだ。


「いや、ちょっと...これ見てくださいよ」


 永戸はそう言って、足元を指差した。そこには、何やら黒い液状のものが染み付いている。


「これは...?」


「分かりません。だから観察してたんですよ。こいつ、どうやら動くようなんで」


 そう言われて、俺は少しぎょっとした。液状の動く生物と言えば、ファンタジーの産物、スライムが代表される。そんなものが現実に存在しないことは分かっているが、その生物を作り出せるかもしれないものの名前なら、俺は知っているのだ。


 その名は、「Advance(アドバンス)」。13歳の子どもに発現する、おおよそ現実とかけ離れた異質な力である。


 俺は取り敢えず、鞄からシャーペンの芯を取り出すと、それで、その液状の物体ーースライムと呼称することにするーーをつついてみる。


 すると、まるで苦悶を表現しているかのように、スライムは雷の如く背後へと飛び退き、排水溝へ落ちる。


「ーー確かに動くな。生物だ」


「でしょう?」


 しかし、生物を作り出すAdvanceか、と、俺はぼんやり考える。


 これは十中八九、Advance現象だ。生物を作り出す、今までに前例のない、Advance現象だ。


「この辺、けっこう落ちてるんですよ。こういうの」


「ほう」


 驚いた。この現象に、特に「敵意」はないようだ。無差別なのだ。


(しかし、Advanceが発生しているってことは、そこに何らかの思惑が介在してる、ってことだろ? つまり、このAdvance保持者は何かを思ってスライムをばらまいたわけだが...)


「何が目的か、分からない?」


 ふと、背後から少女の声が聞こえた。翼の言葉を補っているようだ。


(そう、それだ)


「気味悪いですよね」


「そうだな。相手の狙いとか、そんなの関係なしに気味悪いよ」


 同調する俺に、翼が、(まあ確かに)と更に同調を重ねた。


(しかし、このスライムと、世界の失敗作(ボトルネック)と名乗る少女。どちらも、突拍子もなく現れたという点に於いては共通だ。もしかして、この二つは、どこかで関連しているんじゃ...?)


 それはあるかもしれない、と俺は思考した。


「この前の事件みたいに、大事(おおごと)にならないといいですけど」


 ふと、永戸が呟くように言った。


「あ、ああ...」


 その言葉に、俺は複雑な気分になる。何しろ、あの事件を大事(おおごと)にしたのは俺なのだ。あの事件の影響で町が損壊し、アスファルトがひび割れ、そして、人が傷付いた。


 Advanceは、使い方次第でそんな災害を引き起こすこともできるのだ、と学ばされた。


「でも、このスライム、害はないんだろ?」


「そう...ですね。確かに、害はないですね。触ってはないんですけど。つついても、石投げるぞ、って脅しても、襲ってくることはなかったです」


 そもそもこちらのことを認識しているのか...永戸は少し熱くなって語っている。


「もしかしたら、毒があるかもね?」


 ふと。背後の少女がそう言った。


「ど、毒...?」


 確かに、スライムが毒を持っているという創作はよく見るがーー。


「毒。それは考え付かなかった。もしかしたら、体の表面に毒がーー」


 俺は思わず、手に持っていたシャーペンの芯を投げ捨ててしまった。ポイ捨てには罰金が課せられるらしいが、そんなことは問題にならない。もし、スライムに毒があれば生命の危機なのだ。


「あ、あんまりかかわり合いしないようにしようぜ」


「そうですね...」


 俺と永戸は、しばらく談笑してから別れた。



(うむむ、スライムか)


「まだ考えてたのかよ」


 翼はしきりに唸っている。何を考えているのかは分からないが、真剣さは伝わってくる。


「いやほら、今んとこなんも進展ないんだし、考えてもあんまり意味はないと思うよ」


(それでも気になるんだよ。どこからどこまでが生物なのかーーそもそもあいつは生物だったのか...)


 俺は苦笑した。戦闘を除いた日常の中で、翼がこんなに真剣になったのは初めてかもしれない。


「平和ね」


 ふと、少女がそんなことを呟いた。


「平和? ーーまあ、確かにそうだけどさ」


 確かに、Advance使いと戦っていた一週間前と比べれば、平和かもしれない。謎の少女は出るしスライムは出るし、同級生は気絶するし、色々と問題はあるが。


「いいなぁ...」


 その言葉には心の底からの憧憬が滲んでいるように聞こえた。ーーこんな当たり前の日常に対して使う言葉なのだろうか、と一瞬考えたが、治安が悪い国と比べれば遥かに平和なのだから、間違いと断じるのもいけないかもしれない。と思い直す。


「しかし、君は何者なんだ? 何らかのAdvance現象なのか? それともーー」


「だから、世界の失敗作(ボトルネック)よ」


「もっと具体的なことを聞きたいんだが...」


 そう言うと、彼女は微笑して言った。


「今はまだその時じゃないわ」


「何だよそのアニメみたいな科白(せりふ)は? ーーじゃ、せめて、なんて呼べばいいか教えてくれよ。あ、世界の失敗作(ボトルネック)は呼びにくいから無しで、な」


 そう言うと、少女は少し悩んでから、口を開いた。


「ーー「ノア」でどうかしら?」


「ノア、か。分かった」


 この日のことは大半がぼんやりしていて、途切れ途切れにしか思い出せないが、それでも、俺は彼女が名乗ったことだけは、何があっても忘れなかった。


 ーーあの日は遠く、霞む様は、まるで狐化かしのようーー

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