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アドバンスーAdvanceー  作者: Star Seed
第三章「Fox Stories」
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初潮ーーBetter Thanーー


「皆さんは、この臨時休校期間をどうお過ごしでしたか?」


 11月11日、月曜日。午前9時20分。


 今日の一時間目は集会であった。臨時休校明けで、校舎破損の原因が解明されていようがいまいが、運営体としては弁明はしなければいけないので、当然といえば当然なのだが。


 しかし、まさかこの集会で、Advanceが校舎を破壊すた、などということを言うわけにもいかないだろう。正直なところ、学校の用意した虚偽に耳を傾けるメリットなどないのだ。


 だから、俺は視線を泳がせていた。別段何か見るものがあるというわけでもなく、ただあてもなく、人間観察の真似事に興じていた。


 そして、「それ」を発見することに成功したのだった。


 ステージ上でスピーチをしている生徒会長の真横に、誰かが立っている。


 俺は声をあげそうになるのを必死に堪えつつ、目をこすってもう一度ステージを見据える。しかし、その人物は消えない。


 白昼夢ではない。幻覚でもない。ーーだが、人でもない。


 おかしいのだ。この状況そのものが。ステージに誰とも分からない人物が現れれば誰かしらが反応を起こす筈だ。その一人の反応が、集団に水紋の如く伝わっていくーーそれが集団心理だ。壇上に「誰か」が現れてから、既に10秒は経過している。集団がパニックを来していなければおかしい。


 俺以外には、見えていない。


 俺はその人物を凝視した。食い入るように見つめている。傍目から見れば、生徒会長のスピーチに過剰に反応しているように見えるであろう、そんなアクションであったので、それを咎める人物は誰も存在しなかった。


 壇上の「誰か」は少女であった。緋色のセーラー服に、黒い長髪を提げている。身長は低い。150センチほどだろうか。


 そして、少女の目は(あお)かった。それは、少女の存在と現実との乖離を表しているようでーー


 ふと、少女と目があった。彼女はこちらを見るや、微笑みかけてくる。


(誰だあれ? お前知ってるか?)


 知らない相手だ、と心の中で答えると、壇上の少女はこちらに向かい、「私の名前が知りたいの?」 と問いかけてきた。相手とこちらとの距離は数メートルあり、そこまで相手は声を張っていないのに、俺は、やけにはっきりとその声を聞き取った。


「私は世界の失敗作(ボトルネック)。幻影の翼」


 俺はその言葉に一瞬面食らった。


 ボトルネック。つまり、不可必な存在ということだ。そんな言葉を淡々と連ねることができる人間の精神状態がどうなっているか、など想像に難くない。ズタボロだろう。


「心配してくれるの?」


 ふと。彼女はそう言った。


 俺は慌てて口を押さえる。もしかしたら、心の中で思ったことをそのまま口に出してしまったのでは、と思ったのだ。


(いや、お前は何も喋っていなかった)


 しかし、どうやら俺は喋っていなかったようだ。


 ーーつまり。


 つまり、あの少女は、こちらの心が読めるのか。


 それはまるで却逆の翼のようだ、そう思った瞬間、「そう。私は却逆の翼ーーに、なれなかった者」 と返答が返ってきた。


 なれなかった者? そもそも君は何だ? 疑問はいくらでも浮かんでくる。しかし、心の中では、上手く言葉にすることはできなかった。


「ねぇ」


 次の瞬間、彼女は俺の目の前に居た。恐らく移動してきたのだろうが、全く動きが見えなかった。その様はあたかも、瞬間移動してきたかのようでーー


「私を護ってくれない?」


 ふと。俺はその言葉で我にかえった。


(護る?)


「そう、護る」


 彼女はどうやら、翼の言葉も聞き取ることが可能なようだ。ーー翼はAdvance現象。それを感知できるということは、Advanceで顕現された「何か」なのか。


 それともーー人ならざる存在か。幽霊や悪魔、神などか。


「私を、護って?」


 ーーいや、そんなこと言われても。と、俺は一瞬思考した。ここで人のいい奴なら即答するのだろうが俺は違う。正体の分からない見ず知らずの相手に、即断で護るなどと、言えよう筈もない。


「そう。残念。また別の人に頼むわ」


 そうは言ったものの、彼女は一向に去る気配がない。なつかれたわけではないだろうが、彼女には俺の傍を離れたくない理由があるのだろう。



 その日は、集会が終わった後も普通に授業があった。久々の授業なので、内容は殆ど復習のようなものだったが。


 その間も、彼女は教室を歩き回っている。その様子からは、別におかしなところは見受けられない。歩き方だって普通だし、教室を物珍しそうに見回しているさまは究極なまでに人間的だ。


 しかし、彼女は妙だった。それも、外見やこの口調的な意味ではない。存在が、だ。


 彼女は今日、初めてこの教室に入ったーー筈だ。少なくとも、俺が彼女を認識したのは今日が初めてなのだ。


 しかし、彼女は妙に教室に溶け込んでいる。今だって、彼女は教卓の前を横切ったが、俺はそれに目線を奪われることなく、授業ができている。


 まるで、今までずっとこの場所に、彼女が存在していたかのようだ。


(何者だーー?)


 翼が低く呟く。いつも全てを悟っているような口調の翼も、今回の一件に関しては何も知らないらしい。


「しかし、この場所は面白いわね。茶色い物で造られてる。「木」っていうんだっけ?」


 その、少女の言葉に俺は再び面食らった。構成物質の100%が木の、完全な木材は使用していないが、確かにこの学校は木造だ。だが、木造の建物を見たことがない日本人なんてーー


(日本人じゃなきゃあり得るかもな。どこもかしこも摩天楼で構成された先進国とか)


 しかし、彼女はれっきとした日本語を喋っている。そこに多国語の響きは内包されていない。その事実は、暗に、彼女が生粋の日本人であることを示していた。


「ね。ここは何をするところなの?」


 どうやら、彼女はそれすら知らなかったようだ。好奇心旺盛に目を輝かせて問いかけてくる。


 勉強をするところだ、なんて俺は思考で答えてみる。


「ふぅん。「教育場」ね」


 彼女はそう言って少し顔をしかめた。ーー嫌な記憶があるのだろうか。


 その様子を見ていて、俺はふと、彼女は何者なのだろう、と思い当たった。


 その語彙、言葉選びなどは、年相応ほどだ。つまり、彼女は言語という一点に於いて、一般教養を身に付けているということだが、人間が一般教養を身に付けるのは教育機関の内部で、だ。彼女も恐らくはそのような場所に通っていたのだろうがーーー


 いや、本当にそうなのだろうか。


 思考が一周しそうになる。考えれば考えるほど、彼女のことが掴めなくなる。「幻影(ファントム)」のようだ、と俺はそんな思考を瞬かせた。


 ーーと次の瞬間。俺はふと、自分の前の席の奴の様子がおかしいことを認識した。フラフラとしている。背後から顔色を窺い見ることはできないので、ただウトウトしているだけなのかもしれない、と一瞬だけ思ったが、直ぐに、その思いは打ち消された。


 前の席の奴が、まるで糸を切った直後の操り人形のように、椅子から崩れ落ちたのだ。


「ーーーーー!」


 俺は超人的な反射神経で立ち上がり、手早くそいつの体を受け止めると、素早く脈をとった。これは翼の指示によるものだ。


(脈はーーある。いや、それどころか、この脈拍ーー正常そのものだ。どうしたってんだ...?)


 翼の声は切迫した、張りつめた響きをおびていた。


 俺は気付かない。その様子を、さっきまで話していた少女が、白眼視という形容が似合うような目で見つめていたことを。そして。


 そいつの背中から、人の形をした「何か」が、染み出ようとしていることを。

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